2013年10月16日
連載コラム第3回
ローデンバックの小説『死都ブルージュ』
text by 中村伸子(音楽学)
オペラ《死の都》の原作は、ジョルジュ・ローデンバック(1855~1898)の小説『死都ブルージュ』(1892)と、これをもとにローデンバック自身が改作した4幕の戯曲『幻影』(1901)です。コルンゴルトの父ユリウスによれば、かのプッチーニも、この素材のオペラ化を考えていたことがあったようです。ローデンバックはベルギー出身の象徴派の詩人、小説家で、ゲント大学で法学を学んだ後にパリに渡り、デカダン派や象徴派の芸術家たちと交流を持ちました。
原作の小説のあらすじは、以下のようになっています。
舞台は陰鬱なベルギーの古都ブルージュ。そこに暮らす男ユーグは、長い間亡き妻の思い出に浸り、彼女の肖像画と遺髪を大切に保存して、自分の家をあたかも彼女を崇める神殿のようにしていた。ある時ユーグは、亡き妻と瓜二つの踊り子ジェーンと出会う。亡くなった妻の美しく純粋な思い出と、生きる女性の官能との間で彼は葛藤する。いつまでも死者への未練を引きずるユーグに耐えられなくなったジェーンが彼をからかうと、逆上したユーグは亡き妻の遺髪でジェーンを絞め殺す。こうして二人の女性は完全にそっくりに――すなわちどちらも死者に――なるのである。「二人の女はただ一人の女に同化してしまっていた。生前にあれほど似ていた二人は、死んだのちには、さらにいちだんと似ていた。」
ローデンバック自身がはしがきで「私が示唆しようと願ったもの、それはまさに行為をみちびく『都市』」と綴っているように、とらえどころがなく、登場人物よりも都市の「雰囲気」が全体を支配する幻想的な物語です。
今ではその美しい街並みで人気の高い観光地のひとつであるブルージュが、なぜ「死都」などと呼ばれたのか、不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう。ブルージュは、12世紀には毛織物などの貿易港として栄えましたが、15世紀に水路が浅くなって港に船が入れなくなったことなどを発端に衰退の道を辿り、「忘れられた町」「見捨てられた町」の汚名を着せられていたのです。
コルンゴルトは、このローデンバックの原作に出会った時の印象を、ウィーン国立歌劇場の機関誌への寄稿文で次のように綴っています。
風変わりなブルージュの雰囲気、鬱々とした基調、束縛された魂の葛藤を携えた二人の主人公、生きている女性のエロティックな力と死んだ女性の後々まで作用を及ぼす魂の力との戦い、生と死との間の戦いの深い根本理念、とりわけ、生を正当化することによって、大切な人の死という悲しみを何としても阻止しようとする美しい思考、それらと併せて至るところに散りばめられた音楽的創造可能性――これらはすべて私の心を惹きつけた。
さらに、「パウル・ショットが原作に加筆にしたことによって、全ての出来事が精神的なバランスを欠いた主人公の幻影」とされたことで、この作品のオペラとしての可能性が、音楽的にも演劇的にも増していることを称えています。