G.ロッシーニ セビリアの理髪師
  アルマヴィーヴァ伯爵 ロジーナ
初演(2005.10) F.v.ボートマー R.シャハム
再演(2006.12) L.ブラウンリー D.バルチェッローナ

ヨーゼフ・ケップリンガー

演出:ヨーゼフ・ケップリンガー プロフィール

この公演は2005年の初演で、私はケップリンガー氏のアシスタントとしてついたのだが、ケップリンガー氏も素晴らしい、そして楽しい演出家だ。

彼はオペラ専門の演出家ではなく、映画や演劇、またミュージカルなども演出する、本当にマルチタレントな人だ。さらにすごいことに彼はコンサートでピアノコンチェルトのソロを弾くぐらいピアノがうまい。それだけ彼は様々なジャンルに通じており、いろんなアイデアが出てくる。この「セビリアの理髪師」のプロダクションも本当におもちゃ箱をひっくり返したようなという表現がぴったりな、いろんなアイデアに満ちあふれたもので、私も演出助手として一緒にこれはどうか、あれはどうかとアイデアを出すのが楽しかった。私の場合比較的外国人の演出家と組むことが多いのだが、「ここはこう思いますが、どうでしょうか」と意見を言ったら聞いてくれる。逆に「お前はどう思う」と聞かれたり、時には「あのシーンはお前に任せるから作ってみろ」と仕事をさせてもらえることも多い。演出助手だからと全部言われたことを「はい」と聞いているだけでなく、のびのびやらせていただいている。ときに度が過ぎて“しりもち”になってしまうこともあるが・・・。ヨーゼフ・ケップリンガー氏とも、歌がない嵐のシーンをはじめたくさん作らせていただいたし、いろいろなところでおもしろいことをやらせていただいた。

この「セビリアの理髪師」は、2005年初演で2006年の再演だが、再演時にはキャストは殆ど入れ替えて上演された。そして2006年のロジーナはダニエラ・バルチェッローナという180センチを超える大柄の女性が演じた。初演の時は女性が小さくて恋人役の男性=伯爵が大きかったので、いわゆる普通の男女の関係として演技をつけていったのだが、再演のときはバルチェッローナさんが大きく、その恋人役の伯爵が、背の低いローレンス・ブラウンリーというアメリカ人だった。

しかし伯爵とフィガロ役の二人は、再演で余り稽古時間がない中でも、「自分たちはショービジネスの世界から来た人間だから何でもやるよ、逆立ちだってやるから」と言ってくれた。さらには、彼らとは頻繁に食事に行って、「日本で『セビリアの理髪師』という喜劇をやるのなら日本の人にわかる楽しいこともどんどん作っていきたい。どういうのがあるんだ?」と聞いてきた。例えば、その一幕の最後で、酔っぱらいの兵隊の格好をした伯爵がバルトロの家に入ってきて、バルトロが、「お前は誰だ」と言うシーンがある。そこでは、伯爵が紙を取り出して、「えーと、あなたはドットール・バルトロ(=医者のバルトロさん)ですか」と本来は聞くのだが、それをイタリア語の原曲では、“ドットール・バルドルフォ”とか“バロルド”とか言っている。しかしその“バルドルフォ”という言葉の響きの面白さは、日本人である我々には直接はわからない。例えば私はタオシタという名前なのだが、えーと君の名前はタオレタ君とか、タオサレタ君とか言ったら何となく何かそういう音に引っかけて馬鹿にしているんだなっていうのがわかる。ただ、“バルトロ”を“バルドルフォ”とか“バルバロ”と言うのがどれくらい失礼なことなのか日本人にはわかりにくい。それで彼らが言ったのは、英語のBで始まる言葉で何かないかと。日本語では人を馬鹿にするときに使う言葉として、「バカ」では短いので、ほかに何があるんだと聞かれて思いついたのが「バカトノ」だったわけである。で、“ドットール・バカトノ”と言ったのだが、彼らは流暢なので、“バカトノ”と普通に言うと、お客様もまさか彼らが日本語を喋っているとは思わないから、何となくそのまま過ぎてしまって面白くも何ともない。それで、最終日の5回目の上演前に、「なんだ、お前は“バカトノ”って言葉は面白いと言ったが誰も受けなかった。何がおもしろいんだ」と怒るので、私は、「いや、お前が流暢過ぎたんだ。バ・カ・ト・ノぐらいゆっくり言わなきゃだめだ」と言い返した。で、最終日、さすがに「ドットール・バ・カ・ト・ノ」と言ったらお客様がなごんでくれるかなと思ったら、彼は「ドットール・バカトノ」の後に「アイーン」とつけ加えて言ってしまった。後でマエストロが怒ったことは言うまでもない。

とにかく万事がその調子で、いろんなことをいかに面白くしてやるか、天才ケップリンガーが作った舞台をおもしろおかしく変えるなんてとても恐れ多いことなのだが。実はこの再演の稽古中私はケップリンガー氏に連絡して、こういうことを考えたがどうかなと相談もしている。そしたら氏はそれは面白い、やってみろと。バルチェッローナの体格は大きくて、ローレンスは小さいのだがどうしようかということも氏と相談しながら作った舞台である。