2014年3月24日
プログラム訂正のお知らせ
下記の通り、「死の都」プログラムに誤植がありました。お詫びして訂正いたします。
15ページ 4段落目 4行目(ウィーン初演について)
誤 パウル役をリヒャルト・タウバーが歌った。
正 パウル役をカール・アーガルト・エストヴィヒが歌った。
2014年1月15日
「死の都」の舞台 ブルージュ紀行
text by 後藤菜穂子(音楽ライター)
コルンゴルトのオペラ《死の都》の原作であるローデンバックの短編小説『死都ブルージュ Bruges-la-morte』(1892年刊)では、土地と物語がきわめて密接に展開していく。作者自身、前書きにおいて「ブルージュの街はまるで人間のようだ...街はそこに住むすべての人に強い影響を及ぼす」と述べており、読者にもこの街の持つ影響力を感じてもらおうと、初版ではブルージュの街並みの写真が文中に挿入された。まるで街自体も小説のキャラクターの一人であるかのようだ。
現在のブルージュはフランドル地方有数の風光明媚な観光地として生まれ変わっており、ローデンバックが描いたような、衰退をたどっていた19世紀のブルージュの寂寞とした暗さはない。それでも小説に登場する名所や街並の多くは今も往時の姿をとどめている。ここでは原作およびオペラの中で重要な役割を果たすブルージュの名所をたどってみよう。
1.運河とローゼンフッド河岸
ブルージュはしばしば〈北方のヴェニス〉とも呼ばれるように、運河の街として有名である。実はブルージュがもっとも繁栄した13~14世紀には街の北部に港があり、そことの間に運河が整備され、活発な交易が行われていた。しかし15世紀以降、港が徐々に沈泥でふさがれてしまい、運河も海から切り離されていき、ブルージュは貿易港としての地位を失って衰退していった。ローデンバックの描く「死都」とはそうしたブルージュなのだ。
小説の主人公ユーグ(オペラではパウル)が、妻マリーの死後、ブルージュに居を定めたのはそうした街の陰鬱な雰囲気が、自分の心の癒えない悲しみに合っていたからであった。彼は街の中心地のローゼンフッド河岸の邸宅に住み、夕暮れになると人気の少ない運河沿いを散策するのを日課としていた。そうした散策中のある日、亡き妻マリーに生き写しの女性ジェイン(オペラではマリエッタ)を初めて見かけ、たちまち彼女に夢中になるのである(オペラではマリエッタに出会った直後からストーリーが始まる)。
現在のローゼンフッド河岸はお店やレストランが並び、遊覧ボートの乗り場もあり、観光客でにぎわっているが、中心を少し離れた運河沿いの通りには、小説のままの静かな街並が残っている。
2.ブルージュの鐘
ブルージュの中心部には大きな教会がそびえ立ち、それらは小説の中にも登場する。たとえば散歩の途中に主人公ユーグが好んで立ち寄る聖母教会は13世紀から15世紀にかけて建てられ、高さ122メートルの尖塔が街並を見下ろす。またゴシック様式の救世主大聖堂はブルージュ最古の教会だが、高さ100メートルの塔は 19世紀に増築されたものである。ユーグはこうした塔から鐘が鳴り響くたびに、亡き妻マリーの葬式を思い出し、ますます鬱々とした気分にひたっていく。
コルンゴルトはこれらの鐘の音をオペラ《死の都》の中でも効果的に取り入れている。とりわけ印象的なのは、パウルにとって鐘の響きが亡き妻マリーを思い出させるものから、マリエッタに恋してしまった自分の罪をとがめる鐘へと変化していく場面だ。第2幕第1場のモノローグにおいて、パウルはマリエッタの家の前にたたずみながら、聴こえてくる鐘の音に、「妻を葬った時も 鐘はこんな風に泣いた/その響きがいまも この身を戒める/鐘よ わが罪の告白を赦し給え」と歌う。
3.〈聖血の行列〉
毎年5月のキリスト昇天祭の日に行なわれる〈聖血の行列〉はブルージュの伝統行事であり、12世紀の第二次十字軍遠征に参加したフランドル伯爵が持ち帰ったという聖血(キリストの血)に由来する。この聖血は通常、ブルグ広場にある聖血礼拝堂に奉納されているが、年に一回、聖遺物箱に入れられ街をパレードする。行列には聖職者を始め、十字軍の騎士など中世の装束に身を包んだ市民や子供たちが参加し、聖血礼拝堂を出発点とするルートを練り歩く。
そしてこの〈聖血の行列〉は小説およびオペラのクライマックス・シーンにおいて鮮やかな背景を形作っている。パウルの家で展開するオペラの第3幕はまさに昇天祭の日という設定で、マリエッタがマリーと対決する第1場でもパウルと口論になる第2場でも、外ではこの行列がにぎやかに繰り広げられている。最初は子供たちの行進、続いて中世の衣装をまとった人々、そして聖職者らが窓の外を行進する様子が合唱によって歌われる。
このように、コルンゴルトは原作において丹念に描きこまれているブルージュの風景をオペラでも見事に音楽化している。今回の演出全体におけるブルージュの描かれ方とともに、ぜひこうした音楽面での工夫にも注目しながら聴いていただければと思う。
2013年12月20日
舞台スタッフが一足早くご紹介!「死の都」舞台美術のここが凄い!
3月に上演するオペラ「死の都」のプロダクションは、フィンランド国立歌劇場で初演されたものです。去る11月フィンランド国立歌劇場で「死の都」の再演が行われ、新国立劇場の舞台スタッフが打ち合わせのためヘルシンキに行ってきました。そのスタッフが見てきた「死の都」舞台美術の注目ポイントをご紹介します!
1.ブルージュの街
「死の都」はベルギーの古都ブルージュのこと。舞台セットの奥の背景にもブルージュの街が登場します。これは街の写真の上に、立体型の建物をのせた作りとなっており、2Dと3Dがミックスされた非常に凝ったもの。オペラのもうひとつの主役であるブルージュの街が、照明効果もあわさって非常に効果的に描かれます。
主人公パウルの部屋には、亡き妻マリーの思い出の品々――額縁に入った写真や遺品の入ったミニチュアハウスが飾られています。その数なんと数百個!飾る位置はすべて決められており、番号で照らし合わせて並べられています。そのうちいくつかは照明が灯され、実に美しくノスタルジックな雰囲気を作り出します。
3.マリエッタのドレスの色
パウルが魅了される踊り子マリエッタが着ているドレスは、目に鮮やかな赤色。この赤ですが、舞台上で鮮やかに際立つシルクの赤色なのだそうです。官能、エロス、生の象徴であるマリエッタ。こだわりの赤で、それを見事に現しているといえるでしょう。
4.細部にまでこだわった衣裳
「死の都」では合唱は3幕前半にしか登場しないのですが、その行進の人々の衣裳にシルク・シャンタンという高級な生地が使われています。しかも同じように見える衣裳にも2種デザインがあるなど、細部にまで衣裳デザイナーのこだわりが見て取れます。
この「死の都」の美術、衣裳を手掛けたのは、世界的に売れっ子の英国の女性デザイナーたち。美術デザイナーのエス・デヴリンは、英国のオペラ、演劇、ウエストエンドなどで活躍するほか、レディー・ガガの2009/2010年コンサートツアーや、2012年ロンドン・オリンピックの閉会式も手掛けています。衣裳デザイナーのカトリーナ・リンゼイも、英国、アメリカで活躍するトップクラスのデザイナーで、2008年にはトニー賞も受賞しています。
「死の都」は舞台美術にも注目です!