演劇公演関連ニュース

『反応工程』出演・天野はな・有福正志・久保田響介、インタビュー

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劇場と作品と俳優。前例に縛られぬ新たな出会いを求め、新国立劇場をより開かれた場にするため、小川絵梨子演劇芸術監督が立ち上げた「フルオーディション」企画。第2弾となる今回は、日本人とその歴史に切っ先鋭い筆で切り込む劇作家・宮本研が、敗戦間近の自身の体験を反映した戯曲『反応工程』を千葉哲也が手掛ける。自身も俳優である千葉は、その生理や魅力の引き出し方を熟知した演出家。6週間、応募数1,400人以上の俳優から選び抜かれた14人の精鋭を代表し、3人の俳優が語る作品への想いとは。50年以上前、生死の狭間で「日常」を生きた人々のドラマに今、私たちは何を見出すのだろう。


インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)


題材は作家の実体験でも今とは全く違う状況下

そこでどう仕事し、暮らしていたのか

―まずはオーディションでの経験、記憶に残ることから伺えますか?


有福 僕は荒尾という役をやらせていただくんですが、最初、違う役のセリフでオーディションを受けたんですよ。同じ軍需指定工場で働く猿渡と柳川で。普通、役をもらうと相手役とのやりとりなどから演じる人物像を立ち上げるものだけど、その「役」が決まっていない上に複数役をやらなければいけなかったので、何をどこに向けて演じていいのか定められないことが、ひどく居心地悪くて。落語のように、一人何役も演じ分けるような感覚というか、作品の中での立場も全く違う役なので、なかなかに苦労しました。


天野 私はそこは何度か経験があったので、戸惑うことはそれほどありませんでした。別の作品では3、4役などということもあるほどで。でも有福さんがおっしゃる通り、家で一人で練習していると噺家さんになったような気分になります(笑)。


有福 へぇー、俺も訓練しなきゃな。


天野 私のオーディションは、動員学徒の田宮と影山、男性二人のセリフでやりました。女性のセリフが少なかったからだと思うのですが、主語や語尾だけ女性らしいものに変えて。


有福 それも面白いね。役についての解釈などではなく、きっと千葉さんは俳優個々の資質や、演劇との向き合い方を見ているのではないかという印象を受けました。


久保田 この戯曲は若い男の役が多いので、二次選考の時に五役分の候補のセリフがどっさり届いたことにビックリしました(笑)。一次に比べれば少しだけ緊張も解けたし、同じ役を違う俳優さんが次々に演じたり、一人の俳優さんが何役もその場で変えながら演じる様子を見る機会はあまりなかったので、良い勉強の機会にもなりました。


有福 ......エライなぁ、最近の若い俳優さんたちは。見習わないと、だよね(笑)。


久保田 千葉さんの僕らへの対し方や指示の出し方もあたたかかったです。必要以上に緊張しないように接してくださり、参加者みなさんに「ゲーム感覚で気楽にやってください」と仰っていました。一人一人、違う相手役との対話をどう立ち上げるか、何度も機会をもらいながら演じさせていただきました。四〇〇人以上に対峙した千葉さんが、実は一番大変だったのでは、と思います。


―久保田さんは、他の宮本研作品を演じたことがあると聞きました。


久保田 養成所時代の発表公演なので、何か意見が言えるほどの経験ではないと思いますが、『反応工程』に関しては確かに他の宮本さんの戯曲とは色が違うように感じます。

 一番有名なのはきっと『美しきものの伝説』だと思いますが、あれは大正デモクラシーに関わる大杉栄ら思想家や活動家など、実在した人物たちの物語。宮本さんが、それらの人物を媒介にして見た世界を描いていると思いますが、この戯曲は宮本さんご自身の経験を描いているうえ、敗戦間近の日本の地方都市という設定も珍しい。過去を見つめる作家の視線や思想は通じるものですが、題材が実体験ゆえのダイレクトさがある戯曲ではないでしょ うか。


有福 いろいろ考えてるねぇ。実は僕はよくわからないことが多いんだよ。戦争真っ只中の時代を生きて敗戦を迎えた人ならば、日本と国民の空気や熱がどう変わり、何が起きたのかわかるだろうけれど、それら経験が全くない自分には、恐怖や緊張から日常まで、すべて想像するしかないですからね。

 何かの資料で戦中の、市井の人の言葉を書き留めたものを読んだことがあるんですが、その一節に「今日は空襲がなくて寂しいね」という記述があって。そういう日常と非日常の線引きが、今の自分たちの生活とは全く違う状況下で仕事をしたり、家族と暮らしたりするのがどういうことなのかは、これからの稽古で探していくしかないんでしょうね、きっと。




自分でも気づかない何かが

役を通してみつかるのが面白い


―「戦争という非日常の中で、不思議に明るく日常を生きる劇中の人々の様子が、この作品の魅力だ」と、演出の千葉さんも仰っていました。


有福 僕もそう思いますよ。それぞれの人が、それぞれの立場での正論を吐き、正義を振りかざす。同じ正義なのに、受け取る人間の立場が違えばそれが暴力や狂気にもなる。そういう人間の矛盾やいい加減さは、現代の、僕らにも同じように起こり得ることで、この戯曲はそのこともしっかり描いているんじゃないでしょうか。


天野 有福さんのお話があまりに熱っぽく、思わず聞き入ってしまいました。私がこの戯曲を読んで思ったのは、「この作品を自分が演じる意味があるといいな」ということです。時代は五十年以上昔の戦争中で、背景にどんなことがあったか、どんな人が生きていたのかは俳優として知らなければならないけれど、当時の人たちと私とでは、持っている身体も感情の表出方法も全く違うと思うんです。それを遡って演じようとするのではなく、今を生きている私を通して演じることで、お客様に伝わるものがあればいいな、と。


―生身の俳優が生身の観客の眼前で演じ、伝えるのが演劇の真骨頂で、そのことと誠実に向き合おうと考えていらっしゃるのですね。


久保田 僕は、宮本さんの戯曲のような、背景にあるものが多い作品と出会うことで毎回、自堕落な自分を奮い起こし、天野さんのように必要な知識や技術を探し、使い、何とか作品に近づこうとする。そのことが、自分が変わったり成長する機会になっているんですが、一観客として観るだけの立場だったら何をどこまで受け取れるだろうか、と考えてしまう、『反応工程』のような作品は。自分と作品が出会ったように、作品と観客が出会うための媒介になりたい。そのためには田宮という、大きく変わる時代に揺れる青年に対して、現代に生きる一人の人間として真摯に向き合っていきたいです。


天野 私も、ただ戯曲や役を解釈して演じるのではなく、自分を通したからこそ滲み出る何かを、正枝に託して演じたいと思っています。


有福 自分でも気づかない何かが、役を通してみつかれば面白いよね。長く俳優をやっていると、できなかったことができるようにはなるけれど、その"できること"が邪魔になる時もある。技術や解釈とは違うところで、役やセリフの何かと自分がダイレクトに結びついた瞬間、「自分にこんな感覚があったのか!」と驚くことがあるんだけど、自分だけじゃなく天野さんや久保田君ら、共演の若い俳優たちがそういうことに直面するのを目撃できるのも今回の楽しみかな、と。

 それに、話はよくわからなかったけれど、演じる荒尾が劇中で語る仕事や生き方についてのセリフは、初見で読んだ時に涙がこぼれてきて。そういう役に出会えたことが嬉しいし、稽古の先にどう演じられるようになるかはすごく楽しみです。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 3月号掲載



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『反応工程』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2020年4月9日(木)~26日(日)

作:宮本 研

演出:千葉哲也

出演:天野はな 有福正志 神農直隆 河原翔太 久保田響介 清水 優 神保良介

高橋ひろし 田尻咲良 内藤栄一 奈良原大泰 平尾 仁 八頭司悠友 若杉宏二

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