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2011年 01月 05日

第9回  星や月が語ること

 明けましておめでとうございます。水曜ワイルダー約1000字劇場、衣装担当の水谷です。『わが町』初日まで、10日を切りました。楽しみですねぇ。

 さて、暮にはワイルダーの作品に見られる「死」という要素について書きましたが、新年の最初は、死と同様に彼の作品に頻繁に出てくる月や星のことについて考えたいと思います。『わが町』の一幕の後半には、見事な月が登場します。三幕では、きれいな星が夜空を飾ります(と言っても、両方とも目には見えませんが)。どちらの場面でも町の人々は空を見上げます。

 人間は大昔から星空に目をやり、そこにさまざまな物語を読み込み、地上の人生と関連づけてきました。そんな宇宙観がもっとも良く視覚化されているもののひとつがロバート・フラッド(1574-1637)という英国の魔術師、と言うか、錬金術師の『両宇宙誌』という書物にある大宇宙と小宇宙の対応図です。この図では小宇宙たる人間が宇宙の中心に位置し、惑星が小宇宙とその中心を「一」にして同心円上に広がっており、天体と人間世界が密接な関係にあり、対応していることを示しています。そしてこの宇宙を創造し、かつロープで回転させているのが神であることは言うまでもありません。

ロバート・フラッド、『両宇宙誌』より

 わたしたち人間が現実世界よりもっと大きな次元の何かとつながっているのだという感覚は、人間存在の根源的なところから湧き起こってくる「希望」のようなものに近いかもしれません。上の図は近代的な科学や天文学からすればナンセンスなものかもしれませんが、近代科学だって、この世の森羅万象を解明できているわけでもないから、非・科学的と恥じ入ることもないですよね。

 ワイルダーは星の瞬く夜の時間に哲学者の名前をつけて登場人物にし、哲学書や聖書の言葉を語らせたり、惑星にコーラスをさせたり、かなり非・科学的なことを好んでしています。『わが町』も『危機一髪』も「おやすみなさい」という台詞で終わりますが、夜の時間は人間の理性が休息し、その隙に理性とは別の相の知性が働くのだと考えていたのかもしれません。ワイルダーは20世紀としては時代錯誤とも言えるような、少し超自然的、神秘的な考えを若い頃から持ち続けていたようです。

 『わが町』の原型ともなった「MとNの結婚」の草稿が書かれているノートの表紙の裏には「この世界は超自然的な要素が日常生活の中に導入されなければ、ただの幻想に過ぎない。この世界は天空の巨大なドラマに比べれば、幻想に過ぎない。それ故、人は演じることができる」という興味深いメモを残したりしています。

 一見無価値に見える現実世界の些事、笑いと悲惨が渦巻く眼前の風景の向こうには、その一つ一つに意味を与える大きな体系が広がっているのだと、ワイルダーは確信していたのだと思います。そしてその体系とこの世をつなぐ方法こそ、彼にとっての演劇だったのではないでしょうか。

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