オペラ公演関連ニュース

2023/2024シーズン・ラインアップ説明会が開催されました

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4月8日、開場25周年記念公演として連日大盛況を博したオペラ『アイーダ』の興奮冷めやらぬ公演終了後、大野和士オペラ芸術監督による
2023/2024シーズン・ラインアップ説明会が開催されました。
音楽ライター・井内美香さんの進行により盛り沢山で語られた内容の要旨をお届けいたします。(敬称略)

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[井内] 皆様、本日はようこそお越しくださいました。司会の井内美香です。マエストロ、今日はどうぞよろしくお願いいたします。さて、2023/2024シーズンは、10月、そして11月にも新制作で上演される演目がありますが、まずシーズン全体に関してのお言葉をいただければと思います。

 

[大野監督] 去年、イギリスの「Opera Now」誌、それからドイツの「Opernwelt」誌、その両方が新国立劇場のカラー特集を打ってくれました。そこでは新国立劇場がいかにバランスのとれたレパートリーと非常に斬新なプログラムを両立させているかが紹介されており、この評価に、私達は非常に大きな力をいただきました。ただ一方、この現下の経済的な状況、インフレーション、貨物輸送費の高騰という困難な状況は、皆様に容易にご想像いただけるかと思います。

 

私の就任1年目から4年目(2018/2019シーズン~2021/2022シーズン)は4演目が新制作、今シーズンは3演目が新制作でしたが、昨今の状況のため、来シーズンである2023/2024シーズンは、新制作を2本にするという決定がなされました。しかし、私としては、お客様にご覧いただくものの芸術的な価値を下げてはいけないということで、いろいろ知恵を絞って今日発表させていただく演目を選んだ次第でございます。

 

[井内] さすが、どんな困難にも負けない新国立劇場の皆さんの努力ですね。

 

注目の新制作①ダブルビル

 

[井内] ではまず、新制作の10月のダブルビル、プッチーニの『修道女アンジェリカ」とラヴェルの『子どもと魔法』について伺いたいと思います。『修道女アンジェリカ』は修道院を舞台にした女性のみが出演するオペラ。一方、『子どもと魔法』は子どもの世界を描いたファンタジーあふれるオペラ。この組み合わせは一体どのような舞台になるのでしょうか?

 

[大野監督] いつもダブルビル(2作品同時上演)には、何らかの関連性を持たせて組んでおります。1回目の『フィレンツェの悲劇』と『ジャンニ・スキッキ』は両方ともフィレンツェが舞台でした。2回目の、『夜鳴きうぐいす』『イオランタ』、これはコロナ禍により様々な制約の中で上演せざるを得なかったのですが、両方とも童話を素材にしたロシアの作曲家による作品でした。

まず、『修道女アンジェリカ』。アンジェリカは結婚しないで子どもを生んでしまった。ゆえに修道院に入らなければいけなかった。そして、その子がどうしているかを7年間知らなかったんですね。そこに公爵夫人という彼女の家系の人が来て、相当激しいやりとりの二重唱があります。

それが終わった後に、アンジェリカはその公爵夫人から、2年前に、その子どもは亡くなっていた、という事実を聞きます。彼女はもちろん打ちひしがれるわけですけども、ここからのプッチーニの音楽が素晴らしいんです。『トスカ』、あるいは『ラ・ボエーム』といった、現実的な快楽や情熱を描くのが得意だったプッチーニが、天国に上るそのアンジェリカの魂を描いたことによって、プッチーニにとって一番精神的な、至極の時というのでしょうか、そういったものを音楽化することができたんですね。

そういう母と子の関係というものが、このオペラにはあります。

続きまして『子どもと魔法』。ママのもとで育った坊やが、ママにもすごく文句を言うし、挙句の果てはコーヒーカップや車とか、そういうものにも文句を言いだします。そうした嫌味とか叫びを聞いた自然の世界が、「逆襲だ」「子供に復讐をしよう」と言う、そして最後の瞬間に、彼がひとこと、「ママ」って言うんですね。それを聞くと幽霊たちは消えて、そこに子供1人が残って、そのママに抱きかかえられるというところで終わります。ラヴェルの音楽は天上とかそういうものじゃなくて「ママ」で終わると。『修道女アンジェリカ』とは対極的なやり方ですけども、これも一つの母と子のあり方だということで、オペラの作品として括れるだろうと思いまして、この2作品をもってダブルビルにいたしました。

 

[井内] 対照的でありながら、どちらも親と子の愛というテーマがあるわけですね。ラヴェルの音楽はとても洒落ていると思いますので、楽しみです。さて、指揮は沼尻竜典さん、演出は粟國淳さんと、オペラ経験の非常に豊富な方々がタッグを組んで上演なさるわけですが、2人に対する期待を教えていただけますか。

 

[大野監督] 期待というよりも確信があります。びわ湖ホールの芸術監督を16年間務めてこられた沼尻さん、そして私が信頼を申し上げている粟國さんが、いつものようにカラフルな、そして非常に立体的な上演をしてくださることを確信しております。

 

注目の新制作②シモン・ボッカネグラ

 

井内美香さん

[井内] そして次ですが、ヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』が新国立劇場で初めて上演されると伺いました。この『シモン・ボッカネグラ』はヴェルディの作品の中でも、上演の機会が他のポピュラーな演目より少ないものの、歌劇場が「ここぞ」という非常に重要なプロダクションを作りたいというときに取り上げる作品のように思えます。この作品を選ばれた理由と、これが大野監督にとって新国立劇場でヴェルディを指揮される初めての作品とのことですが、その理由があったら教えてください。

 

[大野監督] 『シモン・ボッカネグラ』は、最終的な完成まで20年以上を必要としました。どういうことかというと『仮面舞踏会』が終わった後、その次の『ドン・カルロ』だとか『アイーダ』の合間にずっと改訂の機を探っていたのが『シモン・ボッカネグラ』であります。その中には、アメーリアを初めとする父と子の関係、そしてアメーリアと恋人の関係、そしてアメーリアの母が他の人々たちのもとで半ば監禁生活を送らされていたといったような人間の複雑な構図がまずは一つの流れとしてあります。

 

それと同時に、このオペラの中には、舞台であるジェノヴァの、政治的な動き、貴族派と庶民派の政治的な指向性、動きが、ずっと横に同時に流れていくんですね。その中で起こる様々な、本当は貴族派ではなかったのにそういうふりをしている人、本当は庶民派だったのに今は貴族派になっている人がいるといった社会の流れと、それに翻弄される人間のいろいろな運命をヴェルディはこのオペラの中に書き込もうとしていたんです。ただ、最初は台本に多少の物足なさがあり、それをなかなか完成することはできなかったんですね。

 

それが完成を見たのは『アイーダ』の後なんです。『シモン・ボッカネグラ』の最終的な台本を書いたのは、『ファルスタッフ』の台本作家でもあるボーイトという人です。彼が『シモン・ボッカネグラ』の台本を改定したからこそ、そうした心理的な深いドラマや、政治の世界の方向性というものが、このオペラの中に入ったわけです。先ほどまで皆さんがご覧になっていた『アイーダ』はヴェルディの最高傑作ともいわれますが、『アイーダ』の中で描かれる混乱した人間の関係とか、あるいは国と国との対峙といった深い表現を、『シモン・ボッカネグラ』の長い作曲過程が導いたと言えるんですね。ですからこの作品がとても重要であると。

 

[井内] それまでのヴェルディの葛藤とこれからヴェルディが新しい境地を開いていく、その境目にあるという音楽に非常に魅力を感じられたというか。

 

[大野監督] そうですね。いわゆるドラマ性が深まっているということですね。それから1人1人のパーソナリティが紋切り型ではないという意味において、深まりが感じられます。中期の『椿姫』などはヴィオレッタ自身の心の動きは音楽的に大変深く書かれていますけれども、アルフレードという人間の心の中が原作の小説ほどにはっきりと書かれているかというとそうではない。

 

[井内] それほど細やかではないと。

 

[大野監督] はい、『シモン・ボッカネグラ』の中では、1人1人のパーソナリティに重要な役割が与えられています。なので、この作品が、後期のヴェルディの大傑作の準備段階となるということですね。

 

[井内] 第1幕第2場の最後のところで悪役パウロがシモン・ボッカネグラに、「お前もみんなと一緒にその犯人を呪え」と言われて恐怖に陥る場面が有名だと思いますが、そこはコンチェルタートといいましょうか、オーケストラと合唱が大活躍するたいへん迫力のある場面ですが、そこはやはり聞きどころの一つでしょうか?

 

[大野監督] そうですね。作曲に20年もかかっていますので、オーケストレーション自体がどんどん開発されていて、そして合唱の規模も大きくなっています。ですから、船が着くとかそういう場面で、心が躍っている群衆の声がオーケストラと大合唱によりグサッと胸に刺さる、といった手法がたくさん取り入れられていると思います。

 

[井内] その登場人物の書き分けも、素晴らしいキャストを得てこそなお一層輝くと思いますが、この『シモン・ボッカネグラ』キャストはすごいですね。タイトルロールがロベルト・フロンターリ。『アイーダ』の次の演目、『リゴレット』に主演なさる方ですけれども、世界を代表するバリトンだと思います。そしてアメーリアはイリーナ・ルング、ミラノ・スカラ座の常連で、イタリアで大活躍のソプラノ。新国立劇場でも『ルチア』『椿姫』で大成功を収められました。そしてリッカルド・ザネッラートとルチアーノ・ガンチ、悪役パウロがシモーネ・アルベルギーニ。そして今や日本屈指のバリトン、須藤慎吾さんも出演なさいます。イタリアオペラのまさに王道のキャストと言ってもいいのではないでしょうか?

 

[大野監督] はい。ザネッラートとはリヨンでも一緒に共演したことがございまして、そして私が新国立劇場の芸術監督になって最初の年のプッチーニの『トゥーランドット』ではティムール役をこの舞台でお歌いになりました。実は、私は彼に日本のお酒を紹介したんですが、そのときから私といるときはいつも日本酒を一緒に飲む、という意思を持って来ています。

 

[井内] さて、今回の新演出はピエール・オーディが手がけます。トップオブトップの世界的演出家の1人であり、現代オペラ界屈指の演出家であり、エクサンプロヴァンス音楽祭の総監督でもある方ですね。今回の『シモン・ボッカネグラ』はフィンランド国立歌劇場、マドリード・テアトル・レアルとの共同制作ですが、日本で最初に上演されると伺いました。ここ、新国立劇場で1から作り上げていくということになりますね。

 

[大野監督] 現代アートのアニッシュ・カプーアが美術を手がけ、舞台セットとして、かなり大きなものが飾られると聞いています。大きな火山の火口のようなものが上から吊られているプランだそうです。第1回目にそのプロダクションを上演するのは、日本の新国立劇場です。

 

[井内] オーディさんはいろいろなアプローチ方法、いろんな引き出しのある方だと思いますが、お話を伺って、今回は少し象徴的な演出になりそうな印象をもちましたが。

 

[大野監督] はい。それはそうだと思いますね。彼は今、エクサンプロヴァンス音楽祭総監督ですけども、その前はオランダ国立オペラの芸術監督を長くやられていたんですね。 オランダ国立オペラの名をとても高めた人でありまして、わかりやすく、そして「息を呑む」といった演出は彼の時代に始まったと言われています。

 

[井内] 私もいくつか拝見したことがありますけれども、必ず何か強いオリジナリティを感じさせる舞台をつくる演出家だと思います。

 

『トリスタンとイゾルデ』は13年ぶりの再演

 

[井内] そして、全部で9演目のうち残りの7演目は、過去に新国立劇場で上演された名作・名舞台の、魅力的な新しいキャストによる再演です。その中に、何よりも注目の演目として来年3月に上演されるワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』があります。これはもうほとんど新制作に近いと言って良いのではないでしょうか。13年前に初めて新国立劇場で『トリスタンとイゾルデ』が上演された時、大野監督が指揮をなさったプロダクションだと伺いました。

 

大野和士オペラ芸術監督

[大野監督] はい、もう13年経ったのかと私もちょっと驚きましたけれども、その13年間、たまたまですが、この演目がこの劇場では取り上げられなかったということで私がまた2回目の公演の指揮をするということになりました。

演出家はデイヴィッド・マクヴィカーというイギリスの人です。非常に明るい部分と深い闇の部分とを使って対照的な場面を作り、あの『トリスタンとイゾルデ』の世界をうまく描いたということで、当時も評判になりました。そして今回、イゾルデにはエヴァ=マリア・ヴェストブルック。この方は世界的にイゾルデ役でもう何回も何回も出演されている方です。

 

[井内] ワーグナー歌手として最高峰の方ですし、素晴らしい歌手ですよね。

 

[大野監督] それでトリスタンにはトルステン・ケールですね。

 

[井内] 新国立劇場では、コルンゴルトの『死の都』に出演されていた方ですね。『死の都』はワーグナーよりもう少し後の作品ですけど、ケールはワーグナーテノールとして有名な方です。

 

[大野監督] そしてエギルス・シリンス。

 

[井内] シリンスさんは、3月に『ホフマン物語』の悪役4役を歌われたばかりです。すごいワーグナー歌手がオッフェンバックのオペラを演じて、だからこそ素晴らしかったですが、今度は本当にワーグナーですね。

 

[大野監督] シリンスはクルヴェナールにもってこいですね。彼は、ヨーロッパで一番有名なヴォ―タン歌いの1人でもあります。そういう方が新国立劇場に、こんなに間を置かずにまた出演くださるのは嬉しいことだと思っております。

 

[井内] 続いてマルケ王のヴィルヘルム・シュヴィングハマー、この方もバイロイト常連としてよくお名前を拝見します。それから世界最高峰のブランゲーネ、藤村実穗子さんがご出演されます。こうなると、ワーグナー上演としてはもう望みうる限りの最高の布陣と。

 

[大野監督] そう言っておかしくないと思います。こういう方々が舞台でトリスタンを、どのように戦わせてくれるか、今から私自身も楽しみにしております。

 

[井内] 大野監督が指揮された13年前の公演が大好評で、チケットがソールドアウトになってしまいご覧になれなかった方が多くいらしたと聞いています。今度の公演に期待がかかります。それと、オーケストラは大野マエストロが音楽監督をなさっている東京都交響楽団ですね。息の合った演奏を聞かせていただけると思っております。

 

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選りすぐりのレパートリー演目

 

[井内] その他の残りの演目にこれもまた魅力的なものが多くて。ヨハン・シュトラウス二世の『こうもり』、チャイコフスキーの『エウゲニ・オネーギン』、ドニゼッティ『ドン・パクスワーレ』、ヴェルディ『椿姫』、モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』、プッチーニの『トスカ』が上演されますが、レパートリー作品を選ぶときに、大野監督が一番留意されたポイントをお教えください。

 

[大野監督] はい。『こうもり』の指揮は、新進気鋭の指揮者として頭角を現しているパトリック・ハーン。音楽がすごく的を射ていて、私達をわくわくさせてくれる才能の持ち主です。

それから『エウゲニ・オネーギン』。指揮のウリューピンという人は、実は元々クラリネット奏者だったんです。指揮の世界に転向して、瞬く間に世界中の歌劇場でオペラの指揮をするようになりました。それから、エカテリーナ・シウリーナはタチヤーナを歌わせたら、今、世界ナンバーワンの1人と言っていいと思います。

 

[井内] 大変な美声で知られている方ですね。オネーギン役のユーリ・ユルチュクは最近モネ劇場でこの役を・・・

 

[大野監督] そうです、絶賛を博しました。大変な実力派として名をはせている人です。

 

[井内] 『ドン・パスクワーレ』がこれまたすごいキャストになっております。ミケーレ・ぺルトゥージ。世界的なバス歌手です。いじめられてしまうかわいそうなご老人の役ですが、ペルトゥージが歌ったら素晴らしいものになるだろうと思いますが。

 

[大野監督] そうですね、ペルトゥージのパスクワーレは、ヨーロッパでは大変有名でありまして、この役での新国立劇場初登場がとても楽しみです。それからマラテスタは、ドン・パスクワーレに怪しい結婚の話を持ちかける悪玉というイメージですけれども、これが上江隼人さん。そしてエルネストとノリーナという恋人同士ですけれども、エルネストにフアン・フランシスコ・ガテル、それからノリーナにはラヴィニア・ビーニ。

 

[井内] そうですね、ガテルは新国立劇場でおなじみですが、ビーニについても、素晴らしいという評判を耳にしたことがあります。

 

[大野監督] この『ドン・パスクワーレ』というのは、本当にベルカントの声を持った4人の共演にならないといけません。1人でもそのクオリティが下がると、上手い四重唱が起こらないということですが、上江隼人さんがここに名を連ねているということを、私はとてもとても誇りに思っております。世界的なレベルの歌手たちと、いわゆる差というものがないだろうと思って、私は彼を、物語のカギを握るマラテスタ役に起用しました。

 

[井内] 一昨年、ロッシーニの『チェネレントラ』で上江さんのダンディーニ役が素晴らしかったので、この役もとても見たいなと思っております。

 

[大野監督] 次に、『椿姫』。中村恵理さんが、この劇場2回目のヴィオレッタで登場してくれます。そしてアルフレード役がリカルド・デッラ・シュッカ、指揮者がフランチェスコ・ランツィロッタという、大変強力な布陣で、中村さんを支えていただきます。

 

[井内] 楽しみです。そして『コジ・ファン・トゥッテ』と『トスカ』が残っておりますが、『コジ・ファン・トゥッテ』は飯森範親さんが指揮をされます。

 

[大野監督] 飯森さんはオペラの指揮経験が大変豊富な方で、『コジ・ファン・トゥッテ』もうまくまとめていただけるだろうと思って喜んでお願いいたしました。

 

[井内] 2020年にブリテンの『夏の夜の夢』を指揮されました。非常に鮮やかな指揮ぶりだったのを覚えております。

 

[大野監督] そしてセレーナ・ガンベローニ、ダニエラ・ピーニ、ホエル・プリエト、マッティア・オリヴィエーリ、フィリッポ・モラーチェと、名歌手がそろっています。そこにもう1人、デスピーナ役に九嶋香奈枝さんが配役されております。これまでデスピーナ役のカヴァーで参加いただいたことが多かったんですが、九嶋さんの声はずいぶん成長しました。ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』のイニョルドの際、いわゆるスープレットといわれる女性の軽い声とは全く違う、少年にふさわしい肝の据わった声で演じていました。

 

[井内] ある程度強さもある声ですね。『ボリス・ゴドゥノフ』のクセニア役も素晴らしい歌でしたね。

 

[大野監督] そうですね。ですから今回満を持して、本役として九嶋香奈枝さんにデスピーナをお願いしました。九嶋さんのデスピーナはなんというか、その場面を支配するような、変わった存在として出てくるのではないかというふうに思っています。

 

[井内] 素晴らしい、大きな期待ですね。最後の演目は『トスカ』ですけれども、指揮のマウリツィオ・ベニーニはもうイタリアオペラの巨匠、と言っていいでしょう。

 

[大野監督] もちろんですね。ベニーニは新国立劇場でこの5月に・・・

 

[井内] 『アイーダ』の次の演目の『リゴレット』で指揮されます。

 

[大野監督] 実は、彼が新国立劇場で指揮をするのは98年以来とのことです。5月の『リゴレット』が、彼の25年ぶりの登場です。この25年の間に、彼はイタリアのオペラ指揮者としては、もう世界を制覇したというような存在、巨匠の域に達していますので、素晴らしい『トスカ』を繰り広げてくれるのではないかと思っています。

 

[井内] というわけで、全ての作品についてコメントをいただきました。ありがとうございました。どの作品も素晴らしいものになると思います。

大野監督の次回出演は『ラ・ボエーム』

 

オペラ『ラ・ボエーム』クリスマス風景画像

[井内] ここまでは来シーズン、この秋からのお話でございましたけれども、今シーズンの最後の演目として6月の末から大野監督が指揮なさり、粟國淳さんが演出されるプッチーニの『ラ・ボエーム』が上演されます。こちらは有料のライブ配信と、その後のオンデマンド配信が決まりました。ライブは7月2日の公演の配信が決定したということで、これも大変嬉しい発表です。

さて、先ほどちらっと伺いましたが、マエストロは『ラ・ボエーム』をかなり久しぶりに指揮されるということですね。

 

[大野監督] 私が一番近々で指揮したのは、カールスルーエの音楽総監督のポストが決まる直前でした。1幕の後、2幕が始まる前に、私が出ようとするとずっと拍手が止まらなくなっちゃって、それでその中を、すいません、すいませんって言いながら私が入っていって指揮を始めたことを覚えています。

 

[井内] カールスルーエのお客様はずいぶん反応がはっきりしてらっしゃいますね。

さて、『ラ・ボエーム』の素晴らしいキャストを紹介しましょう。初来日のアレッサンドラ・マリアネッリがミミ役、そしてロドルフォがスティーヴン・コステロ、メトロポリタン歌劇場やミュンヘンで最近よく歌ってらっしゃるテノールです。そしてムゼッタがヴァレンティーナ・マストランジェロ、マルチェッロが須藤慎吾さん、これまた素晴らしい、とてもいいチームになりそうだと思います。

 

[大野監督] 皆様、お気づきくださったかとも思いますけれども、このコロナの時期を経て、日本人歌手の舞台での演技面、あるいは歌唱面といったいろいろな点が、格段に伸びたんですね。日本人歌手の皆さんが、決してこのコロナ禍を無駄にしなかった、ということが言えるのではないかと思います。

 

[井内] 今日の『アイーダ』も「海外歌手と日本人歌手の混合キャスト」という言い方をする必要すらないくらい、適材適所の素晴らしいキャストだったと思います。来シーズンも日本の歌手にどんどん歌っていただけるということですね。

 

コロナで劇場関係者の皆さんはとても大変だったと思いますが、その分、私達観客も、舞台を以前よりずっと求めるようになりました。すごく集中して見るようになりましたし、舞台上の皆さんの熱意をより感じるようになったと思います。これから先も、世界的にいろいろ困難なことが多い昨今ですけれども、その中で、劇場が私達のともしび、明かりになっていただきたいなと願っております。

 

[大野監督] 私は「人は生きるというだけでは人間とは言えない」と考えています。心というものが、どのくらい動くか、ということがやっぱり大事だと思います。心のイマジネーションというものは、全く際限がないはずなんですね。夢の世界です。だから、心を震わせつつ、自分のできる限りの空間を埋めていく、という体験をするのが、人間って一番幸せなことだと感じております。

私はオーケストラピットの台の上で指揮をしながら、観客の皆さんのお気持ちを、この肩のあたりでいつも感じる思いがします。あるいは、オーケストラの皆さんの気持ちが盛り上がってくると、例えば『ラ・ボエーム』が始まったとたんに、後ろの方のバイオリンが「ハーッ」と熱意をあらわにして弾いてくることがあるんですね。前からはそういったオーケストラの熱量が伝わり、そして後ろからは観客の皆さんの熱量を受け取って、すごく幸せな瞬間を感じることが多々あります。それを、1回でも多く皆さんとともに共有したい、ということが、私の心からの願いであります。

 

[井内] 素晴らしい。指揮台にいらっしゃると、背中からは私達からの圧を感じられて、舞台上からは歌手から歌われて、オーケストラに囲まれて、指揮者というポジションはすごいポジションですね。

 

 

観客の皆様からのご質問

 

[井内] さて、残りの時間は、観客の皆さんからいただいたたくさんの質問をもとに、お時間が許す限り、大野監督にお尋ねしたいと思います。

最初の質問です。


「初心者におすすめのオペラの演目を教えてください。『アイーダ』の次に初心者が見るとしたら、どんな作品がおすすめでしょうか。」

 

[大野監督] そうですね、とっさに思いついたものの中でいうと、例えば『ラ・ボエーム』『トスカ』『椿姫』。いずれも私も小さい頃に見たオペラです。それから来シーズンにはありませんけども『フィガロの結婚』と『ドン・ジョヴァンニ』。この辺は有名です。あとはサン=サーンスの『サムソンとデリラ』は、踊りがたくさん出てきますから、楽しいと思います。

 

[井内] 次の質問です。


「前回の『トリスタンとイゾルデ』の指揮から10年以上経過しているわけですが、上演にあたって、マエストロの作品の解釈が変わったことがありますか。」

 

[大野監督] 自分でどれぐらいのことが客観的にいえるかどうかわかりませんが、昔は前半の高揚感を、大いに感じて指揮していたという記憶があります。二幕の奈落に落ちる寸前までの二人が声を上げて倒れていく愛の二重唱のところ。13年経った現在はもう少し次元を超えて、「愛の死」という、一番最後にイゾルデに与えられた音楽の世界を自分で体験する、というような試みはできるのではないかと今、考えております。

 

[井内] やはり何度か指揮されるうちに深化していく、深くなっていく部分がありそうですね。

 

[大野監督] そうですね。リヒャルト・シュトラウスに『英雄の生涯』という作品がありまして、その中で、英雄がガーンと勇ましくなってそして恋をするぐらいが一般的なクライマックスで、そこからだんだん、英雄の人生が夕暮れていく音楽ですね。昔はそこに到達するときに、「長いな」って思ったこともありました。ところが、今は、まだまだそこから、自分はそこに神経を持っていかなければいけない、その遅いところの音楽を自分の心の中で深く体験しなければいけない、というようなことがだんだんわかってきたように感じています。おそらく次の『トリスタンとイゾルデ』ではそういう部分が多少は見えるのではないかということを期待しております。

 

[井内] 楽しみにしております。こちらも、聞く方もだんだん成熟していかないといけないですね。

次の質問です。


「僕はサッカーファンで、オペラは素人です。サッカーの応援歌の凱旋行進曲が『アイーダ』というオペラで使われていると知り、オペラを見たくなり新国立劇場に足を踏み入れました。そこで、オペラ素人の僕に対し、楽しむコツなどのアドバイスをください。」

 

[大野監督] 「オペラの素人の僕」に対してということで言いますと、凱旋行進曲と言えば、ワーグナーの『タンホイザー』にもあります。ただ『タンホイザー』は長いですから、まずは凱旋行進曲だけ聞いてみるといいのではないかなと思います。また、さっき言ったようなサン=サーンスの『サムソンとデリラ』には、エロティックで魅力的な舞踊音楽が出てきますので、それも映像付きなんかで見るとすごく楽しいんじゃないかと思います。そういうふうにして、オペラの世界の中に入ってきていただけると本当に嬉しいです。

 

[井内] 名場面から、というのもいいですよね、確かに。先ほどから『サムソンとデリラ』を激推しされているようですが、そのうち大野監督が指揮してくださるのではないかと期待します。

 

次の質問です。


「日本語、あるいは日本人作曲家の手によるオペラがないようですが、お考えをお聞かせください。」

確かに次のシーズンには入っておりませんが。

 

[大野監督] はい。日本人作曲家の作品シリーズというのは、今もずっと続いています。冒頭で申し上げました通りに、来シーズンは2演目しか新制作がないので、ちょっと順番が後に回るということにはなってしまいますけれども、既に作曲家が決まっておりまして、作曲はもうずいぶん進んでおりますので、再来シーズン、あるいはそのまた次のシーズンには必ず出てくると思います。日本人の作曲家シリーズの中から、世界に何かを言わんとするようなメッセージが沸き起こることを私は望んでおります。

 

[井内] 素晴らしいですね。では、日本人作曲家の方の作品も、現代オペラも予定されていて、それを世界に発信していきたいということですね。期待しています。

 

では最後の質問です。


「オーケストラに一番求めることは何ですか。」

 

[大野監督] これは非常に難しいことですけども、オーケストラみんなが自分の音を作った段階で、耳を、舞台上に向けることですね。オペラのオーケストラにはそれがとても大切で、例えばオーボエという楽器があって、ソプラノと一緒の旋律を吹いているときに、その音が歌を超えたら絶対いけないんです。そのようなことを、指揮者との共同作業でだんだん覚えていっていただきたいと思っています。それから最終的には全体のオーケストラの響きが、いい絨毯のようになるってことですね。そしてその響きが、歌い手さんの世界をサポートするという。これがオペラのオーケストラとして一番大切なことだと考えています。

 

[井内] オーケストラがよく支えてくれるからこそ、歌手の人たちも輝けるわけですね。

 

[大野監督] とは言いながらもですが、リヒャルト・シュトラウスが『ばらの騎士』とか、『アラベッラ』とか、そんな有名な作品を作曲していた時期の逸話があります。ある歌手にシュトラウスが「わーっと音を鳴らされて、あんなんじゃ私の声聞こえないじゃないですか先生」といわれたのに答えて、「いやいや聞こえなくていいんだよ」って言ったっていう。シュトラウスがですよ。「聞こえなくていいんだけど。あなたの声が混ざってればいいから」って言った、っていう話はよく本に出てきますね。そう言いながらも、ちゃんとバランスをとっていたと思いますけどね。

 

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 左から 音楽ライター・井内美香さん、大野和士オペラ芸術監督

 

[井内] ありがとうございました。とても興味深い、オーケストラピットで指揮をされる方じゃないと本当にわからないお話もたくさん聞くことができましたし、劇場のこれからの方針に関しても演目に関してもたくさん興味深いお話を、どうもありがとうございました。

 

[大野監督] 皆様本当にどうもありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。