シェイクスピア大学校


『ヘンリー六世』上演記念 シェイクスピア大学校
6回連続講座
芸術監督:鵜山 仁
監修:小田島雄志 河合祥一郎

II シェイクスピアは『ヘンリー六世』で何を書いたか? 松岡和子(翻訳家)
2009年11月5日[木]

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【時代】
時代は、フランスとイングランドの百年戦争から、イングランド内部での薔薇戦争まで。当時のフランスとイングランドの関係ですが、例えばバーガンディ公爵が出てきますね。私たちにとってはブルゴーニュというフランス語読みのほうが馴染み深いのかもしれません。今の考え方だとフランスの一部ですが、当時はブルゴーニュ公国といわれるくらいですから、ほとんどフランスと対等なひとつの国と見なしてもいい。自立して、その時々の利害とか外交関係などでイングランドについたりフランスについたりしているところがあります。イングランドにしても、フランスの王権を主張するという、今ならちょっと考えられないような話なんですが、それが堂々と論じられ、戦争まで起こしてそれを実現しようとしていたという時代です。
つい先日も、ヘンリー六世のおじいさんにあたるヘンリー四世について、「英語を母語とする王が王位についた」という記述があるのを知りまして、それまでの王様はいったい何語を話していたのかとか───ヘンリー一世、二世からエドワード三世まではフランス人だから、当然フランス語でしょうが───知らないことがあまりにありすぎて、この時代のことというのは一つひとつこれからも翻訳しながら勉強していこうと思っています。

そのイングランドの中の薔薇戦争の元というのが、イングランド王家のいわばトラウマです。この『ヘンリー六世』の中でもヘンリー六世が、おじいさんのヘンリー四世が王位に就いた時のことを言われると、自分の王としての正当性には弱みがあるとちょっと引いちゃいます。リチャード二世を王位から追い払って、ヘンリー四世が即位した。しかも、間接的な指示を与えてリチャード二世をポンフレットのお城で暗殺してしまったという、それがイングランドの王家のトラウマになっているわけです。

次がチューダー神話、Tudor Mythと言いますけれど、これはそのトラウマのいわば克服と言ったらいいのかな、ヘンリー・リッチモンドがリチャード三世を倒してヘンリー七世として王位に就きます。そこで、ランカスター家とヨーク家は統合される。そこからイングランドの新しいというか、トラウマを克服した正統な王権が脈々と続いているんだという、つまりエリザベス一世の統治と、その王権を全面肯定するための、そこから逆算していく神話と言ってもいいと思うんです。
新国立劇場版ではカットされていますが、のちのヘンリー七世は、第三部で少年のリッチモンドとして登場します。そしてヘンリー六世がその子に会って、この子は将来玉座に就くだろうと予言するんですね。そのことが、リチャード三世にとっては弱みになる。リッチモンドに対する引け目というかな。それの源になっています。
この時代、シェイクスピアは英国史劇と呼ばれるシリーズをたくさん書いた。やはり1588年、エリザベス一世の時代に、スペイン大艦隊アルマダをイングランド海軍が撃退したことが、国威の発揚になりましたし、イングランドの人々がイングランドを国家として意識し、あるいはイングランドの国民として誇りを持ち始めるんですね。それが、英国史劇の人気の背景にあるんじゃないかと思います。