R.シュトラウス ばらの騎士
元帥夫人:カミッラ・ニールント
オックス男爵:ペーター・ローゼ
オクタヴィアン:エレナ・ツィトコーワほか

シーン1(第1幕)

では、まず最初に「ばらの騎士」第1幕の、孤児たちや物売り、動物売り、帽子売りの人たちが入ってくる場面を見ていくことにする。
ここでは、3人の孤児、本当に親がいない子供たちが奥様=元帥夫人のお慈悲にすがって、お金を恵んでくださいと歌っている。
普通は、孤児役の人たちが元帥夫人にお金を恵んでくださいというだけだが、実際に歌ったのは30歳を過ぎた大人の、合唱団の中で身長の低いソプラノの方たちだった。ミラー氏はそれを見て、では彼女たちに、地元の売れない歌手で孤児の演技をしてお金をせびっているという設定にしてくれと言った。私はそれを彼女たちに通訳して伝える必要があったのだが、氏の英語が良く理解できずどういうことかと聞き直したら、彼女たちは本当は地元にいる歌手で、お金を得るためにいろんな役を演じて、元帥夫人を楽しませてお金をもらっているという演技にしてくれと。孤児で本当に可哀想な境遇にある人たちが、みすぼらしいなりをして恵んでくださいと言っているのではなく、みすぼらしいなりの“演技”をしているようにやれという指示だったわけである。

Image後ろにいる3人がその“孤児”だが、明らかに子供には見えない。ミラー氏は人を見て演技をつけていく演出家で、「自分たちには金がないから恵んで」というこの手のポーズも、氏が一つ一つ私の目の前で演技をつけていかれたことが思い出される。

ちなみにこのシーンでは、“孤児”たちの右脇に男性=オックス男爵がいて、ずっと前のテーブルにあるクッキーを食べようとねらっていて、最後にそのクッキーにありつけるという演出をしている。この男性には歌のシーンがあるのだが、その時はもうクッキーを口に入れていて、口がもごもごしてちゃんと言葉を発することができない。稽古の時、彼は私のところにきて、一生懸命練習しているのだがなかなか歌えないと愚痴をこぼしたが、ミラー氏は口に入ったクッキーを飛ばしながら歌ってほしと言っているので私からもお願いしますと言ったら、本番ではやってくれた。

Imageもうひとり、元帥夫人の左にいるバルツァッキ役の男性も、ゴシップを夫人に売ろうとしているが、元帥夫人は全然聞いていない。それどころか、地元の売れない歌手たちに、今日はおもしろかったわとおひねりをあげている。本当のお慈悲ではなく、おひねりをしている。こういう細かいところがミラー氏の真骨頂で、なかなか1回見ただけでは細かい演技の意味まではわかりづらいかもしれないが、そういう細かさを彼は歌手たちに求めている。

Imageこのシーンも、もともとは部屋の中で帽子や動物を売るシーンである。実際には舞台上に沢山人を登場させられなかったので廊下でやっていることにしたという物理的な理由はあるのだが、こういう物売りは部屋に入れられないと、執事たちが止めているという演技になっている。