R.シュトラウス ばらの騎士
元帥夫人:カミッラ・ニールント
オックス男爵:ペーター・ローゼ
オクタヴィアン:エレナ・ツィトコーワほか

ジョナサン・ミラー3

ミラー氏演出の舞台は、一見非常に伝統的な、写実的な舞台に見えるが、時代は1910年、第1次大戦が始まる数年前に設定している。つまり、フランス革命が起こる直前のように、何かそういう社会的に大きな変革が起こる直前の何か、例えば階級制度が壊れるようなマグマのようなものがくすぶっている状態を表したかったので、1910年に置き換えたそうだ。ミラー氏はこのように時代を台本の設定そのままではなく、置き換えることの多いタイプの演出家である。例えば同じく新国立劇場で上演された「ファルスタッフ」は、17世紀のオランダ絵画から取った舞台装置である。何故かというと、「ファルスタッフ」の舞台となった時代には、庶民の生活を描いている映画もなければ写真もない。絵画もその時代の絵は貴族だとか、宗教的な儀式ばかり描いていて、庶民が描かれた絵は殆どなく、美術史の中でも殆ど出てこない。ファルスタッフのような、自分は騎士だと言いながらも落ちぶれてしまった庶民の姿を描いたものは、唯一オランダの絵画しかなかったので、舞台設定をオランダに移し、そのオランダの絵画からあのような装置を作ったそうだ。

話は変わるが、あの「マフィア・リゴレット」における、リゴレットがバーテンダーで舞台をニューヨークに置き換えるというアイデアは、マリリン・モンローの映画「お熱いのがお好き」からとったそうだ。その映画ではマフィアたちがいろいろ出てきて、ある会合を持とうとしている。もちろん、マフィアは世間的にはちょっと後ろめたいところがあるので、マフィアの会と正直に名乗ったらすぐに摘発されると危惧して、表向きは“イタリアオペラ愛好会”と名乗って集まってくる。そこで、よからぬ相談をするのだ。その時の1つの会話におもしろいのがある。あるマフィアの人たちがやってきて、入口にいた人が「お前らはあの晩どこにいたんだ」と聞くと、マフィアは「リゴレットにだよ」と答える。するとそれを聞いた人が、そこは何時まで開いているのかという会話がある。本当のイタリアオペラ愛好家だったら「リゴレット」と言えばヴェルディのオペラと当然知っているわけだが、マフィアは“リゴレット”と聞いてもオペラだと思わず、そういう名前のレストランか酒場だと思って何時まで開いているのかと聞いたという冗談になっているのだ。そしてそのブリティッシュ・ジョークのところで、いろいろ身体チェックをする動作があるが、実はジョナサン・ミラーの「マフィア・リゴレット」の舞台でもモンローの映画と同じことをやっている。彼はそうして映画とか絵画などいろいろな素材から舞台設定のアイデアを取っているそうだ。