演劇公演関連ニュース

『反応工程』演出・千葉哲也、インタビュー

千葉哲也(演出).JPG

2020年4月、「フルオーディション」第2弾作品として開幕を目前にしながら、緊急事態宣言発出のため上演を断念した『反応工程』。1年を経てキャスト、スタッフともに1人も欠けることなく、新たな上演をめざしての再結集が実現した。九州中部の軍需指定工場を舞台に、終戦間近の混乱した状況下にあって、対照的な「明日」を見つめながら生きる若者と大人たち。この国の未来のため、本当に必要なことは何なのか。劇作家・宮本研が自身の体験をもとに書き上げた今作に込められた「問い」が、敗戦から70年超を経てなお迷走し続けるこの国を映す。演出家・千葉哲也が改めて見出した作品の真髄とは?

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)




約一年ぶりの再結集で

見えてきたこと

─今は四月半ばですが、すでに稽古が始まっているそうですね。


千葉 僕が六月公演の『キネマの天地』に俳優として出演するもので、思い出し稽古を先に数日やらせてもらっているんです。昨年、ゲネプロができるまでつくり上げてはいたものの、一年経っているので自分も含めてみんなイイ感じに台詞も動きも忘れていて。記録映像を見ながら「みんな流暢に喋れているねぇ」などと感心し合いました(笑)。昨年四月に出展した展覧会用の絵を、開催が見送られたので改めて描き加えている。そんな感覚の稽古をしており、俳優と演出家共に再演の経験があまりない自分にとっては貴重な体験です。自分の未熟さを痛感するほど、考え方の変化や発見がありますから。「自分が今、なぜ演出をするのか」という問いにも、答えがおぼろげながら見えてきた気もするくらいで。


─どんな「答え」が見えたのですか?


千葉 自分は、感覚的にはどうしたって俳優なので、演出をする際に「俳優をいかに良く見せるか」が大前提になる。これまではそのうえに、専業の演出家に負けないようにという力がどこかに入っていたんでしょう。でも今は、「この作品を自分が楽しめるようにつくろう」と素直に考えられるようになった。結果、その発想が一巡して俳優である自分の役に立つとも思えて。

 この考え方は『反応工程』初演の延期から今日まで続く、コロナ禍に暮らしながら見えてきたものなんです。遡って二〇一一年三月の東日本大震災の時、僕は新国立劇場の『焼肉ドラゴン』再々演ツアーで韓国にいた。計画停電や資材不足など物理的なことから精神論まで、様々に公演の是非が問われる状況と、そこに生じた危機感に気持ちが乗り遅れたところがあったんです。でも今回、自分が身を置く創造の場が、真っ先に社会から切り捨てられたように感じ、「好きなことを仕事にし、それを続ける」ということを自分なりに問い直した。結果、演劇や舞台に携わることが自分にとってかけがえのないことで、役割はどうあれより良く関わらねばと初心に返れたのだと思います。


―原点回帰されたんですね。


千葉 小学生の時の夢は「プロレスラーかドリフターズになること」だったし、『サウンド・オブ・ミュージック』やATG作品などの映画が好きで、あわよくば俳優にという程度だった自分が、随分遠くまで旅をしたな、と(笑)。でも気づけばもう三十七年くらいは演劇に携わっているわけで、そこにある想いは素直に認め、後の世代に還元もしなければと実感できたのは良かったのではないでしょうか。


―その想いは、作品や座組へ向ける視線にも影響しているのですか?


千葉 座組は、いまや盆や正月に親戚が大勢集まった本家の座敷のような感じです(笑)。今作は青年や壮年世代が徴兵され、学生と初老くらいの人物しかいない工場が舞台。昨年の稽古では、ベテラン勢と若い俳優の間に先輩たちへの気後れや遠慮めいたものが多少はありました。でも一旦の公演中止と、上演までの一年余の時間が良い方向に働き、再びの稽古に集まった時のみんなの嬉しそうな様子、グッと親し気になった空気は本当に血縁で結ばれた人たちのようで、この一体感は作品にプラスになるはず。

 もうひとつ、前回は劇中で安易に音楽を使わないようにと自制していたんです。たとえば終盤の工場が爆撃を受けるシーン。"今まさに悲惨なことが起きている"と観客に伝え、俳優を引っ張るために劇中で音楽を使うのは本意ではないと思った。でも最初で最後の舞台上での通し稽古の映像や、今、日々目にする俳優たちの演技は、劇的な音楽と拮抗して相乗効果を上げられるくらい確かなもの。なので遠慮せず、ガンガン音楽も使おうと思っています。


―表現する側と観る側の両方が、存分に楽しめる作品が目指すところですね。


千葉 ええ、「観に来ないと損です、絶対に楽しめますよ!」と胸を張って言えるくらいのエンターテインメントにしたい。演劇への向き合い方が僕自身、どんどんシンプルになっていっていると思います。まぁ年齢のせいもあるかもしれませんが(笑)、このほうが芝居づくりに対して気持ちが楽だし楽しいですよね。



良き「変化」のための勇気とエネルギーを

持ち帰ってもらえる舞台に


―戯曲や登場人物の解釈にも変化はありますか?


千葉 動員学徒で徴兵を逃れようとする影山の変心や行動原理、それまでは日本の勝利を信じる側にいた田宮の終幕での逡巡などは、原爆の悲惨や敗戦の屈辱といった、戦争の只中に居るからこそ知り得ない情報ゆえの言動なのだと生々しく捉え直しました。登場人物たちは誰もが戦争の被害者ではあるけれど、渦中に居過ぎて客観的になれず、そのことが自覚できずにいる。最終景の戦後の工場の様子、戦中とは真逆に組合運動が肯定され、工員たちも積極的に参加しようとしている風景も同じで、作品を観る人々と登場人物たちの間に、戦争に対する認識上の大きなギャップがあるのだと伝えることで、戦争というものの大きさや無常さが舞台上に立ち現れるのではないかと思っています。


―時代の奔流にもみくちゃにされる市井の人々、その弱さや盲目ぶりと同時に、変化を受け入れて生き延びるたくましさも描くという点では、フルオーディション第三弾で四月に上演された『斬られの仙太』(作:三好十郎、演出:上村聡史)に通じるところが、今作にもあるとお話しを伺っていて気づきました。


千葉 だからどちらも長く上演され続ける、普遍的な作品なのだと思います。人間は本当に不思議な生き物。戦争や核兵器の根絶を声高に謳いながら、この未曽有の事態の中でミャンマーでは軍部がクーデターを起こして民間人を弾圧し、世界はなす術もなく傍観している。科学技術やネットワークがいくら発達しても、直結して人間の精神性が高まることはなく、さまざまな問題に対して堂々巡りをするばかり。

 戯曲を最初に読んだ時は、終戦間近にも関わらず失敗が続くロケット燃料生成に明け暮れ、断片的に届く新型爆弾など敵の情報に惑い、異性や家族を想って心揺れる、登場人物たちのビビッドな感情表現に違和感を覚えもしました。でも非日常が当たり前になっていたこの一年を経験したことで、大きな危機に直面しながら、部分的にしかその現実を認識できない時、自分も含めた人間が何を考えどう振る舞うものかをリアルに感じられるようになった。結果、田宮たちの言動がより深く腑に落ちた気がしています。


―どんな時代を生きていても、渦中にいる者からは見通せないことがある。人はそのことを忘れがちですが、その見通せないことが国の誤ったかじ取りに繋がりもするのですよね。


千葉 戦後、日本と日本人は考え方や価値観を大きく変えられましたよね? それは戦争という目隠しを外されて見える範囲が広がったからで、だから、その「変化」をどこか後ろめたいものとした。でも今回戯曲を読み直してみて、作家である宮本さんは戦後日本人の「変化」を肯定すべく、この戯曲を書いたのではと思えてきたんです。

 どんな形であれ、「変化」は前に進むこと。個人が変化を受け入れることの先に、社会の変化もあるわけで、劇中では変化から取り残されたように見える田宮も、きっとこの先いつかは変わるはずだと今の自分には思える。そんな、良き「変化」のための勇気とエネルギーを、お客様に持ち帰ってもらえる舞台になればと願っています。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 6月号掲載

<ちば てつや>

1987年、演劇企画集団THE・GAZIRA旗揚げから参加。俳優として様々な舞台で活躍、『すててこてこてこ』『人形の家』『蛮幽鬼』『怪談牡丹灯籠』『ユーリンタウン』『さよなら渓谷』『髑髏城の七人』『TOPDOG/UNDERDOG』などのほか、新国立劇場では『リア王』『虹を渡る女』『カストリ・エレジー』『新・雨月物語』『キーン...或いは狂気と天才...』『THE OTHER SIDE/線のむこう側』『胎内』『カエル』『焼肉ドラゴン』『アジア温泉』『マニラ瑞穂記』『パーマ屋スミレ』に出演、第5回・第20回・第24回読売演劇大賞優秀男優賞、第39回紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。一方で2006年『スラブ・ボーイズ』より演出も手がけ、これまでに『BLUE/ORANGE』『桜の園』『袴垂れはどこだ』『寿歌』『いま、ここにある武器』『青春の門~放浪篇~』『青』『FullyCommitted』『サメと泳ぐ』などのほか、新国立劇場では、『怒りをこめてふり返れ』を演出。第24回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。



***********************


『反応工程』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2021年7月12日(月)~25日(日)

作:宮本 研

演出:千葉哲也

出演:天野はな 有福正志 神農直隆 河原翔太 久保田響介 清水 優 神保良介

高橋ひろし 田尻咲良 内藤栄一 奈良原大泰 平尾 仁 八頭司悠友 若杉宏二

公演詳細はこちら

◆チケットのお買い求めは......

⇒ ボックスオフィス 03-5352-9999

⇒ Webボックスオフィスはこちら