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吉田都舞踊芸術監督が語る2020/2021シーズン

2020/2021シーズン、吉田都舞踊芸術監督による最初のシーズンがまもなく終わる。

コロナ禍という世界的に困難な状況下で、時に公演中止、演目変更、無観客配信といったハードルを乗り越えつつ上演を続けた1年。

そのなかで、日々のリハーサル、トレーニング、ヘルスケアなど、新しい取り組みも始まり、新国立劇場バレエ団のさらなる進化に期待が高まる。

注目の第2シーズンはピーター・ライト版『白鳥の湖』で開幕。2020/2021シーズンを振り返り、新シーズンへの思いを語る。


インタビュアー◎守山実花(バレエ評論家)
ジ・アトレ誌7月号より

新たな取り組みを始めて1年 その成果に期待

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吉田都芸術監督

――芸術監督として最初のシーズンが終わろうとしています。想定外の出来事も多々あったことと思いますが、実際に監督として過ごされたこの1年を振り返って、率直な想いをお聞かせください。

吉田 ディレクターという仕事は決断の連続です。長期的な視野で先を読む必要もあれば、すぐに決めなければいけないこともあります。とにかく決断することばかりでした。私は踊っていた期間も長いので、ついダンサーと仲間感覚になりがちですが、時には厳しいことも言わなければならないので、距離をとることも必要だと思っています。英国ロイヤルバレエのディレクターたちのことを思い出し、今になって気づくこともあります。

――5月には公演中止となった『コッペリア』の無観客ライブ配信が行われました。4キャストすべての配信は画期的でした。

吉田 理事やスタッフの皆さんが動いてくださったおかげです。ダンサーたちが積み重ねてきたリハーサルが報われ、ほっとしました。舞台はお客様と仕上げるものですし、無観客の中で踊る難しさもありますが、延べ16万7千人を超えるお客様に観ていただけたのはダンサーの励みになりましたし、本当に嬉しかったです。海外からのアクセスもありましたし、初めてバレエをご覧になったという方もいらした。また、キャストを見比べる面白さ、同じ作品でもキャストによってこんなに違うということも、この配信を通じて経験していただけたのはよかったなと思います。これらを今後につなげられるよう努めてまいります。


――『コッペリア』でも抜擢がありましたし、主演ペアの組み合わせなどキャスティングも変わり始めています。2月の『眠れる森の美女』の妖精役は全員が初役の日がありました。

吉田 妖精役は内部でオーディションをしたことで、ダンサーたちの違う一面を発見することもできました。ペアについても新しいキャストもミックスしていきたいと思います。作品によってはパートナーリングが高度なのでペアを組みかえるのが難しいという面もありますが、作品の特徴を見ながらいろいろなキャストを試していきたいです。

――監督就任の際に、環境やヘルスケアの面を充実させていきたいとおっしゃっていたのが印象的でした。今現在の取り組みについて教えてください。

吉田 いろいろと進行しています。素晴らしいドクターをご紹介いただき、大学病院とのホットラインがつながりそうです。どの作品で怪我をしたのか、どの年代のどんなランクのダンサーなのか、データ化してくださったことで怪我への対応もしやすくなりました。今シーズンが終わる前には、身体、骨、怪我についてのセミナーをしてくださることになっています。事前に内容をうかがったところ、私でも知らないことがあったので、スタッフにも聞いてほしいと思っています。

 そのほか、年に4~5回くらい、股関節など各分野の専門の先生も来てくださることになりました。身体のことを知っているのと知らないのとではセルフケアが変わってきますから、学ぶことも重要です。

 新たにお願いしたトレーナーのセッションは先日第1回が終わったところで、体幹の強化などをしていただいています。体幹が強ければ上半身は柔らかく、下半身は強く、と身体の各部位をそれぞれ使うことができます。ダンサーたちが全身に力の入った動きになっているのが気になっていたので、トレーニングを受けることで徐々に身体の使い方が変わっていけばと思っています。



――新しいことを取り入れている、その成果がこれから出てくることを期待しています。

吉田 チャコットさんにご協力いただき、メイクレッスンも行いました。私自身メイクでは苦労しましたし、ダンサーたちのメイクが表情を生かせていないことが気になっていたので。ハイライトや影がしっかり入っていても自然に見え、表情もよくわかるメイクが私の理想です。海外ではメイクはその人本来の良さが出ればいいという方向に変化しています。そんな動向も取り入れ、日本人のための舞台メイクを新国立劇場から発信できたらと思っています。

 舞台に関しては、基礎に立ち返るところからスタートし、未だにそれを口うるさく言っているところです。演技については、たとえば『コッペリア』では"フランス的"といっても具体的なイメージが湧かないようなので、フランス人の日常生活が垣間見られるようなフランス映画を観て、と話しました。立ち居振る舞いや身振りひとつでも日本人の私たちにない動きなので、ついやりすぎてしまう。そうすると不自然に見えてしまうこともあります。もっと研究し、考えてほしいなと思います。

 その意味で、ピーター(・ライト)の『白鳥の湖』は全てがロジカルで、人間関係も全てがクリアです。一人ひとりが自分の演じている役の背景や人間関係を理解しやすいので、演技も自然に入りやすくなるのではないかと期待しています。

ライト版『白鳥の湖』で シェイクスピア劇のような重厚な世界を

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『白鳥の湖』

――監督としての第2シーズンは、ピーター・ライト版『白鳥の湖』からスタートします。

吉田 ピーター自身がおっしゃっていたのですが、自分が演じている役が物語とリンクしていないことがあり、そこに納得いかなかった、と。ライト版は、王の葬儀から始まり、王子がその跡を継ぐために妃を選ばなければならない......と物語が論理的に繋がっていきます。そして振付や作品の中に物語がすべて入っていることが、演技や舞台での立ち居振る舞いにいい影響を与えるのではないかと思います。

 イギリスでの初演時、仕上がってきた衣裳が重すぎるし大きすぎる、これでは踊れないと皆が驚いたそうですが、一度慣れてしまうとその衣裳で踊ることで、重厚感のある美しい舞台に仕上がったそうです。デザインもそうですが、中世の衣裳そのもののような重みが、ピーターの求める動きや演技を作り出し、いい味が出る。新国立劇場でもシェイクスピア劇のような世界ができあがればいいですね。バレエ団を引き上げてくれる作品ですので、新たなバレエ団を見ていただきたいです。

――そのほかの新制作は、フォーサイスの『精確さによる目眩くスリル』があります。

吉田 フォーサイスはチャレンジです。フォーサイスが求める身体の解放と動きをできるようになってほしいと思っています。誰でも踊れるものではないのですが、チャレンジした時に本当に解放感を味わえる、違う世界が見られるのがフォーサイスです。かなり身体のコントロールができていないと踊れませんので、トレーニングの成果も出せたらいいですね。

 自分が経験してきたことがひとつも無駄になることなく、監督としての仕事につながっています。何をすべきなのか、どうするべきなのか、自分の中ではとてもクリアです。やりたいことも次々と出てくるので、とてもやりがいを感じています。来シーズンも皆様に良い舞台を提供できるよう集中するのみです。皆さんが苦しいときだからこそ芸術を届ける、それこそが私たちがやるべきことですから。