シェイクスピア大学校


『ヘンリー六世』上演記念 シェイクスピア大学校
6回連続講座
芸術監督:鵜山 仁
監修:小田島雄志 河合祥一郎

IV 登場人物にみる『ヘンリー六世』 安達まみ(英文学者)
2009年11月12日[木]

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さて、みなさまは「ポリフォニー」という音楽用語をご存知かと思います。主だった旋律があって、あとは伴奏から構成される音楽ではなく、ポリフォニーというのは、さまざまな声がそれぞれに独立して聴こえて、たくさんの声が集まって全体を構成している音楽のことを言います。
『ヘンリー六世』三部作は、例えば『ハムレット』のように一人の突出した主人公がいるのではなくて、さまざまな人物の声がそれぞれ強烈に存在を主張しつつ、しかも全体として見事な調和をもって迫ってくるという点で、優れてポリフォニックな作品ではないかと思うのす。
そこで、ポリフォニーとしての『ヘンリー六世』をいろいろな角度から見てみたいと思います。レジメ(4)の少年俳優の配役例をご覧ください。
ここでは少年俳優に焦点をあてて取り上げていますが、ご存じのとおり、三部作には膨大な数の人物が登場します。例えばアーデン版の編者たちの計算によると、第一部第二部第三部には、セリフのない役を含めまして少なくともそれぞれ70名以上の人物が登場していまして、当時の役者がこれをどういうふうに演じたかといいますと、場合によっては一人何役もこなしまして、例えば第一部は大人の俳優14人と少年俳優2人、第二部は大人の俳優21人と少年俳優5人、第三部は大人の俳優21人と少年俳優4人で演じられたのではないかと言われています。
(4)は、少年俳優がどんな役を演じたかという推定リストです。当時は、大人の幹部座員の他に、一時的に雇われる役者がいまして、そのほかにご存じのように女性や子供の役を演じる少年俳優がいました。今回の上演では、マーガレットを三部とも中嶋朋子さん、第一部のジャンヌ、第二部のジャーデーン、第三部の皇太子をソニンさんが演じています。シェイクスピアの時代には、例えば宮廷で催される仮面劇ですとか、それから外国の劇団などの非常に特殊な例を除いて、女性の役はすべて少年俳優が演じ、女性が舞台に立つことはありませんでした。特に若い女性の役は声変わり前の少年によって演じられていました。
(4)を見ますと、第一部ではジャンヌとオーヴェルニュ伯夫人が一人の少年俳優、第一部に出てくる若いころのヘンリー六世とマーガレットをもう一人の少年俳優が演じていたのではないかと言われています。この配役ですともちろんメリット、デメリットがありまして、今回の演出のように例えば第一部の最後でヘンリーたちが舞台から去った直後に、舞台に残ったサフォークとマーガレットが見つめ合うといったような演出は難しくなりますけれども、でもフランスの非常に愛国的かつ情熱的なジャンヌとオーヴェルニュ伯夫人という二人を同じ少年俳優が演じて、また若きヘンリー王とマーガレットをまた別の同じ少年俳優が演じるというのは、それはそれで面白い効果が醸し出されたのではないかと思います。
第二部では、マーガレット、エリナー、悪霊、ジャーデーン、シンコックスの妻の5役がそれぞれ5人の少年俳優によって演じられたかもしれないと言われています。
そして第三部では、マーガレット、グレー夫人、エドワード皇太子をそれぞれ別の少年俳優によって演じて、もう一人が他の若い人や女性の役ですね、ラットランド、ボーナ、リッチモンド、乳母の4役を一人の少年が演じていたのではないかという説があります。
この少年たちについては、残念ながらほとんど知られていないんですね。ぜひ知りたいところなんですけれども、言えることは特にジャンヌですとかマーガレットを演じた少年俳優は、たいへん才能に恵まれていた少年だったに違いない。おそらく少年といっても15歳か16歳で声変わり直前の経験も力量もある少年たちだったのではないかと言われています。