吉田 都 舞踊芸術監督インタビュー


新国立劇場 舞踊部門の新たな時代が幕を開ける!
2020/2021シーズンから舞踊芸術監督に就任するにあたり、会報誌「ジ・アトレ」2020年9月号に掲載された吉田 都 舞踊芸術監督インタビューをご紹介いたします。

吉田 都 舞踊芸術監督に訊く インタビュアー◎守山実花(バレエ評論家)

より多くの方にバレエを
観ていただきたい

舞踊芸術監督
吉田 都

――舞踊芸術監督としての一年めのシーズンがいよいよ始まります。

吉田 いろいろとアイデアが湧いてきて、夢は広がるばかりです。考えていることがどこまで実現できるのかはまだわかりませんが、この大切なバレエ団をより良いかたちで、次の芸術監督に受け渡していけたらと思います。

 新型コロナウイルス感染症が拡大している状況も考え、配信など新しい試みも公演活動と同時進行でやっていくことになるでしょう。ですが、公演というのは、劇場にいらしていただいたお客様にご覧いただくことで最終的に完成するものだと思います。多くのお客様に劇場にいらしていただけるよう努力していきます。

――コロナ禍というかつてない危機に世界中の劇場が直面しています。新国立劇場でも公演中止が続きました。

吉田 自粛期間中もダンサーはそれぞれ自分でケアをして、バレエ団に戻ってきてくれました。それが本当にありがたかったです。世界中のカンパニーやダンサーがオンラインで発信しており、新国立劇場は「巣ごもりシアター」、福岡雄大さんはインスタグラムで団員との対談企画を行いました。対談を通じてダンサーの素に触れ、親しみも感じていただけたのではないでしょうか。

 シーズン最初の演目に予定していたピーター・ライト版『白鳥の湖』(新制作)はイギリスがロックダウンされた関係で『ドン・キホーテ』に変更となりました。でもそのために、大原前監督のラインアップにあった『ドン・キホーテ』を引き継げたのは嬉しいです。前監督がなさった、いろいろなダンサーにチャンスがあるキャスティングもそのまま引き継ぎましたので、私も楽しみにしています。ライト版『白鳥の湖』はいずれご覧いただけるようにと考えています。

――芸術監督就任にあたり、これから力を入れていきたいことを教えてください。

吉田 より多くの方にバレエという芸術に触れていただき、知っていただくことです。配信も考えていますが、バレエ初心者の方にも劇場にいらしていただきたいですし、大人の方たちにはバレエ鑑賞も含めたナイトライフを楽しんでいただく提案もしたい。バレエのイメージが「発表会」で固まってしまっている方も多いようなので、プロのダンサーの舞台を観て、楽しんでいただく機会を提供できたらと思います。今の状況ですぐには難しいこともあるでしょうが、努力は続けたいです。

 現在、アトレ会員や賛助会員の方にはゲネプロをご覧いただいていますが、舞台を作る過程はお客様にとって興味深いものだと思うので、リハーサルなども少しオープンにしていけたらいいですね。

 英国ロイヤルバレエでは子ども向けの試みとして、見せるだけでなく一緒に踊るなどいろいろなことをやっていますので、そこからノウハウを学び、新国立劇場でもできることはどんどんチャレンジしたい。チャリティ、社会貢献など新国立劇場だからこそしなければいけないこともあります。

――これからの新国立劇場バレエ団に必要な演目はどのようなものをお考えでしょうか。

吉田 ダンサーにとってチャレンジとなる作品を入れたいですが、お客様が求めているものとかけ離れすぎていないかも念頭に置いています。お客様のニーズとのバランスが本当に難しい。でもそれは世界中どのカンパニーでも同じです。イギリスでもトリプルビルは集客が難しい時代がありましたが、今はほぼ満席で客席のみんながワクワクしています。新国立劇場でも「今ここで何かが起こっている」という熱気を巻き起こせたらと思います。

 そして新国立劇場バレエ団オリジナル作品の制作です。新作にはリスクもありますが、劇場の財産として残っていく作品とするために、やるからには時間もお金もかけてしっかり作らなければなりません。

――2020/2021シーズンのラインアップには、英国作品だけでなくさまざまな作品が入っていますね。

吉田 偏りたくなかったんです。私が選ぶからといってイギリスの作品ばかりにしたくない。もちろんいい作品がたくさんありますし、私だから伝えられるものもあると思うので、今後はイギリス作品もラインアップに入れていきます。また、ダンサーたちにとっては、いろいろな振付家と一緒に仕事をすることがとても大切です。刺激になりますから。

 ダンス公演に関しても、さまざまな可能性の中から新国立劇場だからできるものを選んでいます。今シーズンは入れられませんでしたが『DANCE to the Future』は振付家育成のとてもよい機会となっていますね。毎回すごく活気があり、私も楽しみにしています。ダンサーたちのエネルギーもとても感じます。ここからいつかオペラパレスで上演できる作品が生まれればと思っています。

「来てよかった」と思っていただける
舞台を全力で作ります

――ダンサー強化という側面ではいかがでしょうか?

吉田 それぞれ自分なりの表現ができるようになってほしい。大原前監督も表現力の強化を目標とされていましたが、引き続き力を入れたいです。例えばバジルと王子では歩き方ひとつ、手の出し方ひとつ違う。役を理解した上での表現があります。自然な演技が必要ですが、自然にしていてはダメ。そんなところを細かくやっていきたいと思います。

 あとはテクニックの強化。お稽古を頑張ってもらおうと思います。足先の使い方を強化したい。そして基本中の基本であるターンアウトですね。そこはお稽古でうるさく指導していきます。

――現場で指導に入られる時間が増えそうですね。

吉田 見ているとつい口を出したくなっちゃう(笑)。ダンサーは、どうしたらいいのか頭ではわかっていても、身体で実現するためには外部からリマインドしてもらわなければなりません。私もそうでした。だから諦めずにしつこく指導していきたい。私が踊っていた時に何が必要だったか、何がありがたかったか、精神的に辛かったこと、身体の痛み......ダンサーたちのためにも、自分が踊っていた時のことを忘れないようにしようと思います。

――現役引退から一年。ご自身の変化をどう感じていらっしゃいますか?

吉田 プライオリティが変わりました。現役時代は自分の身体と次の舞台に集中していましたが、今はエネルギーのすべてを監督の仕事に注いでいます。私にとって新しいことばかりですが、周りの方が助けてくださるのでありがたいです。

 以前は自分から発信しようなんて考えもしませんでしたが、今はバレエ団のことを広く知ってほしいですし、より多くの方にお会いしたい。苦手なんですけれど頑張って発信しています。全国で頑張っている子どもたちのためにも、バレエの未来のためも、どんどん発信していかなければ。

――レッスンは現在も続けていらっしゃいますか?

吉田 実はこの自粛期間中に再開したんです。引退後は稽古する時間もなく、身体を強化してから......と思っているうちにコロナ禍となりました。自宅でオンラインレッスンを受けるようになり、以来続けています。こんなにYouTubeを活用したことはありませんでした。徐々に身体が強くなってきているのが感じられるので、頑張って維持しようと思っています。

 メンテナンスといえば、バレエ団の環境の充実も急務です。まずトレーニングマシンが入ったのが嬉しくて! ダンサーや作品は世界レベルになってきているので、環境や経済面でも世界と同じレベルになっていくよう働きかけていきたいです。

――今、お客様に伝えたいことは?

吉田 コロナ禍がこの先どうなるのかわかりませんが、こういう時に劇場に来ていただけるとダンサーたちの励みになります。「来てよかった」「また来よう」と思っていただける舞台を全力で作っていきます。今、知らず知らずのうち、かなりのストレスを受けていらっしゃる方も多いと思いますので、芸術に触れることで、日常が戻ってきた安心感を得ていただければ嬉しいです。