演劇公演関連ニュース

<スペシャルコラムその3>多彩な登場人物――わけてもロイ・コーン――について ~『エンジェルス・イン・アメリカ』~

エンジェルス・イン・アメリカのチラシ画像
2023年4月18日(火)に開幕する『エンジェルス・イン・アメリカ』(二部作)は、初演以来高い評価を得ている、トニー・クシュナーの傑作。上演時間が各部4時間、合計8時間という長大な作品は、なぜ多くの観客を魅了し愛され続けているのか、萩尾瞳さんがわかりやすく解説してくださいました。3回シリーズの第3回目、最終回です。




萩尾 瞳 (映画・演劇・ミュージカル評論家)




『エンジェルス・イン・アメリカ』には個性的で魅力的な登場人物がいっぱい。なかでもインパクトがあるのはロイ・コーンだろう。彼は実在の人物。その悪名を世に知らしめたのが「ローゼンバーグ事件」だ。冷戦下、ソ連のスパイとして核科学者のジュリアス&エセル・ローゼンバーグをろくな証拠もないまま死刑に追いやった検事が、コーン。当時は、サルトルやブレヒトはじめ世界中の文化人を巻き込んで冤罪が論じられたのだった。



ロイ・コーンはこの事件でFBIのフーヴァー長官に見込まれ、ジョセフ・マッカーシーの右腕として50年代アメリカに吹き荒れた「赤狩り」で辣腕を振るう。マッカーシー失脚後は弁護士として活躍、時のレーガン政権にも食い込み、マフィアやドナルド・トランプ(!)らをクライアントに、弁護士資格を剥奪される1986年まで活躍している。



ロイ・コーン氏 World Telegram & Sun photo by Herman Hiller.

裁判官の父のもと裕福な家庭に生まれ、20歳でコロンビア大学ロースクールを卒業した超エリート。だのに、どこかコンプレックスの影も見える。ユダヤ系なのに反ユダヤ的言動をとり、民主党支持のはずが共和党の政治コンサルタントをしたり、自身ゲイなのを隠すのみならずゲイを圧迫したり。不思議なのは、嫌われ者だったはずが妙な人気もあったこと。人気のクラブに出没するなど、意外にヒップな面があったかららしい。



そんなロイ・コーンの人生最後の部分が『エンジェルス・イン・アメリカ』には描かれる。すごくイヤなヤツだけれど人間くさくて、うっかり魅了されてしまう面白いキャラクターとして。ついでに言えば、1992年製作のテレビ映画『虚偽/シチズン・コーン』ではコーンはいかにも悪役で、ダークで危うい雰囲気のジェームズ・ウッズが演じ、似合っていた。



1993年、ブロードウェイでの第一部初演のコーン役でトニー賞主演男優賞を受賞したのはロン・リーブマン。古典からニール・サイモンまで硬軟どちらもうまいベテラン俳優だ。このときプライアー役で助演男優賞を受賞したスティ-ブン・スピネラは、94年の第二部上演で今度は主演男優賞を受賞。助演男優賞を受賞したのは、ベリーズ役のジェフリー・ライトだった。



2017年のロンドン上演版とそのブロードウェイ進出版(2018)でコーンを演じたのはネイサン・レインだ。『プロデューサーズ』(2001)はじめミュージカル・コメディでも名高い彼は、これでトニー賞助演男優賞を受賞する。え、助演?! と思ったでしょ? 主演男優賞はプライアーを演じたアンドリュー・ガーフィールドが受賞。一般的にはヒット・シリーズ映画のスパイダーマンとしてとして有名だが、演技派として評価も高い。



要するにトニー賞のカテゴリーは便宜的なもので、『エンジェルス・イン・アメリカ』の登場人物は誰もが主役なのだろう。実際、マイク・ニコルズ監督のテレビ映画版は、ロイ・コーンをアル・パチーノ、ハンナにメリル・ストリープはじめエマ・トンプソン、パトリック・ウィルソンと、まさにオールスター・キャストの全員主演である。まあ、ちょっぴりプライアーひいきに見えなくもない。演じるジャスティン・カークは美々しいし、彼のご先祖様というちょい役を英国の名優マイケル・ガンボンとサイモン・キャロウが演じているのだもの。



さて、どの役が心に刺さるか、あるいは共感できるのか、はたまた笑えるか......そこは舞台を見てのお楽しみである。



~~~~~~~

全3回のコラムは今回で終了です。


第1回<スペシャルコラムその1>笑いと驚きのジェットコースター 

第2回<スペシャルコラムその2>トニー・クシュナーの作品たち――スピルバーグとのコラボなど



はぎお・ひとみ
映画・ミュージカル・演劇評論家。朝日新聞でミュージカル評を担当。読売演劇大賞、菊田一夫演劇賞などの選考委員を務める。主な著書に『ミュージカルに連れてって!』(青弓社)、『「レ・ミゼラブル」の100人』(キネマ旬報社)、共編著・監修に『はじめてのミュージカル映画 萩尾瞳ベストセレクション50』(近代映画社)などがある。




●公演詳細はこちら


エンジェルス・イン・アメリカ

会場:新国立劇場 小劇場

上演期間:2023年4月18日(水)~5月28日(日)

A席 7,700円 B席 3,300円

※一部・二部通し券(A席のみ) 13,800円