シェイクスピア大学校


『ヘンリー六世』上演記念 シェイクスピア大学校
6回連続講座
芸術監督:鵜山 仁
監修:小田島雄志 河合祥一郎

IV 登場人物にみる『ヘンリー六世』 安達まみ(英文学者)
2009年11月12日[木]

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[安達まみ氏登場](拍手)
みなさま、こんにちは。ただいまご紹介にあずかりました安達と申します。本日は、「登場人物にみる『ヘンリー六世』」という演題でみなさんにお話させていただくのを楽しみにしてまいりました。短い時間ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
まず、お断りしたいことがいくつかあります。
本作品の作者がシェイクスピア一人ではなく、複数だったとする説が有力ですが、私の話では、一貫して作者のことをシェイクスピアと呼びたいと思います。
次に、三部作の執筆の順番について。現在有力なのは、第二部、第三部が先に書かれ、次に第一部が最後に書かれたというものです。当たりをとった芝居にあやかって、劇団が観客の期待に応えたというわけです。これは、現代の映画製作でもよく見受けられることですよね。例えば、『スター・ウォーズ』のように人気の作品が先にあって、その後にその前史が作られる場合と同じと考えていただければいいと思います。ですが、今日のお話では、執筆の順番にはこだわらずにお話をさせていただければと思います。
なお、今回の舞台と同じように作品からの引用は、すべて小田島雄志先生のご翻訳を使用させていただき、その他の資料や図版などは、アーデン版第三版を使用させていただきたいと思います。

最初に、シェイクスピアの同時代に、この芝居についてどのような反応があったのかをご紹介して、次に作品の特徴について触れ、最後に何人かの重要な登場人物とその言動に着目し、そこから何が見えてくるのか、みなさまと確認したいと思います。お手元の資料をご覧いただきながらお聞きいただければと思います。

図(1)  図(2)

まず、本作品はいつごろのものか、初演当時の劇場はどんなところだったかについてお話したいと思います。
初演は1592年ごろ、劇場は、その名もローズ座、薔薇座ですね。上演した劇団は、ストレインジ卿一座だったと言われています。ローズ座については、【図(1)】【図(2)】をご覧ください。【図(1)】は16世紀当時のローズ座の想像図です。【図(2)】は、1988年から89年の発掘調査の結果、わかったローズ座の基礎構造です。
ご覧の通りかなり横に広く浅い舞台です。ある研究者の計算によると、奥行きが約5.6m、とても狭いですね。幅(台形の下のほう)は11.2m、舞台手前で8.2mだったと言われています。この横広の舞台というのはどういう効果があるかといいますと、例えば『ヘンリー六世』第一部冒頭のヘンリー五世の葬式の行列ですとか、複数の出来事が同時進行する場面を効果的に見せるのに適していると言えます。複数の出来事が同時進行する場面といえば、例えば、第三部二幕五場のヘンリー六世が見守る中、「父親を殺した息子」と「息子を殺した父親」が別々に舞台上に現れる場面などがあげられると思います。たぶん、このなかにまだ舞台をご覧になっていない方もいるかと思いますので、詳しくお話しませんが、この場面の鵜山監督の演出は本当に素晴らしいものでしたので、まだご覧になっていない方はぜひ楽しみにしていただければと思います。
また、台形を逆さまにしたような舞台の形はたいへん珍しく、役者=登場人物に観客の視線を集中させるためだったと思われます。舞台前の平土間は、ご存じのように一番安い立見の席でして、少しお金のある観客はギャラリーの桟敷席、三段ありますが、そこに座って観ていたと思われます。