シアター・トーク
[特別編]レポート


シリーズ・同時代【海外編】スペシャルイベント
シアター・トーク[特別編] 「昔の女」


3月14日(土)新国立劇場小劇場
出席 ローラント・シンメルプフェニヒ(ドイツ・『昔の女』作者)
    倉持 裕(『昔の女』演出)
    大塚 直(『昔の女』翻訳)
    鵜山 仁(演劇芸術監督)
    新野守広(ドイツ演劇・現代戯曲研究会メンバー)<司会進行>
    (通訳:蔵原順子)

新しい音を引き出すための若手の起用(鵜山)

新野●商業主義と一線を画し、違ったものも観たいという観客の欲求に対して新国立劇場の役割はとても大切だと思いますが、鵜山さん、いかがですか?
鵜山 仁 鵜山●「へそ曲がり」でやっていくべきだと思っています。シンメルプフェニヒさんが言われたようにいろいろな感情を引き出す、僕に言わせると"新しい音"を引き出すためには、どんどん若い書き手の作品を紹介すべきだと思います。新しいお客さんとも出会っていく必要がある。それが新しい表現の可能性を開くきっかけになる。公の劇場は、そういう試みの先頭に立つべきでしょう。今回のシリーズもその試みのひとつです。
新野●ということは、シリーズの2作目3作目もへそ曲がりなんですね?(笑)
鵜山●素直な劇作家や演出家なんて、この世にはいないと思います。新しいコミュニケーションを志さなきゃアートとは言えない。
S●ドイツでは、表現とは"傷口にあえて触るものだ"と言います。居心地が良かったり気持ちが良かったりするものばかりではありません。刺激を与えたり挑発することこそ芸術です。先ほど鵜山さんが"音"とおっしゃり、ステキな表現だと思いました。私は、さらに"エコー"という表現を付け加えたいと思います。今、私は劇作家として舞台上に座っています。来ていただいたお客様と向き合うことはめったにないことです。こうして向き合いながら、私は今みなさんの物語を想像しています。私は、劇作家としてみなさんに対して作品を通じて"エコー"を返したいと思います。1つの街の1つの劇場に集まった200人か300人に私は何かしらの物語を提供したい。その物語は、お客様が関心を持ってくださる事柄を扱うのが大事だと思います。みなさんが関心を持っているものとは、痛みを伴うものだったり、死をめぐる不安だったり、何かを失う喪失感だったり、子供が欲しいという希望だったりします。われわれ全員がシェアできる気持ちを扱うことこそ、劇作家として1つの作品を提供することにおいて重要だと思います。
新野●倉持さんは作家であり演出家でもありますが、立場の違いで取り組み方が変わることはありますか?
倉持●演出家として取り組む場合は、自分の作品でも他の人の作品でも疑ってかかろうと意識しています。作家の意図をわかろう、わかろうとするよりは、作家はこっちに持って行きたいんだろうけれど、はたして現場でどうなるか。作家の意図通りにしかできないのか疑って演出します。逸れていってもいいと思います。いかに遠く離れられるか試したりもします。例えば作家が痛みについて書いているのがわかったうえで、それを喜劇にできないかと考えます。
新野●鵜山さんはいかがですか? 演出家として作品を疑うことと自分のスタイルを追求することとの・・・
鵜山●『昔の女』では、たとえば西田尚美さん演ずるロミーは「私はロミー・フォークトレンダーです」と名乗りますが、普通、「西田さん」はそんなこと言わないわけですよね。少なくとも日本人の役者が、西欧人の名前を名乗るなんてどこかおかしい。これはまあ極端な話ですが、芝居の台本なんて、実は「普通は言わない」、不自然なことばっかり書いてあるんだと思っています。じゃあなぜそんな不自然なことを言うのか? その疑問が、僕の場合、演出の出発点になります。そんなおかしなことを言うのは、何かよほど深い事情があるからだろう。その事情とは何なのか?書きつけられたセリフから始まって、そのセリフの周辺にあるものを探る。人と人との会話を成立させている関係は、無論それ程単純じゃない。差し当たっての会話の当事者だけじゃなく、それを聞いている第三者が、実はその「事情」を左右するキーパーソンだったりする。演出者としては、そういう複雑な人間関係に彩られた「音」の世界をまず想定しますね。確かに作家を出し抜いてやろうと思っているのかもしれない。(笑)でも出し抜いてやろうと思っているからには、やっぱり作家を信頼しているんでしょう。だから、倉持さんみたいに自分で書いて演出できる人ってのはどこか信用できないというか、許しがたい。(笑)
新野●劇作家がいて、演出家がいて、今回はその間に翻訳家がいます。翻訳を通してしか戯曲の世界が明らかにならないので、翻訳に対してどれくらい信用できるかという問題が生まれます。この点は稽古をしていてどうでしたか?
倉持●1回だけ大塚さんと打ち合わせしましたね。大塚さんが訳してくれたものを僕がまず読んで、ほとんどこのままいけると思いました。語尾を「○○○だ」を「○○○だよ」にしていいのかとか、そんな質問を大塚さんにしたぐらいですね。訳に関して注文はしませんでした。
大塚●演出が倉持さんに決まって最初の打ち合わせの時に、「注文があったら言ってください」とお願いしましたね。倉持さんに決まってから、初めて岸田戯曲賞をとられた『ワンマン・ショー』を読んで、シンメルプフェニヒさんと同じ資質を持った人が日本にもいることに驚きました。だから戯曲を託すことに信頼感があったのです。実際に稽古場にも何度も伺わせてもらいました。客観的にどうこう言えないぐらい一緒に作っていった気持ちになりましたね。自分でもこうして上演に至ったことにとても感激しています。