2013年10月8日
連載コラム第2回
「物語を紡ぐ作曲家コルンゴルト」
text by 中村伸子(音楽学)
コルンゴルトの創作活動は、オペラ、管弦楽曲、ピアノ曲、室内楽曲、歌曲、映画音楽、そのほか編曲など、多岐に渡ります。共通するのは、酔いしれずにはいられない、時おり過大な跳躍を伴う「旋律」と、半音階の多用により、無調に至る寸前まで拡大された「和声」です。コルンゴルトの音楽を表す際に「プッチーニの旋律とリヒャルト・シュトラウスの和声を合わせた」と言われることもあります。加えて、「物語」と関連付けて語られることが多いのも特徴です。コルンゴルトの作品にはどれもストーリー性がある、と言っても言い過ぎではありません。今回は「物語」というキーワードを軸に、3つの側面からコルンゴルトの作品をご紹介します。
(1)劇場のための物語
コルンゴルトは生涯、劇場のための作品を精力的に作りました。バレエ=パントマイム《雪だるま》(1909)は、弱冠11歳で作曲されていますが、物語の場面に合わせて旋律や技法を使い分ける術は、この時期すでにほぼ完成していたように見受けられます。一人しかいないはずのピエロが、酒に酔ったせいでたくさんに見えてしまう、という場面にはフーガが使われ、二人、三人と増えていくピエロが愉快に描かれます。
こうした手法は、磨きをかけてオペラへと引き継がれます。彼は5つのオペラを世に送りました。10代で書かれた二つの一幕オペラ《ポリュクラテスの指環》 op.7(1914)と《ヴィオランタ》op. 8(1916)、今回上演される《死の都》op.12(1920)、評価が芳しくなかった《ヘリアーネの奇跡》op. 20(1927)、そして、当時流行した時事オペラの流れを汲んだ《カトリーン》op. 28(1937)です。オペラのほかには、シェイクスピアの戯曲を上演するための付随音楽として作曲された《空騒ぎ》op. 11(1919)や、《沈黙のセレナーデ》op. 36(1950)と題された音楽付喜劇、さらにシュトラウス一家をはじめとするいくつものオペレッタの編曲など、どれも見逃すことはできません。言うまでもなく、映画はその極みです。
(2)標題のある物語
コルンゴルトには、劇場用の音楽以外にも標題の付けられた作品が多くあります。《ドン=キホーテ》(1909)は、12歳で書かれたピアノ曲です。コルンゴルトは、父ユリウスからセルバンテスの小説『ドン・キホーテ』を与えられ、夢中になって読んだ末に、その物語を6曲からなる曲集に作り上げました。物語の情景が目の前に浮かんでくるように仕上がっています。ほぼ同時期に書かれたピアノ曲集《森が私に語るもの》(1909)や《7つの童話画》op. 3(1910)、それから次男が生まれて書いた管弦楽曲《赤ちゃんのセレナーデ》op. 24(1928)などもあります。
また、60曲ほどある魅惑的な歌曲もここに加えて良いでしょう。このコラムでほとんど語ることが出来ないのが惜しまれるほど、コルンゴルトの歌曲には心をくすぐるような名曲が数多くあります。
(3)標題のない物語
室内楽曲やピアノ・ソナタなどのように標題のない音楽でも、コルンゴルトはライトモティーフや循環形式を多用し、作品全体に物語やドラマ性を持たせる音楽作りをしました。ピアノ五重奏曲op.15は、ブラームスにも引けを取らないほどの完成度を誇る大曲です。この第2楽章は、歌曲《4つの別れの歌》op.14(1921)の第3曲〈月よ お前はまた昇る〉を主題とした変奏曲となっています。既に用いた旋律や音型の引用は、コルンゴルトの常套手段の一つでした。ヴァイオリン協奏曲op. 35(1945)は、コルンゴルトのもっとも有名な作品の一つですが、これは、コルンゴルトが第二次世界大戦中に携わった映画音楽の主題をいくつも盛り込んでいるので、「ハリウッド協奏曲」とも呼ばれます。
コルンゴルトは、言うなれば物語を紡ぐ作曲家です。それゆえ、物語が描かれる最たるものであるオペラは、一番の腕の見せ所として、彼の創作活動の中でとりわけ大きな意味を持っていたことでしょう。