作:別役 実
演出:深津篤史

出演:稲垣吾郎/奥菜 恵/羽場裕一/山西 惇/紀伊川淳/足立智充/阿川雄輔/神野三鈴/大杉 漣

原爆で背中に負ったケロイドを、町中で見せびらかし、町の人々から拍手喝采を得たいと奇妙な情熱を抱く病人。彼を引き止め、人々はもう我々被爆者を愛しも憎みも嫌がりもしないんだ、ただとめどなく優しいだけなんだ、だからひっそり我慢することしかしてはいけないと説得する甥。ふたりの心の行き違いから、原爆病者の陥った閉塞状況を、ひいては人間全般の抱える存在の不安を、静けさの張りつめた筆致で描いた作品『象』は1962年の劇団「自由舞台」の旗揚げに上演され、深い孤独と不安に耐え、静かな生活をまもりぬこうとする人間の姿を鮮烈に描きながら、原爆の恐怖と苦しみを斬新な手法で表現し、日本演劇界に衝撃を与えました。
別役実25才の時、初期の代表作であり今も上演され続けている本作品のテーマは、発表から既に45年以上が経過した現在の日本、さらには世界の現状をみつめてみても全く色あせてはいません。
演出には、新国立劇場において、岸田國士作『動員挿話』初演、再演、三島由紀夫作『近代能楽集─弱法師─』を演出し高い評価を受けた深津篤史を迎え、今の時代に相応しい新しい視点から捉えた『象』を上演いたします。

ものがたり

入院中の「病人」をその甥である「男」が訪ねてくる。「病人」はヒロシマへの原子爆弾によるヒバクシャで街頭で裸になって背中のケロイドを見せ喝采を浴びていたが、既に病状が悪化し今は入院をしているようだ。二人の会話から「男」もヒバクシャであることが明らかになる。
男:静かに死んでしまいたいとは思いませんか?
病人:思わないね。俺はむしろ、死ぬ前に殺されたいと思っている。
男:何故?
病人:知らん。情熱的に生きたいのさ。
「病人」はまた元気になってあの町でケロイドを見せたいと願っているが、「男」は静かにそのときを待つべきだと主張する。二人の生き方の違いを主軸に据えながら、「病人の妻」、「医者」、「看護婦」など二人をとりまく様々な人々の姿から、ヒバクシャの抱える問題、それをとりまく世の中の問題が垣間見えてくる。そして遂に「男」も発病し、「病人」の隣のベットへと入院することとなる。あくまでも行動的な「病人」とは対照的に静かに死を迎えたいと願う「男」。ある雨の日、ついに「病人」はあの町へ出かけることを決意するのだが・・・。