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コラム

  • ワーグナー初心者のための『パルジファル』入門 広瀬 大介
  • ハリー・クプファー 名演出家の視点とその魅力 森岡実穂
  • 円熟のワーグナーが「パルジファル」で描いたもの 飯守 泰次郎

ハリー・クプファー 名演出家の視点とその魅力―多くの来日公演の記憶を通して 森岡実穂

ジ・アトレ5月号より

 ハリー・クプファー。日本でのオペラの“観方”に、多大なる影響を与えてきた演出家である。特に90年代に日本でオペラを観てきた世代は、毎年のように来日公演で上演される彼の演出を通して、あるオペラ作品を別の視点から見なおすということはどういうことかを、身を持って学ばせてもらってきた。その彼が新国立劇場で「パルジファル」を演出するという。この機会に、来日公演の記憶を中心に、幾多あるクプファー演出の魅力のごく一部にはなるが、ここで紹介してみたい。

キャリアの中核としてのワーグナー作品

 クプファーは1935年にベルリンに生まれ、ライプツィヒで演劇を学んでオペラ演出の道へ進んだ。81年からベルリン・コーミッシェ・オーパー(KOB)の首席演出家として「こうもり」などの名演出を輩出、東西冷戦の時代に東ドイツを代表する演出家として活躍した。”西側”でも多くの名作を発表しており、特筆すべきはバイロイト音楽祭での活動である。衝撃的デビューとなった、独自の妄想力を持つゆえに社会に適合できない少女の悲劇としての「さまよえるオランダ人」(78年)、進歩・成長を強迫観念とする人類の叡智の行き着く末に警鐘を鳴らす「ニーベルングの指環」四部作(88~92年)、ともに強い印象を残し、ワーグナー作品は彼のキャリアの中核をなすものとなった。

「ラインの黄金」 イメージ画像
ベルリン州立歌劇場「ラインの黄金」より
©ullstein bild/APL/JTB Photo

 1990年の東西ドイツ統一後には、再びダニエル・バレンボイムとの協働で作り上げた新しい「ニーベルングの指環」四部作(93~96年)などのワーグナー連作によって、ベルリン州立歌劇場を一躍世界のオペラ界の話題の中心に押し上げた。この「指環」は2002年の来日公演で三チクルス上演され、多くのワグネリアンが文字通り万障繰り合わせて通ったものである。

 2000年代には少し創作ペースが緩やかになったクプファーだが、10年前後からチューリッヒ・フランクフルト両歌劇場を中心に新演出の登場が増える。ここでも、チューリッヒでのフォレやシュテンメ、メッツマッハー、ガッティら出演の「タンホイザー」(2011年)、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(2012年)とやはりワーグナー作品が目を引く。この流れの中に、新国立劇場の「パルジファル」が登場する。

「男性」「異性愛者」以外の視点から

 クプファーは、しばしば〝女性問題”に大きな関心を持つ演出家と言われ、社会/作品の中で、ある意味型にはめられ沈黙を強いられてきた女性たちに〝声”を与え、従来とは違う角度からその立ち位置を照射してきた。

 KOBの1991年の初来日公演では、「ラ・ボエーム」での、強い意思を持って行動する斬新なミミ像が話題となった。瀕死で運ばれてきながら、皆が姿を消すと、ロドルフォの襟首につかみかからんばかりに「伝えたいことがたくさんあるの!」と激しく思いをぶつけずにはいられない、そんな熱いミミは前代未聞だった。1992年のケルン歌劇場来日公演「ムツェンスク郡のマクベス夫人」では、カテリーナを、社会の犠牲者としての普遍性をもったひとつの生身の女性像として大胆に打ち出した。こうした女性像の系譜の中に、彼が初演を演出した大ヒットミュージカル「エリザベート」(1992年)のシシィも位置づけられるだろう。

「トリスタンとイゾルデ」 イメージ画像
2000年ベルリン州立歌劇場「トリスタンとイゾルデ」
より©ullstein bild/APL/JTB Photo

 彼が沈黙を破る手助けをしようとしたのは、女性だけではない。地に倒れた巨大な天使像が登場人物たちの圧倒的な絶望と諦念を伝える、ベルリン州立歌劇場2007年来日公演「トリスタンとイゾルデ」では、マルケ王やクルヴェナールのトリスタンへの感情に同性愛の抑圧と苦悩を見出している。

 今回の「パルジファル」では、このような視点を持ってきたクプファーが、誰よりも長い間、世界のあらゆるところで、アウトサイダーとして生きることを強いられてきたクンドリーをどのように描くのかが、ひとつの見どころとなるだろう。

人間の集団をどう描くか

 多くの人々の個性を描き分けるのは、クプファーの得意技である。96年のハンブルク歌劇場来日公演での「タンホイザー」第二幕の歌合戦の場面では、集った人々がひとりひとり個性を持ったいきいきした共同体がそこに登場したことが大きく注目された。昨年彼が新演出したプロコフィエフ「賭博師」(フランクフルト歌劇場)は、ロシアの有閑階級とその金に群がる人々を描くドストエフスキー原作の群像劇だが、駆け引きや騙し合い、愛と裏切りの重なる複雑な人間関係を、音楽的個性を生かしつつ分かりやすくさばいていく手際は実に見事だった。

 同時に、人間集団には、集団だからこそ生まれる暴力的な一体感というもの、そして誰かが生贄とされる危険も常に存在する。それはドイツ現代史を生き抜いてきたクプファーにとっても大きなテーマである。ベルリン州立歌劇場で生まれた傑作「パルジファル」(1992年)は、聖杯騎士団という共同体を俎上に上げ、その問題をクリアに問いかけている。

 聖槍による傷を抱え、射られた白鳥のようにぐったりと身を伏せるアムフォルタス。白鳥の殺生はあれだけ厳しく譴責する聖杯騎士団が、彼には平然と犠牲と苦行を要請する。いまでは当然のように語られるパルジファルが感じた騎士団の内包する矛盾と残酷さだが、90年代初頭にそうした視点を一般的に浸透させるきっかけになった諸演出のひとつが、この上演であった。その後二十余年を経て、この作品の脱神話化もひと通り行われた今、再びの新演出でどのような視点が提示されるのか、興味は尽きない。

作品があたらしく「読み直される」意義

 ここでいま一度、2007年の「トリスタンとイゾルデ」来日公演プログラムに記された彼の言葉を読み返しておきたい。

「作品の何が時代との接点を持つか、何が観る者の琴線に触れるかは、時代や社会によって変化するのです。だから、私たちは作品に対して常に新たな姿勢で向き合う必要があります。また、優れた作品は、繰り返し、その時々の現実と新しい関係を切り結んでいくものです。だからこそ、作品はたえず新たに読み直され、新たな解釈が試みられなければならないのだと思っています。」

 クプファーはR・シュトラウス生誕150周年の今年、ザルツブルク音楽祭で「ばらの騎士」を演出し、この初日を8月1日に見届けて、9月に「パルジファル」のために日本を訪れることになる。その長く幅広い演出歴を経て、2014年の日本で、彼がどのような解釈を提出してくれるのかを楽しみに待ちたい。

森岡 実穂(もりおか みほ)
中央大学経済学部准教授。専門分野はオペラ表象分析、19世紀イギリス小説。ジョーンズ・コンヴィチュニー・ヘアハイム・ビエイト等の演出家を中心に、同時代のオペラ上演における政治的表象の問題を追跡中。著書に『オペラハウスから世界を見る』(2013年)、論文に「シュテファン・ヘアハイム演出《蝶々夫人》におけるミュージアムの意味」(2010年)
など。

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最高の布陣でお届けするワーグナー至高の傑作「パルジファル」。2014年10月2日~14日まで上演。

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