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2010年 12月 22日

第7回  クリスマスには「長いクリスマス・ディナー」 +その他の一幕劇のことなど

 水曜ワイルダー約1000字劇場、照明担当の水谷です。

 かつて日本の劇団の養成所で『わが町』と並んで好んで取り上げられていた戯曲にソーントン・ワイルダーの「長いクリスマス・ディナー」という一幕劇がありました。見えないクリスマス・ディナーが置いてある長いテーブルと椅子、舞台の両端におかれた二つの戸口だけで、あとは何も具体的な装置のないお芝居です。アメリカの独立当時から続く古い一族、ベヤード家の90年に渡るクリスマスの晩餐の様子が約30分に圧縮されていますが、その時間は途切れることなく滑らかに、そして残酷なほど早く流れていきます。と言っても、早回しでやるわけじゃありません。場面は常にクリスマスのディナー。そこで交わされる挨拶や会話は、多少の変化があるにしても、毎年ほぼ同じようなものなので、数年前の会話がいつの間にか、現在の会話にスライドするというような独特のスタイルで時間が経過します。

 舞台両端の戸口は「誕生」と「死」を表していて、90年の間にこの一家に何人もの子どもがその戸口から生まれ、また何人もの人物が死んで、「死」の戸口から退場します。自分の出番が終われば、舞台から消えてしまう。『マクベス』の台詞そのままですね

『華麗なる招待』©ままごと/ズキュンズ 撮影=細川浩伸

 ワイルダーの「長いクリスマス・ディナー」を誤意訳
 した柴幸男演出による『華麗なる招待』の舞台。横浜
 STスポットの小さな空間中央にテーブルがセットされ
 観客は一列に壁に沿って座り、90年を体感しました。

 この「長いクリスマス・ディナー」は、1932年に一幕劇集として、他の5編(後に1編が削除されます)と共に出版されますが、そのうち3編がセットを使わない(全)裸舞台で上演されるものでした。その中の1編、『寝台特急ハイアワサ号』は、ニューヨークからシカゴへ向かう寝台列車の乗客だけでなく、その列車が通過する草原や夜の時間までが台詞を言うという奇妙奇天烈な芝居ですが、その中で、乗客の一人ハリエットが心臓発作で死にます。死んだ彼女は天使に伴われ、天へと向かいますが、地上に別れを告げるときの台詞は『わが町』のエミリーの原型だと言えるものです。また、線路の工事をしているときに死んでしまったドイツ人の幽霊もしゃべります。ほんと、変な芝居(だから、めちゃくちゃおもしろい!)。

『寝台特急“君のいるところ号”』©中野成樹+フランケンズ
撮影=鈴木 竜一朗

 ワイルダーの『寝台特急ハイアワサ号』を演出家・
 中野茂樹が大胆に誤意訳した舞台。 「君のいる
 ところ号」というタイトルのつけ方にワイルダー
 への愛着が感じられます。『華麗なる招待』同様、
 2010-11年の「ワイワイワイルダー」の一環とし
 て上演されました。

 もう1編の何もない舞台で演じられる「幸せな旅」は、ある一家が車で嫁ぎ先の娘を訪ねる話ですが、上演の大半は車での移動中のことで、『わが町』同様、なんてことはない情景が描かれてます。しかし最後、その娘の家に着くと、彼女は出産した直後にその赤ん坊を亡くして退院したばかりで、一家はその彼女をお見舞いに来たのだということがわかります。そうそう、車に乗っているときに葬列に出会うという場面もありました。

 『わが町』も含めて、何もない舞台を使う場合に、ワイルダーは好んで「死」を戯曲の中に入れています。能との類似点は確かにいくつかあるのですが、前回書いたように、影響を受けているとは言えません。むしろ、彼の演劇に対する考え方自体が元々、能に近かったと言った方が良いかもしれません。では何もない舞台に、死を持ち込むことで、ワイルダーは何をしようとしていたんでしょうか?

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