2013年11月5日
連載コラム第5回 《死の都》の聴きどころ
text by 中村伸子
《死の都》の数ある音楽の魅力のなかでも、ここでは、とくに耳を澄ましていただきたい2つの側面についてご紹介します。
(1)2つのアリア
このオペラを魅力的なものにしているのは、何より2つの珠玉のアリアです。これらはどちらも、最近頻繁に単独で歌われたり、CDに収録されたりするようになりました。
一つ目は、第1幕第5場の〈マリエッタのリュートの歌〉【譜例1】です。
譜例1 〈マリエッタのリュートの歌〉 第1幕 第5場 練習番号58
この歌では、マリエッタが1節目を歌った後、短い台詞を挟んで、2節目をパウルとデュエットします。歌詞の内容は、死んでゆく恋人たちの愛が蘇ることを願うもので、オペラのテーマの一つ「復活」を暗示しているのです。この旋律は、オペラの終わりに歌詞を変えてパウル一人によってもう一度歌われ、劇全体を包み込むように配置されています。これはちょうど、本サイトのトップページで流れている音楽です。
もう一つは、第2幕第3場の〈ピエロの踊りの歌〉【譜例2】です。
譜例2 〈ピエロの踊りの歌〉 第2幕 第3場 練習番号169
踊り子マリエッタの一座に所属しているピエロ役の役者フリッツが、故郷ドイツのラインラントを偲んで歌う、ゆったりとしたワルツです。現在、NHK-FMの番組〈オペラ・ファンタスティカ〉のエンディングで、室内楽アレンジのものが流れています。2つのアリアは初演から大変な人気を得て、歌う歌手はいつも大喝采を受けたようです。
(2)ライトモティーフ
さらに、ライトモティーフは、このオペラの音楽を味わう最大の鍵です。ライトモティーフについて、残念ながらコルンゴルト本人は詳しい言及を残してはいません。しかしながら、コルンゴルトがまだ25歳のときに出版された、R.S.ホフマンによるコルンゴルト最初の評伝では、《死の都》のライトモティーフが譜例を用いながら分析されています。
ホフマンによれば、このオペラの中には、「復活の和音」「はかなさのモティーフ」「マリー」「髪の毛のモティーフ」「マリエッタのモティーフ」などたくさんのライトモティーフやリズム定型があり、物語の進行を理解するための大きな助けとなっています。
いくつか例を見てみましょう。第1幕の冒頭で奏でられる増三和音を含む三つの和音は「復活の和音」【譜例3】と呼ばれ、死者の復活を表すとされています。これは、マリエッタの一座がマイヤーベーアのオペラ《悪魔ロベール》の復活の場面を稽古する第2幕第3場や、第3幕第2場の聖なる行列の場面で、繰り返し登場します。
【譜例3 復活の和音 第1幕 冒頭】
踊り子「マリエッタのモティーフ」【譜例4】はワルツの快活なリズムと結びつき、「生」を象徴しています。このモティーフは、パウルの語りの中にマリエッタの話題が出る時にまず聴かれるのですが、マリエッタが初めて登場する場面へと引き継がれます。さらに第3幕の前奏曲全体は、このモティーフを展開させた形になっています。これは、第2幕の終わりにパウルがマリエッタの魅力に屈したことで、マリエッタがマリーの亡霊にひとまずは打ち勝ったことを示しているのです。
【譜例4 マリエッタのモティーフ 第1幕 第2場 練習番号16】
《死の都》の音楽は、同時代のほかのオペラと比べても、とりわけ歌いやすく甘美な旋律に満ちています。そのためある批評家は、シェーンベルクのような実験的な劇場作品とは一線を画しており、リヒャルト・シュトラウスの流れを汲む「ジングオーパー」(歌オペラ)だ、と讃えました。