演劇公演関連ニュース

小川絵梨子演劇芸術監督が語る2022/2023シーズン

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2022/2023シーズンの演劇は、9月、二度の中止を経て来日公演が実現するフランス、パリの国立オデオン劇場制作『ガラスの動物園』で開幕し、2023年7月、長塚圭史が手がける子どもと大人が共に楽しめる新作まで、7作品をラインアップ。書き下ろし3作が並ぶシリーズ【未来につなぐもの】を含め、新たな才能との出会いに満ちたシーズン、その展望を貫くビジョンについて小川絵梨子芸術監督に聞いた。

インタビュアー◎尾上そら(演劇ライター)

『ガラスの動物園』の上演がついに実現 『レオポルトシュタット』は一大叙事詩かつ普遍的な「家族の物語」

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『ガラスの動物園』

――3年越しに来日が実現する『ガラスの動物園』は、新シーズンの口火を切るためにふさわしい刺激に満ちた作品かと。

小川 おっしゃる通り演出を手掛けたイヴォ・ヴァン・ホーヴェは、その作品が常に世界の注目を集める才能の持ち主。しかも母アマンダ役は映像、舞台の別なく世界的に活躍するイザベル・ユペールですから、ジャンルを超えたお客様との出会いを劇場にもたらしてくれると考えています。

 演劇部門はここ数年海外からの招聘作品が少なかったこともあり、パリの国立オデオン劇場には今作制作前の2017年頃から訪れ、劇場間の交流、その可能性も含めてのやりとりを重ねてきました。ホーヴェさんの他の作品は観ているものの、今作はパリでも何度も中止や延期となり、私自身もまだ観ることが叶っていません。ですがオデオン劇場の皆さんが粘り強く対処してくださったうえ、国内外の多くの方のご協力を賜り、公演の実現に至ることができました。これをきっかけに、両劇場の豊かな創作上の協働へと発展していくことを願ってやみません。

――続く10月は小川さん自身の演出で、英国の劇作家トム・ストッパードの『レオポルトシュタット』(2020年初演)が日本初演となります。

小川 私はこれまで『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(1966年初演)や『ほんとうのハウンド警部』(1968年初演)など、初期の実験的なニュアンスが織り込まれたストッパード作品を演出する機会はいただいていたのですが、比べると今作はユダヤ系である作家自身の自伝的要素を含む、ある意味わかりやすい戯曲。翻訳を手掛けた広田敦郎さんに紹介していただいたのですが、オーストリアを舞台に1899年から1955年まで4世代にわたるユダヤ人のメルツ一族が、戦争や革命、ナチスの支配とそれに続くホロコーストに蹂躙される一大叙事詩であると同時に、普遍的な「家族の物語」でもあるんです。

――中劇場で30人近い出演者というスケール感に期待が募ります。

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『レオポルトシュタット』

小川 自身のルーツを知らないことを責められる、幼いストッパードと思われる登場人物が出てくるほか、キャストにはそれぞれの世代で複数役を演じていただくことになり、演劇的な趣向をいろいろと講じることになりそうです。

 また、自分の出自を遡りつつ物語を紡ぐ、ストッパードの客観的な視点と距離感が絶妙で、時代や政治体制が変わっても迫害され続けるユダヤ人の受難の歴史と同時に、生き残るためには驚くべき"離れ業"もやってのける大胆さなども描かれる。そのうえ筆致は力みがまるで感じられない軽やかさで、さすがとしか言いようがありません。

――戦禍に苦しめられる人々について日々報道される現在、感じることの多い上演になりそうです。

小川 私自身は体験しようのない暴力に苛まれる人々の苦しみに、戯曲を通して真摯に向き合い、舞台に立ち上げなければ、と考えています。同時に彼・彼女らの日常や生活の中には、ユーモアや生き抜くためのタフさを示すエピソードがいくつもあり、それらをきちんと表現してこそメルツ家の人々とユダヤ民族の悲劇がくっきりと浮かび上がるはず。

 戦場やホロコーストの具体的な描写があるわけではなく、劇中描かれる多くはメルツ家の日常なのですが、その裏側で行われている破壊や迫害がじわりと伝わってくる戯曲は見事の一言に尽きます。今は背景となる歴史の資料などを読みながら準備をしているところ。稽古場で俳優の皆さんと、それら歴史的事実を共有することも大切な作業になるはずです。

三つの新作を上演するシリーズ【未来につなぐもの】 作家×演出家の化学反応に期待

――続く11月の『私の一ヶ月』は2019年5月から実施しているイギリス、ロイヤルコート劇場との連携による劇作家ワークショップから生まれた須貝英による書き下ろし。さらに12月の横山拓也『夜明けの寄り鯨』、翌23年6月の山田佳奈による『楽園』の3作を、【未来につなぐもの】と題した新作のシリーズとしてくくりました。

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『私の一ヶ月』

小川 2021年2月まで1年9ヶ月かけて3段階のワークショップを重ねた「ロイヤルコート劇場×新国立劇場 劇作家ワークショップ」は、私が芸術監督就任時に掲げた取り組みのひとつ。本来であれば劇作家たちが仕上げた戯曲から選抜

したものを、イギリスでリーディング上演しようとしていたのですが、感染症禍により阻まれてしまいました。なので『私の一ヶ月』は、このワークショップから生まれた初めて観客の目に触れる作品になります。

 ワークショップで学ぶのは戯曲を書くための様々なアプローチや技術ですが、それを身に着けたからといって作品が書けるようになるわけではなく、むしろ書きたいことが見つかった時にそれら技術をどう使うのか、「書く」という作業を劇作家同士はもちろん、創作を共にする仲間とどう共有し、育てていくべきかということを参加者には持ち帰っていただけたように思います。

 元々上演を前提とせずに書かれた戯曲なので、今は作家の須貝さんと新国立劇場では『誤解』(2018年)を演出してくださった文学座の稲葉賀恵さんとの間で、上演のためのディベロップメントが重ねられていて。「こつこつプロジェクト」の目的も同様ですが、時間をかけて作品を共有しながら育てていくつくり方が、日本でも常態となっていくことが私の目指すところですし、そのことによって作品のポテンシャルが上がり、創作を楽しめる人が増えたらと切に願っているんです。今作はその一歩として、大きな意義のあるものだと考えています。

――横山さんは自身のユニットiakuを越えて、新劇団への書き下ろしや民間劇場への作品提供などで幅広く活躍されている劇作家です。

小川 私が初めて拝見した作品も、俳優座さんでの『雉はじめて鳴く』(2020年)でした。現代社会やそこで生きる人々が直面している問題、抱え込んでいる潜在的な不安などにアクセスし、巧みに作品化する作家として以前から執筆を依頼したいと考えていましたし、お会いしてお話ししたことで創作に対してだけでない真摯なお人柄も知り、ぜひ書き下ろしをと話が進みました。和歌山県の港町を舞台に、一人の女性の心の遍歴を描く物語とのことで、横山さんの深い洞察が活きた戯曲になりそうです。

――演出は「こつこつプロジェクト」第一期に参加された大澤遊さんです。


小川 丁寧に戯曲を掘り起こし、細やかに立ち上げる大澤さんの演出家としての仕事ぶりは「こつこつプロジェクト」以前から信頼しているもの。人の心の内面を深く見つめる劇作家・横山さんとのタッグで、どんな化学反応が起きるか私自身とても楽しみにしています。

――シリーズ最終作の山田佳奈さんも、主宰するロ字ックだけでなく映像分野でも活躍する気鋭のつくり手です。

小川 山田さんと、演出を手掛ける俳優座所属の眞鍋卓嗣さん、お二人とも以前から新国立劇場での創作をお願いしたかった方。題材は、山田さんが映像の仕事で行かれた沖縄で知った、失われつつある地域の祭祀をめぐる人間模様を描くものと聞いており、シリーズ・タイトルにふさわしい内容になりそうです。このチームも執筆段階の今から、山田さんと眞鍋さんお2人で情報や進捗を共有しつつ作業をしてくださっていて、その先の作品の充実に期待しかありません。

大作を二ヶ月間上演 フルオーディション企画『エンジェルス・イン・アメリカ』

――そして順番は前後しますが、2023年4、5月は2ヶ月にわたってトニー・クシュナーの大作『エンジェルス・イン・アメリカ』が、「フルオーディション」によるチームで上演されます。

小川 2021年4月に同じ「フルオーディション」による『斬られの仙太』(三好十郎 作)も演出された、上村聡史さんに再び登板していただきます。今回も多くの力ある俳優の皆さんが、オーディションに参戦してくださいました。小劇場で2ヶ月間ガツンと上演することも新たな挑戦であり、劇場の可能性を広げることになると考えています。

――1991年の初演以来、古びることなく世界各国で上演を重ねている今作。八五年のニューヨークを舞台に、時空を超越したドラマが1、2部それぞれ約4時間、計8時間の長尺で繰り広げられますが、小川さんは今作の魅力をどんなものとお考えですか?

小川 これまで出会った中で五指に入る大好きな戯曲で、時代や国、文化を超越したサーガ(※中世のアイスランドで成立した古ノルド語で書かれた散文物語の総称。転じて壮大な歴史、冒険物語、ファンタジーなどの意味にも使われる)だと思っています。同性愛や人種差別、エイズ、政治腐敗など社会にコミットしたモチーフも劇中に数多く描かれますが、個々の問題よりも、「人類がなんらかの困難に直面した時、何を選択して進む・あるいは立ち止まるのか」ということを相対的に描いていると私には思える。クシュナーの問題提起は初演から30年以上経った今も私たちにビビッドに響くもので、気まぐれな神の救いだけを頼らず、人間が自分の足で一歩を踏み出すラストは、変わらぬ感動を今の観客にももたらしてくれるはずです。

――ラストは2023年7月、長塚圭史さんによる作・演出の新作です。

小川 「子どもと大人が一緒に楽しめるフィジカルな表現を活かした作品」ということ以外、まだお伝えできることはありません(笑)。ですが2014年の『音のいない世界で』から2019年の『イヌビト~犬人~』まで、世代を超えた観客に訴える3作を新国立劇場のためにつくってくださった長塚さんですから、私も多くの子どもたちと一緒に新作を楽しみに待ちたいと思います。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 8月号掲載