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なにがすごいの「ヘンリー6世」?を掲載しました。

なにがすごいの「ヘンリー六世」? 

三輪えり花

会報誌 The Atre 8月号掲載

シェイクスピアは国家の広告代理店

0903e88bb1e4bb8f-2034 マスメディアのなかった時代、演劇こそが最も大勢に一時に語りかけられる手段でありました。国家権力を手に握る人たちは財力に物を言わせて、単なる娯楽として以上に、自らの主張と存在意義の正当性を訴えるために劇団を雇いました。シェイクスピアは宮内大臣のお抱え劇団の座付き作家。国家の悪口なんて書いたら即刻クビ。つまり彼は世論の方向性の鍵を握る大プロデューサー、国家の広告代理店の役割を担っていたのです。
 ときの女王エリザベスの父王ヘンリー八世はテューダー家の血筋。このテューダー王朝はヘンリー七世が、薔薇戦争によって分裂していたイングランドを統一したところから始まりました。しかし仲直りしたとはいえ両家は相変わらずに二大巨頭。おそらくエリザベスの座を虎視眈々と狙っていたことでしょう。テューダー家こそ正当かつ偉大なる王家である。「ヘンリー六世」はそれを証明し、民衆に訴え、巨大権力たりえる貴族たちを牽制するにはうってつけの大河ドラマだったのです。

大悪党の跳梁跋扈

 さて、この大プロパガンダ芝居、シェイクスピアのすごいところは、それを権力欲に0903e88bb1e4bb8f-237絡む愛と憎しみの攻防戦として描いた点です。登場人物は皆、実に魅力的な悪役振りを発揮します。そのうえ女たちがいずれも男勝りのつわもの揃い、心憎いほどの大悪役。
 「王になんかなりたくなかった」とひとりごつヘンリー六世は、周りの言いなりで自らは行動できずに嘆くだけの王として描かれます。良く言えば気の優しい、悪く言えば柔弱な王。だからこそ、周囲の人間たちが権力欲と保身のためにあつかましいほどに動くのが、より、はっきりと見えてくる構造です。
 敵国フランスのジャンヌ・ダルクは稀代の魔女として、これでもかと言うほど残酷で禍々しく描かれ、内紛の元凶であるランカスターとヨークの両者は枢機卿や摂政という宗教と政治の良心でなくてはならないのに子供のように諍いを起こし、ヘンリー六世の妻は不貞を働き、その不倫相手と手を組んで王をないがしろにし、ヘンリーを廃嫡したエドワードは三度の飯より女が好きという好色者。
 これほど大勢の悪役が、これほど魅力的に、これほどバラエティに富んで、これほど正当性を持って一気に登場してくる戯曲がほかにあるでしょうか? そう、「ヘンリー六世」はまるで悪役の見本帳。しかも、それぞれの主張や言い分はいずれも正当に思えるのが憎い。悪役であっても、ほろりとする人間臭さや弱さが垣間見える台詞があります。逆毛立つ様な呪いの台詞、延々と続く罵詈雑言でさえ、シェイクスピアの手にかかれば、見事な詩となり、それが映像のようにこちらの脳裏に迫ってくるのです。 0903e88bb1e4bb8f-2571

撮影:鵜山 仁(3点とも)

各エピソードの主軸と見所

 「ヘンリー六世」三部作は、ヘンリー六世が座す玉座を巡り、そのときどきにおいて最も跳梁跋扈した悪人たちがドラマを作ります。ですから、それぞれが独立したエピソードとして見ごたえがあります。たとえばシェイクスピアの戯曲「リチャード三世」のタイトルロールは、実は「ヘンリー六世」のなかでも大活躍。「ヘンリー六世」の第三部の最後の方には、後のリチャード三世が、いずれ天下を取ってやると誓う場面があります。では「ヘンリー六世」第三部を知らなかったら「リチャード三世」を楽しめないのかというとそうではありませんね。それと同じで、「ヘンリー六世」のそれぞれの部で、独立したドラマを楽しむことができます。では、各部で活躍する主軸の登場人物と見所をチェックしてみましょう。

―――第一部 

フランスの魔女ジャンヌ・ダルク VS イングランドの勇将トールボット


 ジャンヌ・ダルク率いるフランスとの百年戦争でトールボットは命を落としますが、それはフランスに負けたのではなく、ランカスター家とヨーク家の諍いのせい、つまり内紛が国家の英雄を見殺しにしたという悲劇。ジャンヌ・ダルクの用いる罵詈雑言、処刑寸前の嘘八百は、あっぱれ魔女の鑑。女優なら一度は演じてみたいものすごい役です。

―――第二部 

ヘンリー六世の妻マーガレットとその愛人サフォーク公 VS グロスター公


 こともあろうに王の妻が愛人と手を組み、保身のためにグロスターを陥れる残酷な権謀術数。殺されたサフォークの首を国王の前で抱きかかえて嘆くマーガレットの姿はまさに恋する女。グロスター公の妻も負けじと悪妻振りを発揮し、悪霊を呼び寄せるなど、マクベス夫人を髣髴とさせる場面も。三幕一場の終わりにヨーク公が時機到来を予感して述べる独白は、身震いするほど美しく恐ろしい。

―――第三部 

ついにヘンリー六世を退位させて王位についたヨーク側エドワード VS 追放された嘆きのヘンリー六世


 追放されたヘンリー六世が国王という立場の残酷さと理不尽さを切々と述べる独白が見事。戦の混乱の中で知らずに父親を殺してしまった息子、知らずに息子を殺してしまった父親、という民衆二人の嘆きの場面や、幼いラットランドが、何の罪咎もないのにヨークだというだけで殺される場面など、戦争の悲惨さと愚を強く訴えかける名場面が次から次に展開します。いずれ「リチャード三世」に描かれるヨーク家三兄弟の性質と確執も。殺される直前のヘンリー六世と後のリチャード三世との対話がドラマを最高潮に盛り上げます。
 
 「ヘンリー六世」の一挙上演は、そうそうあるものではありません。名優を揃えて満を持しての上演です。シェイクスピアのすごさ・面白さを余すところなく経験できる素晴らしいイベントになることでしょう! 好きなエピソードから見てしまう、という見方もできます。どうぞ、お好みに合わせて組み合わせてお楽しみください。

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