オペラ公演関連ニュース

大野和士オペラ芸術監督が語る『Super Angels スーパーエンジェル』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』

アレックス・オリエ演出の刺激的な新制作『カルメン』で2020/2021シーズンを終えたオペラは、 8月、子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ『Super Angels スーパーエンジェル 』をついに世界初演する。 アンドロイド「オルタ3」が出演し、最先端の技術とオペラが融合する、 未来への共生のメッセージを込めた新しいオペラの誕生であり、 オペラ・舞踊・演劇という新国立劇場の3部門がコラボレーションする初めての企画だ。
そして、新シーズンには、昨年から延期となった『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が待望の上演となる。
大野オペラ芸術監督に、今後の展望とともに話をうかがった。


インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
ジ・アトレ誌8月号より

人間とアンドロイドが手を携え 新しい扉を開ける物語

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(左から)大野和士、渋谷慶一郎、島田雅彦

――子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ『Super Angels スーパーエンジェル』公演が近づいてきました。どのような舞台になりそうですか?

大野
 ちょうど渋谷慶一郎さん作曲のスコアの最終稿があがってきたところです。渋谷さんとは何度も打ち合わせを重ね、そこには当然、台本の島田雅彦さんも加わっています。 もう2年以上もの間、AIと人間が共存していくというテーマをどのようにオペラに組み立てて、それをどのように見せるかということについて3人で喧々囂々と議論してきました 。島田さんのとても印象深い歌詞があります。「君のボディにはぼくのハートを」「君の ブレインにぼくのメモリーを」。主人公のアキラが、アンドロイドの"ゴーレム3"と交流するシーンです。アキラはカウンターテナーの藤木大地さんが演じ、"ゴーレム3"役にはアンドロイドのオルタ3が出演します。AIについての今日の論じ方は、例えばAIと将棋をして棋士が負けただとか、人間の脳とアンドロイドの戦いみたいな話題が多いですよね? そうではなくて人間にとってのアンドロイド、アンドロイドにとっての人間とは何か? ということを考える舞台になる予定です。

――ノーベル賞作家のカズオ・イシグロが今年発表した小説『クララとお日さま』もAIと人間の関わりを踏み込んで描いているものですが、このオペラはそれよりかなり前から構想されています。アンドロイドを主人公にしたいというのは大野監督の発案だったのですか?

大野 そうですね。私が元々思っていたのはAIと子どもたちということで、そこから発展してこのような作品が生まれました。この公演の目的のひとつに、まだオペラを観たことがない方を劇場にいざなうということがあります。ですからあまり筋を追うことができない小さなお子さんでも、ロボットが出てくる、スピード感のある驚くような映像が出てくる、というような視覚的なヴァリエーションで大いに楽しめる......という内容です。

――普通に起承転結というか、ストーリーがあるオペラなのでしょうか? 舞台を観ていて、 物語として話を追えますか?

大野 はい、追えます。主人公はアキラとエリカという2人の男女で、藤木さんとソプラ ノの三宅理恵さんが歌います。子どもたちは15歳になると適性検査で選別され、エリカは勉強ができるので科学者への道に進みますが、アキラは「異端」に指定され、開拓地に送 られることになります。そこでアキラは教育係のアンドロイド、"ゴーレム3"と出会います 。アキラとエリカが20年後に再会するところで物語が動き出します。開拓者たちは何かガラクタのようなものを作っているのですが、実はそれは丸い玉のような形を組み合わせた土偶のようなイメージです。土偶は私たちを大地に結びつけるような、原始生命体の象徴です。開拓者たちは命に直結するものをクリエイトしているのです。それは、数字で表せるもの、可視化できるものしか信用しない現代人の抱える様々な問題に対するひとつの反論でもあります。そして、アキラとエリカという恋人たちはもう一度、気持ちを通い合わせることになる。その時、アキラとAIがどのように関係してくるのかが大きな見どころです。そこではアキラと"ゴーレム3"の二重唱がありますが、非常に感動的な音楽になっています。

――2019年のオルタ3お披露目の記者発表では、"ゴーレム3"役で出演するアンドロイド、オルタ3は指揮もするというお話がありましたが、それは実現するのでしょうか?

大野 オルタ3はコンピューターで生成される〈声〉で歌います。お披露目のときと比べると、オルタ3はより発達しており、手の動きも人間に近くなっています。オーケストラピットに向かって指揮をする場面も考えていますので、 AIの進化を見ていただけると思います。アンドロイドは、人間の領域をはるかに超えた高い音や低い音をだせますが、私たちの感受性により響くのはおそらくアキラを歌う藤木さんの声だと思います。人間とAIの対比、人間の心をAIにあげて、AIの頭脳を人間に移入する、そのふたつを交換することによって新しいものが生まれる、という未来志向の作品になるはずです。渋谷さんがこれまで初音ミクのオペラや、映画音楽などで表現してきた要素もふんだんに盛り込まれています。

――「子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ」ということですが、児童合唱はどのような形で関わってくるのでしょう?

大野 新国立劇場ではおなじみの世田谷ジュニア合唱団と、ホワイトハンドコーラス NIPPONの子どもたちが出演します。ホワイトハンドコーラスは聞こえない子、見えない子、その友達が一緒になって素晴らしい指導者のもとで活動している合唱団です。手の表現や歌で参加し、オペラの最後にも重要な役割を果たします。子どもや、マイノリティーと思われている人たち、そして世界から忘れられているような開拓地の人々の中にこそ、 光り輝く才能があり、ダイヤモンドの原石のような発展の可能性がある。それを見逃さないように、というメッセージがこめられています。

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オルタ3 (Supported by mixi, Inc.)
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舞台装置イメージ

――舞台・美術はどうなりますか? 演出の視覚面では先進的な映像なども見られるというこ とですが。

大野 全体の演出ノートを書いたのは演劇部門芸術監督の小川絵梨子さんです。そして総合舞台美術として装置・衣裳・照明・映像監督を手がけるのは針生康さん。彼女は私と一 緒にジョージ・ベンジャミンの現代オペラ『リトゥン・オン・スキン』の舞台美術を担当してくださった方で、日本人として初めて英国でワールドステージデザイン賞に選ばれた才能のある方です。映像はウィアードコアという、サッカーの5万人規模のスタジアムで インスタレーションを手掛けたりしている、世界中の大規模イベントで活躍しているビジ ュアルアーティストが担当しています。彼は主に「マザー」という、人間を管理している目に見えない巨大な力を、自然の様々な形や、象徴的にゆがんだ自由の女神像、またはアルゴリズムで動く数字のフォーメーションなどで表現します。そしてその「マザー」の支配する力から、アンドロイドも人間も飛び出そうとし、最終的に両者が手を携えて何かしら新しいドアを開けていくのです。

――貝川鐵夫さんの振付で新国立劇場バレエ団のダンサーたちも出演しますね?

大野 ダンスは重要な役割を担います。アキラとエリカをそれぞれ体現するダンサーが登場するほかに、3人のダンサーも舞台に登場します。アキラとアンドロイドの"ゴーレム3" との交流、そして彼らの運命もダンサーの動きで表現されるのです。『Super Angels スーパーエンジェル』はオペラ、バレエ、演劇という新国立劇場の3つの部門が手を携えて創る舞台でもあります。

『マイスタージンガー』は実は室内楽的  なによりも人の心の機微を表現している

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ザルツブルク・イースター音楽祭より
©OFS/Monika Rittershaus

――大野監督は2020/2021シーズンもワーグナー『ワルキューレ』で目覚ましい指揮をなさいましたが、昨年の予定が延期となっていた『ニュルンベルクのマイスタージンガー』もついに公演が近づいてきました。この作品にどのようにアプローチされますか?

大野 重いスコアをまた引っ張りだして、毎日見ています。ワーグナーの『マイスタージンガー』は4時間を優に超える大作ではありますが、強調しておきたいことは、豪壮な前奏曲や、合唱が轟々とうねる、大伽藍のような楽劇というイメージをもちやすいけれど、 その中身は実は、二重唱を基本にしたチェンバー・ミュージックの要素が色濃いということなのです。ハンス・ザックスとエーファ、ヴァルターとエーファ、ザックスとベックメッサー、ダーヴィットとザックスなど、登場人物の二重唱が連ねられています。スコアを何ページか見ればすぐに分かりますが、オーケストラがクレッシェンドした後にはすぐピアノ、クレッシェンドしてすぐピアノ、この連続なんですね。

――大掛かりで華やかにみえて、実は室内楽的なのですね?

大野 そうです。しかも人間の存在の深遠な部分に触れる哲学的な部分も多くありますが 、何よりも人の心の機微を表現しています。『ローエングリン』のような作品は神話的というか、登場人物は神秘のもやに包まれている部分がありますが、『マイスタージンガー』は中世の民衆を主題にしただけあって、生身の人間の心がそのまま出てきます。他の作品、例えば『マイスタージンガー』と近い時期に書かれた『トリスタンとイゾルデ』も 主な登場人物は王侯貴族ですが、『マイスタージンガー』の主役は民衆なのです。
  主人公のハンス・ザックスは言います。「春の楽しい時期には多くの人が美しい歌を書けるけれど、それは春が代わって歌ってくれたからだ。だが真の芸術家というのは、人生の夏が過ぎ、秋と冬の厳しい時期が来て、子どもが産まれ、子どもを育てて厳しい人生を送りながら、その中で美しい歌が書ける人だ」と。美しいだけではない、そこにいろいろな年輪が詰まった歌が書ける人こそ本当の芸術家だということを、ハンス・ザックスは言っているのですね。それがマイスタージンガーの本質、奥義だと。それはワーグナーの人生とも半ば重なっています。

――それは芸術全般において言えることかもしれませんね。新国立劇場も昨年からの大変だったシーズンで辛い時期を過ごしましたが、だからこそ例えば日本人歌手の躍進など、実りの多いこともあったのではと思います。

大野 おっしゃる通り、私たちにとって嬉しい出来事だったのは、日本人キャストでオペラを上演することにより、日本人歌手に大きな可能性を見出すことができたことです。これまでイタリア・オペラを主に歌っていた方がドイツ語のオペラを歌ってそれが大変良かったりと、この経験は貴重だったと思います。今後もそうした歌手の方々にオファーをしていきますし、外から見る目も変わって、これから日本のスターになりそうな人たちが何人か出てきたということは、劇場側の人間としてとても喜んでいる結果です。

――来シーズンからのオペラの演目も、キャストを含めまた大いに期待できるものとなるでしょうか?

大野 これから私たちの背中にかかっているのは、コロナ禍でキャンセルになってしまっ た演目を、できるだけ今後のシーズンに入れていく、という仕事があります。特に、準備が進んでいたのに直前に上演が中止になってしまったヘンデル『ジュリオ・チェーザレ』 のような演目を、なるべく予定していたキャストで上演していく予定です。もちろん適材適所ということで国際的な歌手は出演しますが、主役級を含め、日本人歌手も積極的に登用していきたいです。外国人の歌手では、例えば1月に『トスカ』に出演したフランチェ スコ・メーリさんが非常に素晴らしい歌唱を聴かせてくれましたので、今後、彼にまたヴ ェルディなどをオファーできたらと思っています。
 それから新国立劇場のレパートリーを増やしていくこと。ロシアのオペラ、20世紀のすでに古典と言って良いような作品、そしてベルカント・オペラなどを、東京でプロダクションを作って上演し、それをヨーロッパやアメリカなどの劇場との共同制作として、新国立劇場の後でそれらの劇場で上演できるようにしたいのです。例えば、2023/2024シーズ ンには新国立劇場の委嘱で世界初演の新作オペラが予定されていますし、ほかにもすでに ヨーロッパのいくつかの劇場との共同制作が決まっています。このようなものをもっと増やしていきたいです。どうか皆さんも楽しみに待っていてくださると嬉しいです。