シェイクスピア大学校


『ヘンリー六世』上演記念 シェイクスピア大学校
6回連続講座
芸術監督:鵜山 仁
監修:小田島雄志 河合祥一郎

III シェイクスピアの時代に歌舞伎は何を描いたのか? 古井戸秀夫(歌舞伎研究家)
2009年11月11日[水]

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『ヘンリー六世』三部作を通しで観たかったんですが、仕事の関係でどうしても観られませんで、今日第三部を最後に観たんですけど、初日に伺いました時に鵜山さんとちょっとお話をしまして、今日の講義、困ってるんですよと言ったら、あんまりむずかしいこと、考えなくていいですよ、すなわちシェイクスピアの劇場にはいろんな階層の、ちょうど今日もそうですけど、年齢も男女比もいろんな方がお見えになっている、こういう市民劇場的なものをシェイクスピアはつくっているんですよ、歌舞伎はどうなんですか、と言われました。あ、そういう切り口もあるんだなと思って載せたのが1枚目の資料【図(1)のグローブ座】【図(2)の歌舞伎の芝居小屋】なんです。

図(1) 図(2)

(1)のグローブ座の絵は、昔の絵ではありませんで、20世紀後半に描かれたものです。小田島雄志先生がご子息の恒志さんと一緒に翻訳紹介された『シェイクスピア劇場』(1995年、三省堂)からコピーさせていただいたものです。イギリスの友人に聞きますと、英国人にとってやっぱりシェイクスピアは誇りなんだそうで、特に20世紀に入ってからのシェイクスピアというのは、いったいシェイクスピアはどんなふうに舞台をつくったのだろうか、どんな舞台空間で演じられていたのだろうか、衣裳はどんな感じだったんだろうか、裏ではどんなことをやっていたんだろうか、そういうふうに一歩でもシェイクスピアに近づきたいと研究者が思うようになったんだそうですね。歴史主義と呼んでるようですが、そういう流れの中で、こういう本が出たんだと私は聞いております。これは、まだご存命だと思いますけど、私よりも少し若い、こういう絵の考証をするジョン・ジェイムズさんという方が描かれたそうです。
1990年代の終わりだったと思いますが、ロンドンにグローブ座というシェイクスピアの時代の劇場が復元されました。ただ、たぶん舞台間口は現在のグローブ座のほうがちょっと大きいんじゃないかなと、素人目に思います。それはある意味では観客をたくさん入れなくてはいけないという、観光事業でありますので、そういうこともあるんだと思います。劇場空間は同じになってまして、2階席、3階席は桟敷、そこにお客がびっしり入って、舞台を取り巻くようになっていますね。舞台はたぶん『ジュリアス・シーザー』じゃないかと思います。舞台の上からも、土間と言いますけど、下からも取り巻くようにして観客が眺めている。注意して見ていただきたいのは、天井なんです。青天井でして、大空がそのまま見えるようになっています。

もう一方、【図2】(屏風画「江戸名所図」<出光美術館蔵>部分「女歌舞伎の小屋」)を見ていただきますと、お国が踊っていた時代より少し後の絵になりますけど、それでも17世紀。まだお国の歌舞伎が踊られて数十年しか経っていないころの絵です。出雲の阿国は、最初京都の鴨川のほとりでかぶき踊を踊ったわけですけれども、これは京都ではございませんで、江戸の絵です。これもきれいな極彩色の絵ですが、ちょっと上のほうを見ていただくと、舟がございますよね、ですからこれは川なんです。下のほうにも舟が見えますでしょうか、これも川なんですね。だから川と川の浮洲というんでしょうか、そこのところに架設の劇場を作って演じている図です。

シェイクスピアの図のほうは外がよく見えなくなっていますが、実はこのグローブ座の後ろにテムズ川が流れています。ですから川のほとりに青天井の劇場ができて、舞台と桟敷席には屋根があって、そして舞台を取り囲むようにして、いろんな階層の老若男女が集まってきて楽しんでいる。こういう同じような空間で、シェイクスピアのお芝居もやられれば、出雲のお国のかぶき踊も踊られていたわけです。
ところがシェイクスピアは、ご存じだと思いますけれど、亡くなった後にピューリタン革命というのが起こって、キリスト教のとんがった人たちですね、この人たちが芝居を観るのはあまりいいことではないと、劇場を封鎖してしまう。それでグローブ座は封鎖されただけではなく取り壊されてしまうんです。それが、ピューリタンの革命がその熱も冷めてまた王政復古した時に、もう一回シェイクスピア作品が上演されるようになるんですけど、その時にはどういうわけか青天井の劇場ではなくて、今日みなさんがご覧になっているような客席の上にも屋根のある、屋内劇場に変わってくるんです。歌舞伎のほうも最初は屋根のない劇場でやっていたんですけど、百年ぐらいすると屋根がかかるようになって、そういうような劇場でやられるようになるんです。

今日時間がそこまで許すかどうか分からないんですけれども、まず出雲のお国がやったかぶき踊、この青天井でやったかぶき踊が国家とどういう関係があるのか、そんなことを少しお話して、できるならばそこに屋根がかかった後、いったい歌舞伎というものは今日鵜山さんが演出なさった『ヘンリー六世』のような、自分たちの国の歴史というものをどういうふうに演劇にしたんだろうか、そういうお話ができればと思っております。