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俳優とは、なんだろう

新国立劇場演劇研修所所長 栗山民也

 2年前の冬、海外の俳優養成機関の運営と、その実態を調査するために、ベルリンを訪れました。旧東独にある州立の高等演劇学校エルンスト・ブッシュの教室のドアを開けると、目の前に広がった風景は若い躍動するいくつもの身体でした。その身体全体から、たくさんの熱い声が交わされ、すれ違い、そして調和し、感情のかたまりがぶつかり合っているのです。
 その時、俳優とは、人間の理想のいろいろなカタチを声と身体と心で表現できる人たちを呼ぶのだと、そう確信しました。どのように声や身体を使うと、自分の表現 たいたくさんの事柄を相手に伝えることができるのか? 自分の身体と感情を柔軟に動かし、美しい声、壊れた声、求める声などあらゆる人間の声で自由に話し、相手の 言葉をきちんと聞くことのできる能力をもつための具体的なレッスンのなかから、他者との関係性を見つけ出すことが、俳優の出発点になると思うのです。
 人間も世界の在り方もそうですが、異質なものがぶつかり合ってこそ、違った新しい可能性の瞬間が生まれるということを、今の時代だからこそしっかりと知る必要があると思います。そして、その異質なものがその場で共生しながらも衝突する時間を、 私は舞台の上のアンサンブルだと承知しています。常にリアルに存在するためのさまざまな演技のためのメソッドは、そのための思想ではなく、道具なのです。だから、 それぞれをよく知りうまく使えば、必ず役に立ちます。
 しかしながら、俳優の仕事は無限であり、完璧などありえません。だからこそ、毎回違った自分と出会うためのレッスンが持続的に必要となり、粘土細工のように、一つのカタチを創ってはその間違いに気付いて崩すという作業を繰り返すなかで、いろいろな可能性の幅を拡げていくことが求められるのです。人間や世界に対する答えは決して一つではないからこそ、芸術は新しく生まれ変わり、つねに時代に息づく存在となるでしょう。
 このスタジオは、いろいろなことを実験する、あなたたちのために開かれた運動場です。多様な価値観に基づいた多様な才能の育成を、わたしたちは目指します。だから、ただ受身のままに教えられるという関係ではなく、自分で自分の身体のなかからいくつもの隠された才能と出合い、自ら鍛え育てる場所にしなくてはと考えます。
自分が知っていると思いこんでいることを、もう一度見つめ直し、その作業を何度も繰り返しながら、そこに新しく、もっと美しいカタチを創り出していこうとすることこそ、人間に与えられた想像力だと思うのです。
 
 ベルリンのスタジオを見学した時、女性のムーブメントの先生がレッスンの終わりに、生徒たちにこんな質問をしました。「俳優とは、なんだろう?」。それから、いろいろなおかしな答えが返ってくるなかで特に印象に残ったのは、まるでジュリエットが似合いそうな一人の女優の卵が、「俳優は、世界で一番、素敵なもの」と自信満々に言った時の声。そのスタジオのなかに強く大きく響いたその輝いた声を、忘れられません。



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