INTERVIEW

芸術監督:大野和士Artistic Director:ONO Kazushi

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大野オペラ新芸術監督が語るオペラの新シーズン

2018/2019シーズン、オペラの新芸術監督に大野和士が就任する。ヨーロッパの歌劇場で音楽監督を務めてきたマエストロは、新国立劇場のさらなる発展を目指すために、「レパートリーの拡充」をはじめとする5つの柱を掲げた。その柱を実現するために選んだラインアップは、新制作4演目、レパートリー6演目。大野が考える新国立劇場のこれから、そして新制作について語っていただいた。[ ジ・アトレ5月号より ]

オペラづくりの確信が培われた今こそ
新国立劇場の責務を果たせる
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――この秋、2018/2019シーズンからオペラ芸術監督に就任されます。新国立劇場からの依頼を、どのような思いで引き受けられたのでしょうか。

大野私は今までヨーロッパの3つの歌劇場で長いこと仕事をして、多くの演出家や歌手たちと出会い、交流を広めてきました。そうした財産を、新国立劇場に注ぐことができる時期が来たと思ったのが、監督の任をお引き受けした一番のきっかけです。

そもそも私は子どもの頃から人の声が大好きでした。オーケストラの勉強を進めながら、いつかはオペラの指揮をしたい、より人の声について知りたいと思い、バイエルン州立歌劇場に留学し、幸いなことにヨーロッパのオペラ劇場で仕事をすることができました。私の中で、オペラづくりに対しての確信のようなものが培われた今こそ、新国立劇場の責務を果たせるのではないかと思ったわけです。

――ヨーロッパの歌劇場で音楽監督を務めてこられたマエストロからみて、新国立劇場の良さは何でしょう。そして、これからの4年間で新国立劇場をどのようにしたいとお考えでしょうか。

大野良さはたくさん挙げることができます。まずなんといっても、素晴らしい舞台機構の整ったオペラ専用劇場であること。これは大きな財産だと思います。劇場スタッフも、世界の一流歌劇場に引けを取らない大変優秀な人材が集まっています。そんなスタッフと共に、より具体的な目的意識を持って新国立劇場をどのような方向に持っていくべきか、5つの柱として挙げさせていただきました。

第1は、他の4つもこれに集約されるといってもいいのですが、「レパートリーの拡充」です。新国立劇場が20年間培ってきたレパートリーをさらに増やし、お客様が今まであまり知らなかった作品についても、ぜひ関心の裾野を広げていただきたいと思います。レパートリーがバラエティ豊かになることで、モーツァルト、ヴェルディ、ワーグナーといった作品にも別の光が当たり、新しい視点で見ていただけます。

第2は「日本人作曲家委嘱作品シリーズの開始」です。国立の劇場ですから、日本人作曲家に新作を1年おきに委嘱して上演します。その作品は、日本の中だけで収束するのではなく、日本から世界へメッセージを発する内容を目指します。

第3は「2つの1幕物オペラ(ダブルビル)の新制作と、バロック・オペラの新制作を1年おきに行う」。1幕物を2本立てで上演すれば、レパートリーが自然に拡大していきます。バロック・オペラはこれまでオペラパレスで一度も上演していないとのことですが、日本にはバロック・オペラのファンがたくさんいますから、それはもったいない。観て面白い、聴いて面白いバロック・オペラをぜひ上演したいと思っています。

第4は「旬の演出家・歌手の招聘」です。オペラ演出は今、ヴィジュアルアートを使う潮流があります。そのなかで、音楽の流れや作曲家の意図をよく考えて視覚化できる、才能のある演出家たちをぜひ日本にご紹介したいと思っています。

――近年は新制作が1シーズンに3演目でしたが、新シーズンは4演目に増えるとのことでとても楽しみです。これは工夫すれば4演目が可能ということでしょうか。

大野そういうことです。これまで主に20世紀作品の上演の際、プロダクションを海外の歌劇場からレンタルしていましたが、一回上演したら装置も衣裳も全部返却しますので新国立劇場に何も残りません。これでは経済効果が悪いので、今後レンタル上演を少なくしたいと考えています。新制作最初の演目『魔笛』ですが、私が働いていたモネ劇場で2005年に初演し、その後、世界の十数の劇場で上演している大ヒット作でして、この舞台装置と衣裳を上演権も含めて購入しました。初演から年月が経ち、いろいろな劇場をひと巡りしたので、譲っていただけたのです。

『紫苑物語』は日本人による委嘱新作ですから、相応な規模で上演します。

ダブルビルは、いずれもフィレンツェを舞台とした作品ですので、舞台装置はそれほど大規模にならず、それでいて、1幕物を2つ繋げるという工夫によって、オペラの別の面白さを出すことができるのです。

シーズン最後の『トゥーランドット』は東京都と国の機関の共同制作という画期的な事業なので、《オペラの祭典》として大規模に上演されます。これは新制作かつ日本でワールドプレミアとなります。

――“日本でワールドプレミア”とのことですが、5つの柱の5番目は「海外の歌劇場との積極的な共同制作」ですね。これまで新国立劇場では、例えば『ヴォツェック』がバイエルン州立歌劇場との共同制作でしたが、ミュンヘンでの上演が先でした。

大野最近ですと『ルチア』がモンテカルロ歌劇場との共同制作で、新国立劇場が世界初演です。今後、新制作のいくつかは、日本でワールドプレミアをして、そのプロダクションに興味を持つ海外の劇場と共同戦線を張る形を作っていこうと思います。新国立劇場のプロダクションが外国へ出ていき、先方の公演プログラムに「共同制作」と公式に明記される、これがとても大切です。そうすることで新国立劇場の価値をもっと上げるのです。歌手、指揮者、演出家、みんな日本に来たがっていますよ。しかし、招聘するアーティストは誰でもいいわけではない。新国立劇場の敷居の高さを示すためにも、共同制作は重要です。

“動くドローイング”で魅せる『魔笛』
“ある芸術家の一生”を描く『紫苑物語』
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――新シーズンは新制作『魔笛』で始まります。見どころを教えてください。

大野演出のウィリアム・ケントリッジは大変著名な現代美術家で、日本では京都賞を受賞しています。オペラでも大活躍中で、昨年ザルツブルク音楽祭で話題になった『ヴォツェック』を演出したのは彼です。私は彼とリヨン歌劇場で『鼻』を上演しましたが、そのプロダクションはメトロポリタン歌劇場などでもとても高い評価を得ています。

ケントリッジの演出の特徴は、プロジェクションの多用です。木炭とパステルで絵を描き、それをミリメートル単位で少しずつ移動しながらコマ撮りした映像をプロジェクションに映すのですが、そうすると絵がアニメーションのように動くのですよ。CGとは異なる、彼の哲学に基づいた朴訥としてほっこりさせる絵なのです。

舞台は「黒」と「白」に分かれます。「黒」は夜の女王、「白」は太陽の王であるザラストロの世界を象徴しているのですが、夜の女王登場の場面は、黒い背景に、ドローイングの白い点による満天の星空が動きながら出てきて、非常に感動します。また、水や火の試練の場面は3Dのようで、客席に向かってくるかのように見えるのですよ。大団円の白の世界もゴージャスで、観る人をとても幸せな気持ちにしてくれる舞台です。

この『魔笛』は、お子様にもぜひ見ていただきたいです。タミーノが笛を吹く場面ではドローイングによる動物たちが踊るのですが、ケントリッジの豊かなイメージによる独特の動きが非常にかわいらしいので、お子様もきっと楽しんでいただけるはずです。また、「魔笛は何十回も見た」という方々にとっては、ドローイングで登場するさまざまな象徴を読み解く哲学的な面白さがある演出です。

ケントリッジの『魔笛』は友愛の精神に満ちあふれていて、観ると優しい気持ちにさせてくれます。これは、南アフリカ出身の彼の「人を愛する」という思想と『魔笛』が結びついたプロダクションなのだと思います。世界各地で大成功している『魔笛』ですので、ぜひご期待ください。

――新制作の2演目、委嘱新作の『紫苑物語』はどのような作品になるのでしょうか。

大野『紫苑物語』は、作家・石川淳が戦後に書いた小説によるオペラです。

主人公の宗頼は才能ある歌人ですが、父との確執があって歌にのめり込めず、弓の名手になって人や獣を殺めていきますが、それでも納得できない。殺めた女狐が変化した美女と交わっても、その体験に没入できません。そんなある時、岩肌に仏を彫る平太という自分に瓜二つの人物に出会います。宗頼がその仏を射抜くと、その瞬間、地平が崩落し、平太も宗頼も飲み込まれてしまいます。しばらくのち、ある時は柔和に、ある時はグロテスクに響く歌が村に聞こえだします。村人たちは「鬼の歌」と名付けますが、これは宗頼の歌。つまり、彼の死後に残ったのは「歌」だったのです。

宗頼が歩いたあとには紫苑、つまり「忘れな草」(※)が咲いていました。これは、自分の足跡を根付かせたいという宗頼の我の意識のあらわれです。一方、平太のあとに咲いたのは「忘れ草」。平太は、自分を刻もうとはせず、単純な作業の積み重ねによって最終的に仏が彫られていきました。ベートーヴェンに例えるとよく分かりますが、「運命」を作曲しているときにベートーヴェンは「我が足跡を残してやるぞ」とは考えていませんよね。創造の過程で、芸術家が霊感にとりつかれているときは時間も空間も感じないもの。そうして生まれた芸術作品は、芸術家の一生よりもはるかに長い、永遠の命を得るのです。自分を刻印したかった宗頼ですが、「自分探し」の最中は求めるものが見つからず、死後残ったのが歌でした。『紫苑物語』は「ある芸術家の一生」ともいえる物語であると同時に、戦前の国家主義から解き放たれた人間が何を求めていくべきか、石川淳が改めて投げかけた「問い」なのです。

そんな『紫苑物語』を、著名な詩人の佐々木幹郎さんが台本を書き、日本を代表する作曲家の西村朗さんが音楽を作曲します。そして、三島由紀夫の弟子で映画・舞台俳優でもあり、オペラ演出家として世界的名声を誇る笈田ヨシさんが演出をされます。どのようなオペラ作品になるか、私自身心から楽しみにしております。皆さんも楽しみに待っていてください。

※紫苑には、母の死を悼む兄弟の物語(今昔物語集)に由来する別名「忘れな草」があり、古来日本ではこの由来に基づき、紫苑を「忘れな草」と称している。

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