ここまででポリフォニーに関する私の話は終わりですが、最後におまけを一つ。
『ヘンリー六世』三部作は、現存するシェイクスピア作品の中で最も早い時期のものですから、その後の作品の萌芽がいたるところにあるように思います。
みなさまも『ヘンリー六世』を観たり読んだりする時にそのような発見ができると思いますので、ゲーム感覚でやってみることをおすすめします。
『ヘンリー六世』の中でシェイクスピア作品の中ではもっとも初期のラブシーンをご紹介します。
(11)をご覧ください。
第二部三幕二場のマーガレットとサフォークの別れの場面です。訣別とタイトルをつけましたが、二人はこのあと二度と会うことはありません。
マーガレットはサフォークの追放という運命を嘆き、自分も追放されたいと述べた後に、恋人に向かって次のように言います。
「さ、もうなにも言わず、いますぐお行きなさい。いえ、まだ行かないで。有罪を宣告された友だち同士はこのように抱擁し、口づけし、千万たびも別れを告げ、別れるのは死ぬより百倍もつらいと思うもの。でも、もうお別れしなければ、あなたとともに、この世にも。」
どこかでこんなセリフを聞いたことがありませんか? どこかで似たような場面を観たと思った方も多いのではないでしょうか?
そうです、『ロミオとジュリエット』の二人の恋人の別れの場面に似ていませんか? 追放されるサフォークと追放されるロミオを重ねることができますし、マーガレットにはジュリエットの面影を見出すことができます。
特に、マーガレットが恋人を送り出さなければならないとわかっていながら、「いえ、まだ行かないで」といったんは引き止めます。そして、「でも、もうお別れしなければ、」とまた送り出す。こういった微妙な心の揺れを描いているくだりは、ジュリエットの描き方を連想させます。
こうしたちょっとした発見ですね、これはマクベス夫人に似ているとか、これはリチャード二世に似ているとか、後のシェイクスピア作品の芽が『ヘンリー六世』にはたくさん詰まっているので、みなさんご自分で発見していただければと思います。
著名なシェイクスピア学者ジョナサン・ベイトは、シェイクスピアの天才的な人物描写を評して、「シェイクスピアは人間の心理の変わる瞬間を描くのに長けていた」と言っています。例えば恋するマーガレットの揺れ動く心理を見事に捉えているあたりに、若きシェイクスピアのすばらしい才能が垣間見えると思います。
今日は、みなさんご静聴いただき、まことにありがとうございました。鵜山監督の三部作公演をより一層味わっていただく、ちょっとしたヒントとしていただければ、私といたしましてもこれほど嬉しいことはありません。どうもありがとうございました。
(拍手)