
2013年10月17日
翻訳者雑感その1 ~G.B.ショーとの出会い~
『ピグマリオン』の翻訳を担当した小田島恒志です。これを書いている今、新国立劇場の隣の稽古場で稽古していた『エドワード二世』が一足先に幕を開けました。翻訳は河合祥一郎さん、僕の幼稚園の1年先輩です。昨年『るつぼ』の翻訳を担当したのは水谷八也さん、僕の同僚にして英米演劇翻訳界の先輩です。この身近な二人が専門家として実に知的で面白いブログを連載執筆されていました。だからあなたも ― と、制作さんに言われて、「はい、わかりました、書きます」と言えないのはどうしてでしょう? それは、僕がへそ曲がりだからです。そして、へそ曲がりだからショーを翻訳したのです。説明しましょう。(あ、結局書いている・・・)
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ジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw 1856-1950)という作家のことを初めて知ったのは大学3年生の時、まさに『ピグマリオン』を読む授業でのことだった。もっとも、ミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』は小学校の頃から何度かテレビで見ていたけれど、ああ、オードリー・ヘップバーンきれいだな、とか、う~ん、どれもみな素晴らしい曲だな、とか思いながら、そのシンデレラストーリーにうっとりするばかりで、作家のことなどまったく意識していなかった。ついでに言っておくと、教室でよく使う小ネタに『ローマの休日』と「ローマ字」の共通点は? というのがある。答え ― ヘップバーン。このHepburn という名前を日本人は目で読んで「ヘップバーン」とし、耳で聞いて「ヘボン」だと考えた。そう、ローマ字(と明治学院大学)を創設したヘボンさんはヘップバーンさんでもあるわけだ。おっと、頭がすっかりヒギンズ・モードになっていたので、ついつい言葉の音にこだわってしまった。失礼。
さて、大学3年生の時、現在代々木ゼミナールの人気講師・佐藤慎二や写真家・吉野正起らとともに飲酒の合間に授業、もとい、授業の合間に飲酒、いや、とにかく教室になんとなく顔を出すのんべんだらりとした毎日だったが、ショーのことを知った時には自分の中で軽い衝撃が走った。『ピグマリオン』を読む前の話である。花売り娘の発音を矯正する音声学者の話、という設定だが、作者ショー自身、言葉の音とスペルにこだわった、という紹介があった。その例として聞いた話が強烈だったのだ。「魚」fish (フィッシュ)という単語がある。「f」は「フ」、「i」は「イ」、「sh」は「シュ」と読むからフィッシュ。これは誰も疑問に思わない。じゃあどうして、「フ」なら「f」、「イ」なら「i」、「シュ」なら「sh」と決まっていないのか。例えば、「笑う」laugh(ラフ)の「gh」は「フ」、「女性たち」women(ウィミン)の「o」は「イ」、「駅」station (ステイション)の「ti」は「シュ」と発音するのだから、ghoti と書いて「フィッシュ」と発音してもいいではないか ― とショーが言っている、と言うのだ。
これを聞いた第一印象は ― なんてへそ曲がりなことを言う人だろう ― だが、へそ曲がりな僕にはツボだった。そして、いよいよ『ピグマリオン』を読んでみると ― あれ? 『マイ・フェア・レディ』の「うっとり感」がない。え? やるなぁイライザ、そうきたか! いい意味で裏切られた。それまで文学に対しナイーヴだった僕は、男と女の物語はロマンティックなハッピーエンドで終わる(か悲痛な悲劇で終わる)ものだと思っていたので、そうなることを拒むようなこの展開は、やはり作者がへそ曲がりだからなのだろうと思われた。
さらに、授業では戯曲だけでなく序文と後書きも読んだのだが、この後書き(のへそ曲がりぶり)が秀逸だった。初演時の演じ方のせいで、観客にロマンティックなハッピーエンドだという印象を与えたことに対する反論として作者が書き足した「後日物語」だという。
物語の続きは、わざわざ芝居にしてお見せするまでもないだろう。それどころか、我々の想像力が怠惰にも、ロマンスという店主が必ずしもあらゆる物語にフィットするわけではない「ハッピーエンド」仕立ての服ばかりを取り揃えている古着屋の安い吊るしに依存して、枯渇しているのでなければ、語る必要すらないだろう・・・
なんだこのへそ曲がりな文章は・・・! おかげでますます惹かれていった。
その後、文学を学び、ショーのこともいろいろわかって来ると、少々(←ごめんなさい、洒落のつもり。しょうもない。)見方が変わってきた。それまでの19世紀の演劇が、音楽とスペクタクルで盛り上げてロマンティックなハッピーエンドで観客をうっとりさせるメロドラマ(メロディドラマ)が主流だったのに対し、演劇で現実を、現実のあり方を、現実社会の問題を観客に突きつけるという近代リアリズム演劇の始祖がイプセンであり、その姿勢に倣ってイギリスでそれを始めたのがショーだと知った。確かに主流に逆らえばへそ曲がりに見えるだろう。だが、逆に「うそ」が主流の中で「ほんと」を叫ぶのはどうなのだろう。王様は裸だ、と声をあげるのは・・・そうか、へそ曲がりというのは正直者のことなんだ。うん、納得。
と、勝手に自分の性格を是認するような結論に達した青春時代。めぐりめぐって30年後、『ピグマリオン』上演のための翻訳の機会を与えられた。おお、なんとロマンティックな展開だ、嬉しい、ハッピー。あれ? 本当はロマンティシストだということを露呈してしまったか。だが、いざ翻訳作業に取り掛かると、訳しにくいという厳しい現実を突きつけられ、リアリストに戻らざるを得なくなった。トホホ。


ピグマリオン+3公演 お得なセット券 発売!!
2013/14シーズンは、前半4作品通しのお得なセット券をご用意いたしました。
「OPUS/作品」(9月公演・小劇場)、「エドワード二世」(10月公演・小劇場)、「ピグマリオン」(11-12月公演・中劇場)、「アルトナの幽閉者」(2014年2-3月公演・小劇場)の四作品の特別割引通し券を発売します。(「ピグマリオン」S席・他作品A席)
チケット料金(税込み)
一般:21,000円 (正価24,150円)
会員:18,900円 (郵送申込、先行販売期間)、19,950円(一般発売日以降)
前売開始
2013年6月23日(日) 前売開始
会員先行販売期間:2013年6月2日(日)~ 6月19日(水)
チケットに関するお問い合わせ
新国立劇場ボックスオフィス
(受付時間:10:00〜18:00)
03-5352-9999
または新国立劇場ボックスオフィス窓口まで