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コラム

  • ワーグナー初心者のための『パルジファル』入門 広瀬 大介
  • ハリー・クプファー 名演出家の視点とその魅力 森岡 実穂
  • 円熟のワーグナーが「パルジファル」で描いたもの 飯守 泰次郎

ワーグナー初心者のための『パルジファル』入門 広瀬 大介

『パルジファル』は怖くない!

 リヒャルト・ワーグナーが、その晩年に、みずからが持てるすべての技術を駆使して編み上げた最後の作品、『パルジファル』。上演時間は、とにかく大変に長い。全3幕を通して演奏するだけで4時間15分~30分はかかり、休憩時間を含めれば6時間近く劇場にいることになるだろう。これだけ長い作品の全貌を予習するだけでも骨の折れることであり、もちろん一朝一夕にその音楽を頭に入れることもできることではない。さらには、それに繰り返し親しみ、しかもこの音楽を憑かれたように聴き倒す、いわゆる「ワグネリアン」と呼ばれるひとたちがいる、などというのは、普通の音楽ファンにとってすら、想像を絶した世界の出来事のように思われるかもしれない。

 もちろん、その音楽に「親しむ」ことが簡単だ、といいきることはできない。とりわけ、ワーグナー作品の中でもことさらに難解であるとされ、「奥の院」扱いされることも多い『パルジファル』が相手である。それでも、筆者は敢えて問うてみたい。もしかすると、聴き手の側がワーグナーの複雑さ、長さを、過剰に怖がってはいないだろうか、と。本稿は、そんな「ワーグナー恐怖症」に罹っているひとたちをひとりでも救い出し、かなうことならばこのワーグナー畢生の大作に劇場で直接触れてもらいたい、という想いで綴った。

STEP1 とにかく音楽を耳に馴染ませる———“交響曲”第2幕を繰り返し聴こう

 とはいえ、あまりに長すぎてどこから手を付けて良いのかわからず、順番に第1幕の冒頭から聴き始めてしまうのでは、何が始まっているのかわからずに結局途中で寝落ち、挫折…、という未来予想図が簡単に描けてしまう。実は、この第1幕が、他の幕に比べても長いのには理由がある。ワーグナーは、まず聴衆が元気な第1幕のうちに、みずからの音楽世界にじっくり浸ってもらうために、2時間に及ぶ長丁場を敢えて設定したのである。第2幕はほぼ半分の1時間でやや息をついてもらい(!)、第3幕は第2幕よりも長いけれども第1幕よりは短い程度の時間を設定した。これは『ニーベルングの指環』の第2夜(第3日)『ジークフリート』で、すべての幕の長さを同じ(1時間半)にしてしまったことによる反省であろう。第3夜(最終日)の『神々の黄昏』で試した時間配分をよしとしたワーグナーは、その時間配分を『パルジファル』でもそのまま踏襲した。

 というわけで、筆者は、まず『パルジファル』の音楽の世界へと踏み込む端緒として、全曲の中でももっとも短い第2幕の音楽を時間の許す限り何度でも聴き、耳に馴染ませることをお薦めしたいとおもう。第2幕は、やや強引ではあるけれど、次のような構成による、止まらずに演奏される一種の交響曲ととらえることも可能である。いや、かなり強引かもしれないが(!)、是非交響曲を一曲聴きとおすようなつもりでトライして頂きたい。

第1場

・クリングゾルが魔力でクンドリーを操り、パルジファルを誘惑するように迫る。
(第1楽章)

第2場

・クンドリーが退場し、代わりに花の乙女たちが登場し、クリングゾルの魔法の城に迷い込んだパルジファルを取り囲んで誘惑する。(第2楽章)
・クンドリーが再登場、花の乙女たちを退がらせ、パルジファルを誘惑し、口づけを与える。(第3楽章)
・口づけによってパルジファルはアムフォルタスの苦しみを思いやる、「共苦」の力に目覚め、クンドリーを退け、クリングゾルの魔法の城を崩してしまう。(第4楽章)

 第1楽章は悪の霊力を操る堕落した騎士、クリングゾルの独壇場。居心地の悪さを感じさせる音程で上がったり下がったりするクリングゾルのライトモティーフは、いかにもそれらしい禍々しさを漂わせる。クンドリーを魔力で従わせているようにも見えるのだが、お前は女を知らないのだろう、とクンドリーに突っ込まれると素で狼狽えるなど、実はちょっとかわいげもあったりする。

 この冒頭部分が、いかにも交響曲の荘重な第1楽章的雰囲気を醸し出しているとするならば、第2楽章にあたる花の乙女の場面は、さしずめ妖艶なスケルツォといったところだろう。この場面全体を見渡してみても、急(スケルツォ)→緩(トリオ)→急(スケルツォ)、という、三部形式を思わせるメリハリがきちんとついている(スケルツォ部分で同じ音楽が繰り返されるわけではないが)。

 クンドリーがパルジファルの生い立ちと母親の最後を語り、その母性と官能を縦横に発揮してパルジファルを絡め取ろうとする場面。その音楽は、慈愛、哀しみ、癒やし、そして前場面の官能の残り香すら漂うような、滋味に富んだものであり、まさに緩徐楽章・第3楽章といった雰囲気を愉しめよう。このような時間軸を超越した響きに身を浸すことこそ、ワーグナーの音楽を味わい尽くすための秘訣でもあるのだが、身を浸しすぎて眠くなってしまう、というのもわからないではない…。

Blu-ray『パルジファル』 イメージ画像
予習におすすめ①
Blu-ray『パルジファル』
シノーポリ指揮、バイロイト音楽祭
1998年 日本語字幕付

 そして、いよいよパルジファルがクンドリーの口づけの力によって、共苦の力(Mitleid)に目覚め、ただの「純粋な愚か者」が、人々を救うことのできる英雄へと劇的な変貌を遂げる第4楽章。それまではパルジファルだけでなく、クンドリーも、自分が何者であり、何をなすべきかをよくわかっておらず、霊力に操られていた。みずからの成すべきことを見つけたパルジファルに対し、戸惑いを隠さないクンドリー。半音階で滑り降りるクンドリーの誘惑の旋律は、それまでは官能と妖艶の色彩を帯びていたのに対し、この場面においては、真摯な自己存在の問いかけの音楽へと変貌を遂げている。起承転結がはっきりしており、比較的きびきびと音楽が進行する第2幕こそ、最初に聴くに相応しい幕だと筆者は考える。

STEP2 陰の主役、グルネマンツの語りを理解しよう

 第2幕だけをとにかく繰り返し聴く。この起伏に富んだ音楽を純粋な交響曲だと思って愉しむならば、そのダイナミックさや、同じモティーフを繰り返し重層的に使う用法など、ワーグナーが同時代のブルックナー、ひいてはブラームスとさして遠いところにいたわけではないことが、そのうちおぼろげながらに実感して頂けよう。そして、第2幕を聴き込めば、本作で用いられている主要ライトモティーフのほとんどは、なんらかのかたちで耳にすることにもなる。第1幕、第3幕の長丁場を乗り切るためには、やはりある程度は、音楽をあらかじめ自分の身体に馴染ませる必要があるのだ。

 第1幕前半における老騎士グルネマンツの語りでは、舞台において一切の動きがなくなってしまい、延々とバス歌手が歌い続ける場面が続く。たしかにこれでは退屈し、眠気を催してしまうのも致し方ない。ただ、グルネマンツが何を歌っているのか、ということについては知っておく必要はあろう。この老騎士が切々と歌い継ぐのは、この物語において、舞台上で起きていない出来事である。何故アムフォルタスは傷を負ったのか、クリングゾルとは何者か、それを目撃することのなかった他の登場人物、ひいては聴き手であるわれわれに教えてくれる。この技法を、ワーグナーは『タンホイザー』のローマ語り、『ローエングリン』の名乗りの歌などで試した後、『ラインの黄金』以降で堂々と多用するようになる(この技法が、曲全体をとてつもなく長くしてしまう直接の原因となったのではあるが…)。

CD『パルジファル』 イメージ画像
予習におすすめ②
CD『パルジファル』
ヤノフスキ指揮、ベルリン放送交響楽団
PentaTone, PTM 1019
(4SACD Hybrid Multichannel)

 この部分を理解しながら聴き進めるためには、CDならば対訳を見ながら、映像ならば字幕を見ながら、ということになる。だが、すでに第2幕の音楽に慣れ親しんでいる読者の皆様ならば、グルネマンツが語る言葉の端々から、きき覚えのある音楽がこぼれ落ちてくることに気がつかれるはず。昨日まで無味乾燥に思えていた歌と音楽のひとつひとつに大きな意味があり、他のどの作曲家よりも強い説得力を秘めていることに気がつければしめたもの。ワーグナーの音楽は、ほかのどの作曲家よりも強い力で、聴き手を虜にすることだろう。

STEP3 謎めいた言葉「時間は空間に」「救済者に救済を」に注目しよう

 すでにこのホームページで公開されている飯守泰次郎氏によるエッセイ「円熟のワーグナーが「パルジファル」で描いたもの」は、どんな論文・解説よりもわかりやすく、作品の本質を短い言葉で的確に捉えており、読めば読むほど、飯守氏がこの作品に寄せる理解・愛情の深さに、心を打たれずにはいられない。ここでは、第2幕に加え、敢えて聴いて頂きたい箇所を、飯守氏の言葉を補う形で付け加えることで、本稿を締めくくりたい。

 飯守氏は「この作品には、いまだに謎が解けていない有名な言葉が2つあります」として、第1幕、グルネマンツの言葉「ここでは時間が空間となる」の後に続く舞台転換、そして第3幕の最後、合唱によって歌われる「救済者に救済を!」を挙げておられる。前者はド→ソ→ラ→ミと繰り返される鐘の音に合わせ、旋律と伴奏が振幅を繰り返し、まさに音楽の進行が停滞してしまったかのような印象を聴き手に与える。オペラ作品はおろか、その他のすべての音楽作品を見回しても、これに類似する音楽はそう簡単に見つけることはできないだろう。そして後者。「救済者に救済を!」という言葉の解釈は確かに難しい。英雄でない「純粋な愚か者」であったパルジファルが、今回は世界を「救済する」役割を担ったが、そんな彼も救済されるべき人間のひとりであることに変わりはない。アムフォルタスのように、いつ再び道を誤るかもわからない。そんな人間ひとりひとりに対し、限りない慈愛の眼差しを注いでくれますように、という、神への真摯な呼びかけではあるまいか。変イ長調という、フラット系の暖かくやわらかな響きで、聖杯が起こす奇蹟の様子が描かれる。

CD『パルジファル』 イメージ画像
予習におすすめ③
CD『パルジファル』
カラヤン指揮、ベルリン・フィル

 人知が及ばぬ世界というものがたしかに存在すると考えるならば、その世界を構築するために4時間以上もの時間をかけねば到達し得ないのだ、ということが腑に落ちた瞬間、ワーグナーが生涯をかけて編み上げた音楽の力の大きさに、改めて畏敬の念を深く抱くに違いない。そして、そんな作品をシーズンの幕開けに選んだ飯守泰次郎マエストロの決意と覚悟に、最大の敬意を表さずにはいられなくなる。

広瀬 大介(ひろせ だいすけ)
1973年生まれ。青山学院大学准教授。日本リヒャルト・シュトラウス協会事務局長。著書に『楽譜でわかる クラシック音楽の歴史』(音楽之友社、2014年)、『リヒャルト・シュトラウス 自画像としてのオペラ』(アルテスパブリッシング、2009年)等。『レコード芸術』誌等への評論のほか、オペラ公演・映像の字幕制作、演奏会曲目解説等への寄稿多数。

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最高の布陣でお届けするワーグナー至高の傑作「パルジファル」。2014年10月2日~14日まで上演。

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