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大野和士オペラ芸術監督が語る2024/2025シーズン
オペラの2024/2025シーズンは新制作を3演目、レパートリー作品を6演目、計9演目を上演する。
シーズン開幕は新制作『夢遊病の女』。ベルカント・オペラの作曲家ベッリーニの作品を、待望のオペラパレス初上演。
続く新制作はロッシーニ『ウィリアム・テル』。原語フランス語での舞台上演は日本初。
そしてシーズン最後は、日本人作曲家シリーズの第3弾、細川俊夫『ナターシャ』を世界初演。
3つの"初"の新制作をはじめとするオペラの2024/2025シーズンについて、大野和士オペラ芸術監督が語る。
シーズン開幕は『夢遊病の女』 ベッリーニのオペラついにオペラパレス初上演
――では、2024/2025シーズンの演目についてお聞かせください。まず、新制作が3演目上演されます。シーズン開幕はベルカント・オペラ、ベッリーニの『夢遊病の女』です。新国立劇場でベッリーニのオペラをついに初上演となります。
大野 ベルカント・オペラはある意味オペラの真髄であると思いますが、私が芸術監督に就任したとき、新国立劇場のレパートリーでベルカント・オペラは、ドニゼッティ『ルチア』『愛の妙薬』、ロッシーニ『セビリアの理髪師』しかありませんでした。そこで私はベルカント・オペラの上演を増やすべく、ドニゼッティ『ドン・パスクワーレ』、ロッシーニ『チェネレントラ』を上演し、そして新シーズンは、いよいよベッリーニを上演することになりました。
『夢遊病の女』の軸となる人物はエルヴィーノとアミーナという恋人同士で、"夢遊病の女"とはアミーナのことです。アミーナは大変美しい女性で皆の憧れ的な存在が、夜になると彷徨うというミステリアスな部分があり、最終的にエルヴィーノと結ばれ救われる、そんな物語です。
アミーナ、エルヴィーノはともに非常に高い声で華やかに歌います。エルヴィーノ役はテノールのアントニーノ・シラグーザ。皆さんもよくご存じの大歌手で、新国立劇場には11年ぶりの登場となります。
指揮はマウリツィオ・ベニーニ。新国立劇場では昨年『リゴレット』を指揮し、2023/2024シーズンは7月に『トスカ』を指揮された名匠です。演出家は新国立劇場初登場のバルバラ・リュックです。彼女はユニークな経歴の持ち主で、元々は女優でしたが、ロンドンに渡ってジョナサン・ミラーやロバート・カーセン、デイヴィッド・マクヴィカーといった演出家たちの助手を務め、今オペラやスペインのサルスエラの世界で演出家として大活躍されています。そんな彼女と巨匠ベニーニとのコンビネーションをぜひ楽しみにしてください。
そして『夢遊病の女』は、マドリードのテアトロ・レアル、バルセロナ・リセウ大劇場、パレルモ・マッシモ劇場との国際共同制作となります。
ロッシーニ最後のオペラ『ウィリアム・テル』 原語で日本初の舞台上演!
――2本目の新制作が、やはりベルカント・オペラの作曲家ロッシーニの『ウィリアム・テル』です。序曲はとても有名ですが、オペラの上演機会は少ない作品で、原語のフランス語による舞台上演は今回が日本初とのこと。そして大野芸術監督が指揮されます。
大野 『ウィリアム・テル』、正式にはフランス語で『ギヨーム・テル』と言いますが、シラーの戯曲が原作のオペラ・セリアで、ロッシーニが最後に作曲したオペラ作品です。作曲期間は5か月。一般的な感覚では"たった"5か月ですが、ロッシーニはそれまで1作品を2、3日で書き上げていたので、彼としては異例の長い時間をかけて作曲したオペラでもあります。 『ウィリアム・テル』は歴史劇で、オーストリアとスイスが敵対関係にあり、スイスの村人代表がウィリアム・テルで、オーストリアの代表がジェスレルです。国と国との争い、社会の対立という非常に現実的な内容を題材としながら、ロマン主義的な作品であるという、これまでにないオペラが『ウィリアム・テル』なのです。初演されたのはロッシーニが37歳の年の1829年。これはベートーヴェンが亡くなった翌々年であり、古典派の時代の終了ともいえるその直後に書かれたロマンティック・オペラとして非常に象徴的な作品だとオペラ史では考えられています。
『ウィリアム・テル』の特徴としてまず挙げられるのが、上演時間の長さです。譜面をそのまま演奏すると四時間を超えますので、どこまで短くできるか現在検討しているところです。ただ、長いといっても、音楽は軽やかに進んでいきますので聴きやすいですよ。例えば『フィデリオ』は休憩を入れても2時間半ほどと短いですが、『ウィリアム・テル』よりもっと重く聴こえるでしょう。そういう意味で、ロッシーニのロッシーニたる所以がこのオペラにはあると思います。
今回の公演には、ロッシーニにふさわしい素晴らしい歌手が集まります。ウィリアム・テル役のスペシャリストと いっても過言ではないゲジム・ミシュケタ。新国立劇場でも『椿姫』で2022年に中村恵理さんと共演し、性格表現が絶賛された大器です。アルノルド役は、2021年の『チェネレントラ』も素晴らしかったルネ・バルベラ。連日のアンコールの大喝采が記憶にある方もいらっしゃることと思います。マティルド役は、2017年『ルチア』で魅了したオルガ・ペレチャッコ。私は彼女が20代のときハンブルクのオペラスタジオにいる頃から知っておりまして、今回招聘が叶ったことを嬉しく思います。敵役のジェスレルは妻屋秀和さんです。妻屋さんは『夢遊病の女』では若い恋人たちの間に入るロドルフォ伯爵を演じますので、2作連続で人の輪を割く役をやってくださいます。お人柄とは正反対の役ですが(笑)重要な役を素晴らしく演じてくださると期待しています。
――演出はヤニス・コッコスです。
大野 コッコスさんは2021年『夜鳴きうぐいす/イオランタ』を演出しましたが、あのときはコロナ禍のためパリからリモートでの演出でした。でも今回は来日して演出なさいます。彼の持ち味はドラマ性を大切にすること。今回は、心の雄大さ、内面性が強く浮かび上がる演出になるのでは。それと同時に、非常に品性のある舞台を作られる方なので、『ウィリアム・テル』にぴったりの演出家だと思います。
細川俊夫作曲、多和田葉子台本 多言語オペラ『ナターシャ』世界初演!
――3本目の新制作が、シーズン最後、8月に上演される『ナターシャ』です。細川俊夫の新作オペラを世界初演する大注目の公演です
大野 私が芸術監督に就任して掲げた"柱"のひとつである、日本人作曲家委嘱作品シリーズです。 2019年に西村朗さんの『紫苑物語』、2020年に藤倉大さんの『アルマゲドンの夢』を世界初演し、第3弾として来年8月に細川俊夫さんの『ナターシャ』が実現する運びとなりました。台本はドイツ在住の作家、多和田葉子さんが書かれます。細川さんと多和田さんは子どものための語りとアンサンブルの作品をすでに一緒に作られていて、今回も細川さんからのご推薦で多和田さんに台本をお願いすることになりました。
音中心となる登場人物はナターシャとアラトという若い2人で、"メフィストの孫"によって現代の地獄へと連れられていきます。ナターシャはウクライナ語とドイツ語、アラトは日本語しか話せないため、2人は言葉が通じません。しかし、"メフィストの孫"から見せられる現代の様々な現象に驚き、絶望しながら2人は成長し、最後は心が触れ合ってお互いの言語で共に歌うという設定の、多言語オペラとなります。
出演は、ナターシャ役が2018年『松風』に出演されたイルゼ・エーレンス。少年アラト役はメゾソプラノの山下裕賀さん。ということで女性2人が恋人役となります。"メフィストの孫"は、バリトンのクリスティアン・ミードルが歌います。
レパートリー6演目 注目の歌手が続々登場!
――レパートリー作品6演目も傑作が並び、注目の歌手が登場します。12月はケントリッジ演出の名舞台『魔笛』。歌手はいかがでしょう
大野 タミーノ役のパヴォル・ブレスリックは2000年代から同役で世界的に活躍している人です。 歌手は、年齢とともに太い声に変わる方が多いのですが、彼は変わらずタミーノにふさわしい軽やかさを保ちながら、年を重ねた風格を兼ね備えている素晴らしい声なので、それを新国立劇場で聴けるのが楽しみです。夜の女王役はおなじみの安井陽子さん。九嶋香奈枝さんは長年パパゲーナを歌っていましたが、今回オペラパレスで初めてパミーナを歌います。そしてオペラ研修所出身の種谷典子さんがパパゲーナで新国立劇場デビューを果たします。
――2025年1月は『さまよえるオランダ人』です。
大野 まず注目していただきたいのが指揮者のマルク・アルブレヒトです。私がカールスルーエの音楽総監督だったとき彼はダルムシュタットの音楽監督で、その頃から付き合いがあり、今ではオペラ指揮者として指折りの存在です。これまで何度も声をかけていたのですが、今回やっと出演が叶い、得意のワーグナーを振ってくれるということで、とても嬉しく思っております。
オランダ人役はエフゲニー・ニキティンです。2022年『ボリス・ゴドゥノフ』では来日できませんでしたが、今回は招聘が叶いました。威圧感があり、それでいてオランダ人の不思議な性格を表すことのできる世界的なバスバリトンです。ゼンタ役はエリザベート・ストリッド。若いながら強靭な声の持ち主で、新国立劇場初登場です。ダーラント役の松位浩さんは、2007年『さまよえるオランダ人』初演以来、新国立劇場で2回目のダーラントになります。世界で活躍しているバスの松位さんが新国立劇場に帰ってきて歌ってくれるのは大変嬉しいことです。
――大野芸術監督が掲げた柱"のもうひとつがダブルビルで、その第1弾として2019年に上演された『フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ』が再演となります。
大野 演出家の粟國淳さんと指揮者の沼尻竜典さんとのタッグで初演しましたが、今回、再び沼尻さんが指揮を引き受けてくれました。『フィレンツェの悲劇』のシモーネ役を歌うのは、トーマス・ヨハネス・マイヤーです。一声聞いただけで痺れるバリトンで、2021年『ニュルンベルクのマイスタージンガー』でハンス・ザックスを歌った名歌手の登場です。『ジャンニ・スキッキ』の題名役はピエトロ・スパニョーリ。新国立劇場では 2017年『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵役で登場されていますが、その頃よりもさらに声が円熟しています。独伊の主役級歌手2人が登場する注目の公演です。
――2021年に新制作したアレックス・オリエ演出の『カルメン』が待望の再演です。舞台設定が現代のロックフェスティバル会場という、オリエならではの視点が光るプロダクションです。
大野 初演時はコロナ禍で、舞台上もソーシャルディスタンスを取らねばなりませんでしたが、今回はオリエさんが再度来日して、彼が意図した本来の演出で上演します。声の交錯がより浮かび上がる情熱的なステージになると思いますのでご期待ください。
カルメン役は世界的に名声を博しているサマンサ・ハンキー。ドン・ホセは、今売れっ子のテノール、アタラ・アヤンです。彼はまだ若く、溌溂とした声がドラマをより劇的なものにしてくれることでしょう。
――来年5月は『蝶々夫人』。タイトルロールは、これまで新国立劇場では『ドン・カルロ』エリザベッタ、『ワル キューレ』ジークリンデで絶賛を博している小林厚子さんです。
大野 小林さんは「高校生のためのオペラ鑑賞教室」ですでにオペラパレスで蝶々夫人を歌っていますが、本公演では今回が蝶々夫人としてのオペラパレス・デビューとなります。小林厚子さんならではの感情の乗った豊かな表現は、理想の蝶々夫人そのものです。皆様にもぜひご注目いただきたいです。
――5月~6月は、このシーズンで2度目のロッシーニ作品となる『セビリアの理髪師』です。
大野 指揮者コッラード・ロヴァーリスをはじめ、アルマヴィーヴァ伯爵のローレンス・ブラウンリー、フィガロのロベルト・デ・カンディア、ロジーナの脇園彩さん、ドン・バジリオの妻屋秀和さんとスター揃いの公演です。脇園さんは2020年公演でもロジーナ役が大評判でし た。舞台に登場しただけで場の雰囲気を変えてしまい、そして声でもっと惚れさせてしまうという稀有な才能を持つ歌手に育ってこられて、今後が一段と楽しみです。
新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ6月号より抜粋
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