マンスリー・プロジェクト
レポート


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トークセッション「戯曲翻訳の現在」


2010年12月18日(土)新国立劇場オペラパレス ホワイエ
出席 宮田慶子
    長島確[ヘッダ・ガーブレル]/常田景子[やけたトタン屋根の上の猫]
    水谷八也[わが町]/岩切正一郎[ゴドーを待ちながら]

 

宮田●皆様、こんにちは。年の瀬のお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。今日は「戯曲翻訳の現在」ということで、4人の翻訳家にお集まりいただいて、いろいろお話をお伺いしようと思っております。今シーズン、[JAPAN MEETS…]という企画を立てまして、「現代劇の系譜をひもとく」というサブタイトルを銘打っておりますが、近代以降、日本の演劇界に大きな影響を与えた作品群から4本を選んで、それらをなおかつ新翻訳で、今回のカンパニーのために新たに翻訳をしていただいて上演するということを続けております。おかげさまで、好評のうちに2本が終わりまして、ただいま年明けの3本目『わが町』の稽古に入っております。どれもこれも名作中の名作という作品ですが、その中でも『ヘッダ・ガーブレル』は一番古く、何と今から120年前の作品なんですね。そして一番新しい作品は『やけたトタン屋根の上の猫』ですが、これでも書かれてから55年が経っております。我々の先輩の演劇人、文学者たちが翻訳をなさり、その台本を元に我々は育ってきたわけですが、戯曲というのはやはり現在進行形であるべきだというふうに私は思っておりまして、その意味でぜひとも新しい言葉で上演をと思い、それぞれの先生方に翻訳をお願いした次第です。

共訳がうまく機能した『ヘッダ・ガーブレル』

宮田●1本1本の作品についてのご自身のスタンスとか、作品を訳したときのご苦労話とか、いろんなお話を皆さんにお伺いしていきたいと思っております。まず、隣にいらっしゃる長島さんと私は『ヘッダ・ガーブレル』をやらせていただきましたけど、なにせ書かれたのが120年前ですし、おそらく一番最初にちゃんと翻訳されたのが大正7年なんですね。坪内士行訳というのがございまして、例を出すとちょっとおわかりいただけるかなと思いまして、あえてちょっと引用させていただきますけれども、幕開きで、テスマン婦人という主人公のおばがヘッダの新婚の家庭にやってきて、お手伝いさんとしゃべる場面があります。そこを、今回長島さんは、「ねぇ、ベルテ。あなたには新しい主人ができたのよね。あなたを手放すのが私とってもつらかったわ」と、そういう言葉にして下さいました。それが、別にこれ、いい悪いじゃありませんし、たとえばとしてお聞きいただけるとありがたいのですが、大正7年に訳されたものだと、「ベルタや、お前ももう新しい女主人に仕えることになったのだね。私はお前と別れるのがどれほどつらかろう」と、こういう翻訳になっているんですね。舞台の上で役者と役者、人間と人間が交わす会話として「つらかろう」って今言われても、ちょっとピンとこない。いってみたら、それほど我々の日常の会話として使っている言葉というのは、時代とともにどんどん変化をしてきているわけです。もちろん大前提として作品に対する尊敬は最大限にはらいつつ、その上でやはりわかる言葉にしていきたい、自分たちが共感できる言葉にしていきたいと、そんな思いが一番大きく、共感できる言葉を介して、戯曲本来の素晴らしさ、底力のすごさということをぜひとも皆さんにわかっていただきたいなと思って、4作品の新翻訳をお願いしたのがそもそもです。
   『ヘッダ』に関しては、ノルウェー語から、もう1人、ノルウェー人のアンネ・ランデ・ペータスさんに入っていただいて、さらに長島さんに入っていただき、というかたちをとりましたので、共同翻訳という特徴がありましたし、それから、やはりノルウェーの作品を現代の日本に翻訳するということのご苦労もあったかと思いますが、長島さん、いかがでしょう?
長島●僕自身、常々面白いなと思うのが、翻訳って、原作より絶対早く古びるんですよね。寿命がたぶん原作よりずっと短くて、すぐに古くなる。もちろん、古くなって、その味がいいということもあるんですが、基本的にかなり新陳代謝が激しいもので、だからこそ逆に、古い作品でも翻訳を新しくすると今でもまだまだ全然面白いとか、新しく再発見をするためのツールみたいに翻訳がなる。またその一方で、翻訳というのが、それ自体、どうしても演出的な解釈を含みますので、それを翻訳者が先にいろいろ考えて決めてしまっていいのかっていうことを思うんですね。それで今回は、宮田さんに、最初に翻訳を始める前にちゃんとお話をさせてください、丸投げは困ります、と。十分話したうえでないと、新しい翻訳をスタートできないという気持ちがありました。
宮田●何回もやりましたよね。
長島●ずいぶん話しました。
宮田●私は、いったいいつ翻訳してくださるんだろうと思いながら、何回も何回も打ち合わせを重ねましたね。キャラクター、人物造形っていうんですかね、キャラクターの理解とか、この人はどういう性格なんだとか、この振り幅はどのくらいに考えるんだとか。
長島●今どうしてこれをやるのか、どこを大事にしてやるのか、みたいなことが、前提として共有できると、初めて僕自身としては手がつけられるという感じがありました。あともう一つ、やっぱり面白かったのは、ノルウェー人のアンネさんが共訳で入っていまして、彼女とは別の仕事をその前に少ししていたのですが、アンネさんは中学生ぐらいまでかな?  関西で生まれ育っていて日本語ペラペラで、そのあとノルウェー、もちろん母国語はノルウェー語ですけど、完全なバイリンガルですね。そのアンネさんが、ノルウェー語から新しく翻訳をしたんですけども、そのときに、僕はできるだけ上手に訳さないでくれというリクエストをしまして、粗くていいから逐語訳で日本語を作ってくださいということをお願いして、最初の翻訳を作ってもらったんですね。そうすると、普通我々だと、たとえば19世紀のヨーロッパの話とかっていうと、それだけでもうあるイメージをもって、言葉遣い、文体を選んでいってしまいますが、アンネさんからは、何かそれに全然とらわれない、例えば女中と主人の会話が完全なため口だったりと、普通ではちょっと思いつかないような感覚が平気で出てくるので、それを1回経て、そのあとでじゃあ、そこから何を生かして、どう整えていこうということを、ずっと宮田さんとやっていったっていう感じです。
宮田●そうですね、あれはちょっと衝撃的でしたね。さっきもちょっとご紹介した、女中がだいたい日本の、それこそ大正時代以前の翻訳だと、「…でごぜえますだ」って書いてあったりして、そんなことからまずは変えたいと思っていたら、いきなり「なのよ」って言われて。
長島●ため口でしたね。
宮田●本当にため口かと思って、びっくりしましたね。
長島●いや、だから、最初アンネさんの翻訳があがってきたとき、僕はそれで期待通りだったんですが、実は宮田さんに見せるのをちょっと心配していまして、この翻訳、ダメなんじゃないかって思われるんじゃないかって、実はちょっと……。
宮田●私はここから先、最低でも1年はかかるなと思い、愕然としましたね、実は。
長島●でも、かからなかったですね、そんなには。けれども、やっぱりそうやってちょっとこう、1回解釈をほぐすというか、揉むというか、そのプロセスがすごく大事で、それに演出の方と話をすること、あと今回、共訳者が幸いいて、その作業の中でも、それができたことがやっぱり面白かったと思います。
宮田●やりとりがとっても面白かったと思いますね。