シアター・トーク
レポート


『象』新国立シアター・トーク
「日本の不条理劇」


2010年3月6日(土)小劇場
出席者:別役 実
    深津篤史
    鵜山 仁
    大笹吉雄(進行)

ベケットに似ている?

大笹:今日は[日本の不条理演劇]というタイトルがついているわけですけど、しかし、不条理演劇といって、劇作家として別役さん以外にいるかなぁっていう気がするんですけど。
別役:ただ、若い人たちの感覚、現代演劇の感覚は、かってのリアリズム演劇かっていうとそうじゃないですからね。そう意味からからいえば、不条理演劇的ニュアンスみたいなものが、もう、ほぼ日常的に出来ている感じはしますね。
Photo大笹:不条理演劇っていうネーミングですね。それまで「アンチ・テアトル」っていってたんですね、ベケットとかイヨネスコ、アダモフとかいう作家が書き始めて、これまでの流れと全然違うということで、マーティン・エスリンというイギリスの評論家が、こういう劇作家の戯曲を不条理の戯曲という名前をつけて、その上演形態を不条理演劇と呼んだ。1960年代のはじめです。それ以降、われわれは「不条理演劇」という言い方に慣れ親しんできてるわけです。そもそも不条理というのは、ナンセンスとか馬鹿げたとか、非論理的なとか、そういう意味ですよね。確かに『象』なんか拝見すると、今言ったような要素がいっぱい入っているわけでして、まさに不条理だなという気がするんですけれど、そう意味でも深津さんは不条理の演劇というのも初めてですか?
深津:えーとですね……。
別役:深津君の芝居も僕は不条理だと思うんですね。(笑)『うちやまつり』なんかね。
深津:そうですね.あの、3,4年前に岸田戯曲賞をおとりになられた佃典彦さんの作品は基本的に不条理演劇だと思うんですけど、その作品は演出してますね。不条理だからというところで、どうしようというのはないと思いますけど、でも、不条理演劇って別役さんのほかに誰かっていうと、僕もあまりピンとはこないですね.
大笹:確かにね、佃さんに『ぬけがら』っていう作品ありますよね、どんどん若返っていく設定の、男が若返っていくんですね。そう意味では、ナンセンスといえばナンセンスなんだけど、だけど別役さんが描く不条理の世界とはちょっと違う気がするんですね。
深津:そうですよね。佃さんの作品の不条理性と、たとえばケラさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)の不条理性だとか、まあ僕も若干そうかもしれないですけど、どこか、何だろう、共通点ではないですけど、同じ地平を感じたりしますが、別役さんの地平とはずいぶん違う感じがします。
大笹:別役さん自身がしょっちゅう言われたり書いたりされていることですけど、ベケットとかカフカの影響を強く受けたというようなことであるわけですが、ベケット、あるいはカフカというきっかけは何だったのでしょう。
別役:きっかけ、そうですね、いろいろ読み漁っているなかで一番体質があったということがあるんですけどね。ベケットを読む前に、僕はカフカを読んでましたからね、カフカとの共通点みたいなものはあったんだろうと思う。それは、なんとなくね、カフカの喜劇性なんですね、おかしい、なんとなくおかしい。状況は悲劇的なんだけれど、にもかかわらずおかしいという、その悲劇性と喜劇性の混合アリアみたいなものが割と好きだったんですよね。それと似たような悲劇性と喜劇性の混合、配分率みたいなものがベケットにも共通してあった。そのほかの当時出てきた、イヨネスコとかアラバールとか、だいたいそういうのがありますね。それの配分バランスがそれぞれ違うんじゃないですかね。悲劇性と喜劇性をどう配分していくかっていうのがね、不条理劇の作家の中でもね。
Photo鵜山:僕は、ベケットって生で1回顔を見たことがあるんですけど。ロジェ・ブランという『ゴドーを待ちながら』のパリの初演の演出家のお葬式に83年に行ったら、ベケットがこのへんに座ってましてね。別役さんそっくりなんですよ。(笑)なんか一種猛禽類のような、ちょっと鳥のような、俯瞰しているような眼差しをもってられる方で、僕も卒業公演がベケットだったりするから、なんとなくわーっと見ていたんですが。別役さんが体質があったっておっしゃってたから思い出した。あまり論理的でない話で申し訳ない。気を許すと何でも食べちゃうぞ、確実に肉食系なんだけど俯瞰しているようなまなざしがありまして、神のごとき、あぁ別役さんがいるっていうのを思い出しました。(笑)
大笹:ベケットという人も、不条理な事故というか、まったく知らない男に刺されるんですね。通り魔みたいな事件に.重症だったんでしょ?
別役:ふうん.晩年?
大笹:いや晩年じゃないです。若いころ、まさに不条理なんです、体験そのものが。刺した人間がわからないというようなことにあっているんですね。
別役:あれ(ベケットは)スパイをやっているんですよね。第二次大戦中に、情報局につとめていて暗号の解読をやっているの。暗号の解読って、ほとんど、ベケットの文体が暗号みたいな、解読できない。
大笹:そうですね。どんどん、どんどん、晩年の作品がそうなっていきますね。