マンスリー・プロジェクト
レポート


マンスリー・プロジェクト
トークセッション「戯曲翻訳の現在」


2010年12月18日(土)新国立劇場オペラパレス ホワイエ
出席 宮田慶子
    長島確[ヘッダ・ガーブレル]/常田景子[やけたトタン屋根の上の猫]
    水谷八也[わが町]/岩切正一郎[ゴドーを待ちながら]

『ゴドー』には3つの原語バージョン

宮田●4本目の上演作になる岩切さん、それこそ今、最終稿がやっと仕上がったぐらいのところで、もう本当にすごい作業をしてくださいまして。『ゴドーを待ちながら』に関しましては、元の本自体が何バージョンかあって、ベケット自体が手を入れてカットしているものまであります。他人には「絶対カットしちゃいけない」って言っていたのにね。そうしたところの整理もものすごく時間をかけてやってくださっていますが。
岩切●そうですね。ご存じのように、アイルランド人なんですよね、ベケットは。ですから、母語は英語ですけれども、フランスに渡って、というか暮らし始めて、『ゴドー』はフランス語で執筆したわけです。ですから、最初はフランス語で書かれたバージョンで、今これまである高橋康也・安堂信也訳という、素晴らしい訳ですね。あれはフランス語バージョンを元にしてできているんですけれども、ベケット自身が、それを自分で英語に訳しました。ですから、少なくともそこで、英語版とフランス語版っていう、同じ作者が作った、違う版、ほとんど同じではあるんですけども、もしそのフランス語バージョンを元に、違う人が英語に訳したとして、そのベケットが作ったようなのを作れば、「これは誤訳だろう」とか、「こんなものを翻訳の人が付け加えていいのか」っていうようなものも、原作者ですから平気でやっちゃうわけなので、そこでもかなり違う版ができたわけです。しかも、20年ぐらい経って、ベケット自身が今度は演出をしたんです、ベルリンで。そのときに、彼がいろいろとまたセリフをカットしたりしていて、主にそれを元にしたリバイズドバージョンっていうのが、英語版を今度は元にしているんですけども、出まして、1994年に本になって出ているんですけど、それもベケットの意図が入っているバージョンなので、3つあるんですよね。フランス語、それを訳した英語、かつ彼が演出で手を入れて全然大幅にかなりカットも入って変わっちゃったのと、3つあって、まずどれを訳せばいいのかというところで、最初はフランス語バージョンを元に、準備稿の準備稿のまた準備稿みたいなものを作りまして、それで演出の森新太郎さんとお会いしていろいろ話して、ここはこうしましょうかね、あぁしましょうかねっていうふうなことで、それでもうずっとやっているんですけど、それこそ寝泊りじゃないんですけど、あるときなんかは昼の12時から始めて、6時ぐらいには終わるのかなと思っていたら、夜中の11時ぐらいまでかかってしまったとかいうようなこともあったんですけど、それで、「いや、ベケットはカットしているんですよね」なんて、本当に、台本だとA4版で1ページ半ぐらい、バサッとベケット自身がカットしているのです。聞いたところだと、フランス著作権事務所に、この台本をやるっていうことの契約が、セリフを変えるな、カットもするな、あと音楽を入れるなというような、いろんな条件があり、違う演出家がやるときには絶対変えてはいけないっていうような条件のようなのですが、ベケット本人が好きなようにいろいろと変えていて、そこのテキストをまず作るっていうところから始まって、大変な作業だったというふうに、まだ終わっていないんですけども。
宮田●スタンスとしては、いろんなものを翻訳なさるときに、演出家と共同作業があったりすると思うんですけど、そうでなくて翻訳なさる場合も、おありになりますよね?
岩切●その場合は一応、表には出しませんけど、こういう芝居だろうなっていう解釈をもって訳します。それは別に、自分で押し付けるようなものではなくて、セリフを決めたりするときに関係性とかいろいろあるので、それで一応作っておいて、普通だと台本をお渡しして、稽古の場でテキレジ(テキストレジ)という直しが入ったりとか、やっていくと思うんですけど、今回はもう、この台本を完成させたものを作ろうっていうことで、長い作業になっています。