演劇公演関連ニュース

『反応工程』座談会 神農直隆×久保田響介×平尾 仁

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1945年8月、敗色濃く漂う戦争末期の空気を、劇作家・宮本研が自身の体験をもとに戯曲に刻みつけたのが『反応工程』だ。フルオーディション企画第2弾として、昨春に予定された公演は、新型コロナウイルス感染症禍のため延期に。だが1年余を経た今夏、演出・千葉哲也のもと俳優14名とスタッフ、共にひとりも欠けることなく再会を果たし、新たな幕開けに向け歩み出すことが叶った。その事実が、舞台芸術への逆風が吹き続ける現状への希望となると同時に、戦争という不条理にさらされる劇中の人々の懊悩が、現代の"生きる苦しみ"とも呼応する今作。創作を深める俳優3人の言葉に耳を傾ける。

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)




公演中止から一年以上

作品と演じる役を自分の中で持ち続けた

─三月、四月と数日ずつ、思い出し稽古をされたとうかがいました。昨春の開幕直前で決定した公演延期、その後の一年余などを、振り返るところからお話をうかがえますか?


平尾 稽古の後半は「もしかしたら(幕が開かない)......」という、長年の経験に基づく薄っすらとした予感が大人チームの間にはあり、ボソボソ話したりはしていたんです。ただ若者たちの前で、声高に話すことではないと控えていた。でも、本当に開幕直前のギリギリまで稽古を続け、作品と向き合えたのはむしろラッキーだったと思っています。芝居全体の構成は幕開けまでにできても、俳優と役がなじむにはさらに時間がかかり、結局千秋楽近くになるなんてことも珍しくない。その点、僕らは昨年四月から今日まで、一年以上作品と演じる役を自分の中で継続的に持っていたわけで。思い出し稽古でも、台詞の出る出ないとは関係なく、"演じる役で劇空間に存在する"ことはできていたと感じられた。「みんな、気持ちが切れていなかったんだ」と思い、嬉しかったですよね。

 それを踏まえつつも、あまり遊びすぎないようしっかり新たな稽古を重ねないといけないけれど、演出の千葉さんも「昨年以上に(登場人物たちを)色濃く表現してほしい」とおっしゃったので、弾けても良いところは存分にやろうと思っています。


神農 昨年、上演できなかったのは残念ですが、でも千葉さんの演出は面白いし、先輩方も若い俳優さんたちも皆さん温かい、居心地の良い座組で毎日の稽古がとても充実していたんです。「今年はここまで」という発表も、全員が舞台に集合してプロデューサーさんから聞いたんですけど、その時、小川監督が「中止ではなく延期です、それもなるべく早いうちに」と言ってくれたので、それほど大きなショックを受けたわけではなくて、「よし! 来年またみんなで頑張ろう!」と切り替えられました。

 再会したみんなは、髪型や服装など少し変わり、雰囲気も前とは違うなと特に若いみんなに対して思って(笑)。でも芝居が始まるとみんな本当にいきいきしてくるし、先輩方も垣根を低く、僕らを受け止めてくださる。この風通しの良い稽古場に戻ってこられたのが本当に嬉しいし、きっとより良い作品をお客様に届けられると思っています。


久保田 昨年の稽古終盤は、芝居づくりの楽しさとは別に目に見えないモヤモヤしたものが漂っている感じで。喫煙所に集まった先輩方が、工場の中そのものの感じで「やれんのかな、これ」とか話しているのも漏れ聞こえ(笑)、でも進むしかないという状況だった気がします。予定通りに公演ができないと決まったときも、その事実を哀しみや怒りなど、特定の感情に置き換えることができなかった。そもそも稽古中も、「やりますから観に来てください!」と大々的に周囲に言える雰囲気ではなかったですし。一度だけの衣裳つき通し稽古のあと、舞台上のセットが解体されていくのを、みんなで呆然と眺めた風景は今も鮮明に覚えています。

 だから再会して皆さんの顔を観たときはホッとしたし、やはり気持ちが上がりました。オーディションから二年半以上つき合っているわけで、稽古場に揃った皆さんが醸し出す、和気あいあいとした親戚のような空気は、当時の工場にも漂っていたんじゃないかと思ったほど。同時に『反応工程』があったから、この二年半の他の時間も僕は頑張れたような気がして、救われているなと思いました。


―『反応工程』は早期に次年度への延期上演が発表されたので、「創作は続き、その先に再会がある」ということが、私たち観客にとっても励みになりました。それにしても終戦間際の、戦争に蹂躙されながら戦争の現状を知ることができない登場人物たちは、感染症禍において〝本当のことを知らされていない気がしている〞現代の私たちにも重なる気がします。改めて向き合う『反応工程』という戯曲、その内容について今はどう感じていますか?


平尾 "本当のこと"というと、「本当ってなんだろう?」といろいろ考え、現代のようにネット上で膨大な情報や知識に触れられる環境では、「本当」に辿り着くまでひどく時間がかかってしまう。久保田君演じる田宮は、まさにその「本当」探しの迷路に迷い込んでいく人物で、そういう人間と現実の掘り下げ方が、非常に演劇的な戯曲だと思います。

 僕は昔、立川談志さんが著作『談志楽屋噺』に書いた「落語とは、人間の業の肯定である」という言葉にいたく感銘を受け、「そうか、ならば演劇は人間の業の追求なんだ!」と自分なりに思い定め、演劇を生業にすることに決めたんです。『反応工程』はまさにその「業の追求」をする芝居だと思う。どんな状況にあっても生きることを考えるのが本来の人間で、でも戦中は「死」を美徳とした。そんな矛盾のさなかで煩悶する、あるいは割り切って先を見据えて立ち回るという、登場人物たちの生き様は人間そのものですから。


―深く、格調高い考察ですね。


平尾 そのうえフルオーディションの若いメンバーには、この作品をきっかけに上京し、俳優の道に賭けようと決断した人たちもいる。その子たちがこの一年、アルバイトをみつけて働きながら稽古再開を待っていたかと思うと、胸に迫るものがありますよ。戦争とは違うけれど、非常時を生き抜いてまた一緒に芝居ができるというのは尊くすらある。僕は劇団という創作の場も生活基盤も東京にあるけれど、それでも行く末をあれこれ考えた結果、墓を買いましたから(全員爆笑)。


神農 思い出し稽古のとき、そんなこと言ってなかったじゃないですか!


平尾 なんだか恥ずかしくて。六十歳すぎる頃には俳優としても人としても、もっと達者なものになると思っていたのに、全く自分の成長が感じられないうえ、お墓を買っちゃったからさ(笑)。


久保田 僕はこの台本を演じるにあたって、一年前よりわからないなぁという思いが強くなりました。振り返れば今までがむしろわかった気になっていただけなんだなぁと。この"わからない"ということを認めた上で改めて稽古に臨めるのが、自分なりの進歩のように思います。決してわかった気にならず、わかろうとするという過程を大事に、失敗を恐れずたくさん挑戦していきたいです。


神農 仕事一筋の職工、国と会社の間で上手く立ち回る管理職、日和見の教師、思想犯などこの作品に登場する人々は、作家の宮本さんが当時出会った人たちなんでしょうね、きっと。そんな大人たちが上手く自分を騙し、周囲に目を配りながら生きている反動のように、劇中では学生や子どもたちが悩み苦しみ、命を落としていく。なんだかその様子が、今、感染症禍で荒んでいく人心と世の中の有様や、そこで犠牲になっている子どもたちに重なって見えると昨年以上に思うようになりました。僕、子どもが大好きなもので、自分の子どもも修学旅行を諦めたのに、ニュースには大人のルール違反が毎日のように報道されている状況が信じられないし許しがたい。その点で時間が経ったぶん、より作品を自分に引きつけて考えられるようになっている気がします。


久保田 「何を信じるか」が定かでなく、「誰を信じていいか」も不透明なのが現代社会。そんな中、上演延期になったため『反応工程』が二〇二〇/二〇二一シーズンのシリーズ「人を思うちから」の流れに繋がることに対して感慨深いものを感じます。人と関わりを持ち、物を言い、相手を想うことのなんと大変で大きなエネルギーが必要なことか。まして、他者と距離を取ることが感染症対策の一環とされている今、そこには新たな困難が生じている。

 演劇は、そんな現実の社会とは真逆に関わる者全員が互いと向き合い、知り、思い合わねばできないこと。そんな面倒な、だからこそ魅力的な演劇の美点をしっかりと表現できる戯曲ですね、この作品は。


平尾 人と人とが関わるには、大きなエネルギーが必要で、それは今も当時も変わらない。まして戦時下という非常時は、さらなるエネルギーが必要なはずで、結果演じる僕らもあらん限りのエネルギーを注がないと成立しない芝居でもあると思うな。



一年を経て深化し変化する役の解釈


―登場人物たちが地味ながら、生命力にあふれた造形になっているのもうなずけます。


平尾 モデルになった九州・大牟田で、当時ああいう工場に就職するのはエリートで、羨望の眼差しで見られたんだとか。ただ弱いだけの、市井の人というわけでもないんでしょうね。神農君演じる清原先生だって、生徒と官憲の前では態度が違う、変説漢みたいに見える面もあるけれど、当時の教師は国策の執行者で、やはり地域の小さな町などでは権利を行使する側。演じる人物にそういう側面があることも、考えておいて損はないんじゃないかな。


神農 清原先生に関しては千葉さんとも、"いかようにも解釈・表現できる"と話していて、最新更新版は"生徒を想い、なんとかして田宮を救おうとしている"人、というもの。前まではもう少し利己的で、国に言われるがまま力で子どもたちをねじ伏せる感じも入れたんですが、自分のやっていることを信じきれない弱さがあるほうがリアルに思えて。訛りがないのも赴任したばかりで、まだ土地の人や生徒たちに距離があるなどという、勝手な背景を想像したりしています。まぁ不器用なのは確かですよね、終戦後は生徒たちから突き上げを食ってしまいますし。


久保田 対照的に田宮は、拙いけれど自分なりの信念や思想を持ち、真っ直ぐ突き詰めることを第一にしてしまう。友達や先輩、教師や工場の上司にもガンガンぶつかり、突き詰めて迫り、その過程で相手を苦しめることもある。その結果引き返せなくなってしまうんです。


平尾 田宮は相手にぶつかることで、そこに何か「反応」が起きることを望んでいるんだと思う、きっと。一方僕が演じる猿渡なんかはもう、相手に正面からぶつかることにも、他者と関わって起きる「反応」にも興味はなくなっている。


―そんな田宮が終幕、終戦後の大きく変わりゆく時代の、象徴である工場の人や風景の中で佇む姿がとても印象的です。この物語の先、戦後日本で田宮はどう変わっていくと久保田さんは思っているのですか?


久保田 それこそが、今、僕の中で最大の"わからないこと"なんです。稽古するたび変わっていく感覚で、親友と思っていた矢部が組合員として張り切って活躍している様に感化されるのか、失望するのか、荒尾さんから正枝の話を聞いて何を思うのか、工場を訪れるまで終戦から半年の間に何をして何を考えていたのか......。一つひとつ考え、そこからどんな思考や言動が生まれ、戯曲に書かれた台詞になっていくのか考えれば考えるほど迷いが深くなってしまう。


平尾 でも戦中の、自分の意志でものを考えたり判断することが危険な時代に、あれほど考え続けた田宮だから、変わりゆく時代の中で戸惑いながらも、また考え始めるんじゃないかな。立ち止まり、置いてきぼりのままになるとは考えにくいもの。


久保田 世間から孤絶した環境で一人考え、ようやく自分なりの「清算」がつけたくて工場と、そこにいる人々を訪ねたのかな、とは思うんですけれど......。


平尾 三好十郎さんはじめ、続く宮本研さん、矢代静一さん、八木柊一郎さんとか、あの時代の劇作家の戦後の様子などを聞くと、皆さんものすごく自由かつエネルギッシュに創作活動を展開している。戦中の抑圧から解放されたのはもちろん、そこには生き延びた自分と向き合いながら、何か区切りをつけるべく創作に没頭したんじゃないかな。そういう気持ちは『反応工程』の、戦後を描く最終章に何かしら反映されていると僕は思うけれど。


―時間をかければかけただけ、考え、発見できることが多いのが普遍的で良質な戯曲の証なのでしょう。さらに今作は、私たちが生きる現代に重ねられることがたくさん書いてあると思います。一年余を経て待っていたお客様に、さらに進化&深化した『反応工程』が届けられ、どんな感情を引き起こすか、とても楽しみです。


三人 頑張ります!


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 7月号掲載

<くぼた きょうすけ>

文学座付属演劇研究所を経て、舞台を中心に活動を開始。主な出演作に、『蝉』『蝶』、『コミュニティ』、『テアトロコントvol.38(ミズタニー)』、『行きて帰らぬ』等。現在はフリーで活動中。


<ひらお じん>

1978年、劇団青年座に入団。以降、舞台『クイーン・エリザベス―輝ける王冠と秘められし愛―』『残り火』『からゆきさん』『見よ、飛行機の高く飛べるを』『地の乳房』『火星からの贈り物』、ドラマ『行列の女神~らーめん才遊記』『インハンド』『疑惑の真相 ロス銃撃事件! 刑事たちの戦い』『誘拐法廷~セブンデイズ~』『幕末グルメ ブシメシ!2』『黒革の手帖』『水族館ガール』、映画『愛しのアイリーン』『釣りバカ日誌13』『郡上一揆』など。


<かみの なおたか>

劇団M.O.P.出身。近年の主な出演作に、NHK大河ドラマ『西郷どん』、ドラマ『イノセンス 冤罪弁護士』『SUITS/スーツ』『刑事7人』『相棒』『もみ消して冬~わが家の問題なかったことに~』、映画『見えない目撃者』『バクマン。』『任侠ヘルパー』、舞台『サイドウェイ』『「刀剣乱舞」 維伝 朧の志士たち』『魔法使いの嫁』『名人長二』『道玄坂綺譚』『黒いハンカチーフ』『iSAMU』『秘密はうたう A Song at Twilight』『マダムバタフライX』『晩秋』など。新国立劇場では『骨と十字架』『1984』に出演。



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『反応工程』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2021年7月12日(月)~25日(日)

作:宮本 研

演出:千葉哲也

出演:天野はな 有福正志 神農直隆 河原翔太 久保田響介 清水 優 神保良介

高橋ひろし 田尻咲良 内藤栄一 奈良原大泰 平尾 仁 八頭司悠友 若杉宏二

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