2013年7月
2013年7月25日
ストラヴィンスキーの音楽による魅惑の3つのバレエ
20世紀初頭、各方面の先鋭の芸術家が集まり、
バレエというかたちで総合芸術の最先端を見せつけたバレエ・リュス。
「バレエ・リュス ストラヴィンスキー・イブニング」では、
ストラヴィンスキーの音楽による3作品を上演する。
3作品はそれぞれどんな作品なのか、ご紹介しよう。文◎實川絢子
「火の鳥」
ロシア民話による魔法の物語
〈バレエ・リュス〉という名は、もはやそれ自体が魔力を持った記号のようだ。二〇世紀初頭に西ヨーロッパに登場し、活動期間はたった二〇年余りながら、バレエ史上最高のバレエ団と呼ばれたバレエ・リュス。現代芸術全般に与えた影響は計り知れず、今なおその革新と魅惑に満ちた歴史は、半ば伝説となって多くの人々を魅了し続けている。
フランス語で〈ロシア・バレエ〉を意味するこのバレエ団は、あらゆる芸術に精通した興行師ディアギレフのもとにロシア人ダンサーが集まり、一九〇九年パリにて結成された。バレエ・リュスが他のどのバレエ団とも違うのは、パヴロワ、ニジンスキーをはじめとする傑出したダンサーの他、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ピカソ、マティス、コクトー、シャネルといった分野を超えた一流の芸術家を結集して、〈総合芸術〉としての新しいバレエを作り上げたことにある。当時、西ヨーロッパで衰退の一途をたどっていたバレエ芸術に新たな息吹を吹き込んだバレエ・リュスの遺産は、解散後も世界各地で受け継がれ、私たちが今バレエを楽しむことが出来るのは、このバレエ・リュスあってのお陰と言っても過言ではない。
そんなバレエ・リュス結成時から初期にかけて活躍した振付家が、フォーキンであり、現在まで上演されている代表作のひとつが、一九一〇年初演の「火の鳥」だ。ロシア民話を下敷きにしたこの作品は、振付、音楽、美術すべてがロシア人アーティストによるオリジナル。エキゾチックで色彩豊かなロシアのエネルギーに満ち満ちた、バレエ・リュスの傑作だ。
魔法の鳥に魅了される王子、邪悪な魔法使いに捕らわれた乙女たち、対照的な二人のヒロインといった「白鳥の湖」とよく似たモチーフを取り上げながら、フォーキンは自然なマイムとダンスにより展開していく、よりリアリティのある物語バレエを目指した。その結果、ほぼ全員がキャラクターダンスを踊る中で、ただ一人火の鳥だけがトウシューズを履いてクラシック・バレエを踊り、その魅惑的な異質性を際立たせることに成功。振付と同時進行で作曲されたドラマティックな音楽、色鮮やかな背景、全ての要素が一体となって、総合芸術としてのバレエの醍醐味を堪能できる。「白鳥の湖」をご覧になった方は、二作品を比較してみるとより一層面白いだろう。
「アポロ」
踊りと音楽の幸福な結婚
「アポロ」は、ディアギレフに見出されてバレエ・リュス最後の振付家となり、のちにニューヨーク・シティ・バレエを設立したバランシンが一九二八年に振付けた出世作。ミニマルな衣裳に、複雑なストーリーも舞台背景もない、あるのはダンサーの身体と音楽だけ─そんないわゆる抽象バレエが二〇世紀にたくさん作られるようになったきっかけとなり、〈目で見る音楽〉と言われるバランシン作品の原点ともいえるのが、この「アポロ」だ。
この作品の核にあるのは、物語ではなく、純粋な踊りそのもの。シンプルな白いレオタード姿のダンサーの身体が織りなすポーズやステップの幾何学的な美しさ、その音楽との調和が何よりの見所になっている。
同時に、作品中にみられる、全員でのパ・ダクシオン、それぞれのヴァリエーション、男女のパ・ド・ドゥ、そして全員のコーダという一連の構成は、三大バレエを生んだプティパが確立したクラシック・バレエの基本構成に則っており、プティパに対する尊敬の念が随所に感じられる新古典主義作品と言えるだろう。
生まれたばかりの神アポロが、自らの創造力に目覚め、詩の女神カリオペ、マイムの女神ポリヒムニア、舞踊の女神テレプシコールを率いてパルナッソス山に登っていく─この、芸術を司る神が成熟していく過程というモチーフは、一連の初期作品を経て、バランシンそしてストラヴィンスキー自身が、芸術家として開花していく姿とも重なる。二人が目指した、どこまでも純粋な、踊りと音楽の幸福な結婚。技術・音楽性ともに優れた新国立劇場バレエ団のダンサーなら、このバランシン作品の真髄を存分に体現してみせてくれるはずだ。
「結婚」
緊迫感みなぎる集団の踊り
一九二三年六月、パリで初演された「結婚」。振付けたのは、あのバレエ・リュス伝説のダンサー・ニジンスキーの妹、ニジンスカだ。ロシアの農村での結婚をテーマに、それをあくまでも抽象的な儀式として描いたこの作品は、二〇世紀の最高傑作のひとつとの呼び声も高い。この作品を観たかどうかで、バレエというものの概念が変わるといってもよいくらい、バレエ史上重要な作品である。
まずは作品を観て、「結婚」というタイトルに一見そぐわない異様なまでの緊迫感を肌で感じるのが一番だと思うのだが、この作品の革新性をひとつ挙げるとするなら、それは何より徹頭徹尾抽象的な〈集団〉の踊りであるということにある。バレエには大抵主役がいるもので、それが結婚式の場面であればなおさらであるが、このバレエにおいては、集団こそが主役なのだ。
幕が開くなり、花嫁も、その両親と友人も、皆が無表情で、結婚式を目前にした華やぎや喜びがまったく感じられないことに驚くだろう。全員が、まるで動く彫刻のように機械的にフォーメーションを作っていく様子から、結婚前夜の家族の様子すらもが儀式のようにみえてくる。花嫁も花婿も、主役というよりは儀式の中の単なる記号に過ぎず、個性らしいものは一切浮かび上がってこない。
結婚の祝祭が始まると、それまでの静的な踊りから一転、花嫁と花婿が舞台後方でじっとしている前で、友人たちが地面を踏み付けるように跳躍を繰り返し、激しい動的な踊りを展開する。丸められた拳を突き上げ、まるで鎖のように連なっていく友人たちは、結婚を通して、淡々と繰り返し再生されていく人間の生を象徴しているかのようでもある。
おとぎ話的な結婚ではなく、現実の結婚が意味するところに深く迫り、それをシュールで抽象的な視点から描いた「結婚」。九〇年も前に作られたというのが信じられないほどの斬新なセンスに驚かされることは間違いない。
新国立劇場・情報誌『ジ・アトレ』6月号より