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ロイヤルコート劇場×新国立劇場「劇作家ワークショップ」第3フェーズ-Bを終えて

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木内宏昌(演出家・劇作家・翻訳家)

小川絵梨子(新国立劇場 演劇芸術監督・演出家)

茂木令子(新国立劇場 演劇プロデューサー)


俳優の「声」で気付く戯曲の言葉



茂木 「劇作家ワークショップ」第3フェーズ-Bでは、来日するロイヤルコート劇場のチームとのワークショップが予定されていたのですが、コロナ禍により形式を変えて、小川絵梨子芸術監督とともに、木内宏昌さんにご参加をお願いしました。最終的な参加者は12人。彼らがこの1年を通してブラッシュアップを進めながら書いた戯曲を俳優に読んでもらいながらセッションを進めました。よかった点や改善点などを振り返りたいと思います。

小川 今回は俳優に参加してもらったことが、とてもよかったですね。劇作家が書いた戯曲を目で読むだけではなく、俳優に読んでもらって、劇作家自身も耳で自分の戯曲を聞いた上で話し合っていくので、気づいたことはたくさんあったと思います。


木内
 台本は俳優が話すことを想定して書いていますからね。


小川
 ヴィヴィッドなものを感じやすい場になったと思います。劇作家には「ここは、ちょっとわからなかったかも」とか「こうすれば、もっと面白く伝わるかも」と具体的に伝えることが多かったです。


茂木
 木内さんはこの「劇作家ワークショップ」についてはご存知でしたか。


木内
 新国立劇場が始める前、ロイヤルコート劇場が実施していたときから知っていました。実は昔、「ロイヤルコートに戯曲を送っちゃいなよ」と言われて、送ったことがあって。日本でも新国立劇場が「劇作家ワークショップ」をやると聞いたときに「やりたい! 応募しよう!」と思っていたのに年齢制限が35歳でした(笑)。


茂木
 ああ、それは(笑)。共催のロイヤルコート劇場の規定なので、お許し下さい。


木内
 今回のような劇作家を育てるプログラムは、日本にはあまりないですよね。今回、ファシリテーターの立場としてお声掛けいただいたとき、このプログラムが続いていたことも嬉しかったです。

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茂木
 お二人にファシリテーターとしてご参加いただいた時点で、劇作家の皆さんには、第三稿、人によっては第四稿までブラッシュアップを進めてもらっていました。劇作家でもある木内さんは若い劇作家たちと会ってみて、いかがでしたか。


木内
 自分がみんなより年上という自覚が実はあまりないのだけど(笑)、彼らの創作過程を見ることができたことは、とてもよかったです。たとえば、二十代で戯曲の書き方の手法を知って、さらに自分自身を思い切り出して戯曲を書き始められたならば、もしかしたら割と多くの人が40、50代くらいまでに名作を書けるかもしれない。


小川 
なるほど! そうかもしれないですね。


木内
 ところが演出家はそうはいかないでしょ。劇作家はテーマを発見して、伝えたい相手を明確に、最高のラブレターを書くように一作品に全身全霊を込めることで、いいものが生まれることがあるかもしれない。ただ、プロフェッショナルの劇作家を目指すには、自分以外の他者の目が加わらないと、いい作品は生まれないと思うんです。そうしたときに創作過程で俳優に参加してもらい他人の声で自分の言葉を耳で聞くことで、たくさんの発見があると思う。俳優が「書かせてくれる」という感覚を与えてくれるから。ある意味、座付き作家のあり方を、身をもって体験できるワークショップでもあったように思います。


小川 
確かに俳優に参加してもらったことで戯曲が具体的に立ち上がっていく瞬間はありました。


木内
 一人の人の頭の中にだけあった言葉を俳優の肉体を通して耳で聞くと「人間の言葉は生きている!」ということが体感できて、それを受け入れていく場になっていく。劇作家独りの作業が開かれたものになっていくわけです。



創作過程で第三者と意見交換をしていくことで見えること



茂木 孤独な作業の悩みや問題点を他者とシェアすることが、劇作家ワークショップの一つの目的でもありますが、それはできていたと思いますか。


小川
 できていたと思います。私自身は演出するときに意見交換をすることでやりたいことが見えてくるタイプです。今回参加された劇作家の皆さんも創作過程で他者の声を聞くことで見えてくることやたくさんの発見をされたと思います。


木内
 「劇作家ワークショップ」はそれができるから、得ることは大きいですよね。


茂木
 やってみた感想として、よかった点や改善点はありますか。


木内
 僕は台本について「わからないこと」を最初に伝えていました。質問や引っかかることから先に言う傾向があったかもしれない。すると劇作家たちは、戯曲で伝えたかったことを話してくれるのですが、適度にバランスを取った方がよかったかもしれないね。


茂木
 新国立劇劇場がロイヤルコート劇場の力を借りつつ「劇作家ワークショップ」をやろうとしたとき、参加してくれた劇作家に対して、手を差し伸べ過ぎてもいけないし、勝手にやってもらうのもちょっと違う。加減が難しいと感じました。今回の参加者には劇作だけでなく演出もされる方もいて、自分で演出される分、言葉やト書きが少ない傾向がある。そういった点では、どうでしたか。


小川
 確かに、もっと書いてほしい作品もありました。私の演出脳は、読んでいる段階では、そこまで緻密に立ち上げてなくて、俳優に立ってもらったときに、やっと見えてくるんです。1シーンでも立ち上げるところまでできたら、もっと具体的に言えたこともあったと思います。そこは心残りですね。


茂木
 戯曲の"完成"はどこなのか、ということでもありますよね。戯曲は書き上げて納品したら完成だと多くの人が思っていて、でも本当は芝居として立ち上げてようやく完成するもの。「劇作家ワークショップ」として、そこまで考えていけるといいなという思いがありました。一回で学べたことと、一回では学べなかったことが劇作家にも我々にもあると思います。

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「劇作家ワークショップ」の目的



木内 このワークショップの目的についても改めて考えたくなりますよね。「劇作家」を作るためなのか、それとも「戯曲」一作品を作るためのワークショップなのか。劇作家が死守してでも書きたいことを僕たちと共有しながら作り上げていかないと、いい作品は生まれないと思います。例えば、僕が英語を日本語に翻訳する場合には、英語のピリオドはとても重要なもの。一文でピリオドが少なければ、エネルギーが最後まで続いているという一つの目安になる。日本の句読点は、エネルギーというよりは、また違った何かを伝える道具になっているかも。イギリスは劇作家が劇詩人であるところから始まっているぐらいだから、根本が違うのかな。さらに、原稿用紙に自分の手で書く作家と、パソコンを使って身体のリズムで打って書くのとでは、やっぱり作家性そのものも変わってきます。日本では安部公房がワープロで打つ人だったから、安部公房の文体が生まれたとも言われていて。「書く」という運動が文体になっていくんですよ。


小川
 なるほど。


木内
 安部公房の文体は、そういった点から英訳しやすくて、海外の人から読みやすいと言われるようになりました。原稿用紙に一文字ずつ文字を書く井上ひさしさんの文体とは明らかに違う。演出家や俳優は、作家の文体とどのように付き合うかも一つの楽しみでもあるんです。


小川
 わかります。


木内 
「この台詞を口に出して読んでみたい!」と思わせる戯曲が書ければ、劇作家としては勝ちですよね。作り上げていく文体と、癖みたいなものも含めて否が応でも出てしまう文体ってあると思う。そういう意味で言うと「今はこういう文体が流行りなのか」と共通点を見出してしまう。昔の劇作家にはそれぞれ個性があったと思うし、挑発的なものもありました。文体というよりも音楽みたいに感じさせてくれるものもあった。今回はご本人独自のスタイルを探している人もいたから、そういう意味で楽しかったです。


小川
 自分が書きたいことは何かについて突きつけられることは怖いことですよね。そこに向き合う不安感をシェアできたことはよかったと思います。第3フェーズ-Bを開催するにあたってロイヤルコート劇場ともその重要性を確認しましたよね。

茂木 しました。「劇作家ワークショップ」第3フェーズ-Bを始める前に、ロイヤルコートのファシリテーターたちとワークショップの目的やディスカッションの空気作りについて確認を重ねました。目的は劇作家たちの作品づくりをサポートすること。演出家や俳優を交えたディスカッションはあくまで新しい発見の一助となるため、劇作家たちが創作を続けられるようにするためである、と。一つの戯曲を仕上げることではなく、たとえ答えがでなかったとしても、劇作家が演出家と俳優と一緒にやっていくことに意味があるということですよね。一人では思いつかない広がりがやっぱり生まれるから。


小川
 そうですね。


茂木
 参加した劇作家は戯曲を書き上げるたびに「1 on 1」という個人面談をロイヤルコート側と行っているんですが、3-B後の「1 on 1」では、絵梨子さんや木内さん、あるいは俳優に言われていたことと、わりと同じことが話題になっていた、という印象でした。戯曲を書き上げることが大事になっている人が、やや多くなってしまっている部分もありますし、また、我々もそれを求めてしまったかもしれないと思います。


小川
 そこは難しいところですね。 ワークショップの主催者として成果物としての戯曲も欲しいけれど、ある程度の距離感を持ってお互いイーブンの関係を保たないといけない。演劇を通して何らかの大きな社会貢献に繋がっていくことを信じているわけで、そういう体験になってもらえたら嬉しいのだけど。

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木内
 少し逸れますが、ふと考えてしまったことがあって。それは、本当にオリジナルの戯曲はあるんだろうか、ということ。つまり日本が新劇を輸入する以前、舞台とは歌舞伎がメインだったわけです。でも、歌舞伎はまったくオリジナルではないですよね。新作と銘打っていても、既存の、市井で話題となった物語をどのように劇にするかが戯作者だったわけで。先人たちは、ゼロから生み出したオリジナルのものではなく、もらったものを作り変えている。でもそれが「作る」ということで、それだって立派に「新作」なわけです。そう思うとちょっと楽になるよね。他人と関わり合いながら、一つの形を探していく作業の楽しみを得ていかないと、劇作はなかなか難しいから。


茂木
 自分が書いたものを、俯瞰して検証する作業をすると、ちょっと楽になるということをこのワークショップを通して知ってもらえたらいいですよね。実際に楽になれるかどうかは別として。


木内
 このワークショップで生まれた作品は、コロナ禍による影響はありましたか? 2021年の岸田國士戯曲賞は、受賞作が出ませんでした。コロナのことをみんな意識し過ぎていたと選評にありました。


茂木
 「劇作家ワークショップ」で生まれた作品には、コロナ禍の影響を受けている印象はなかったですね。書き始めた時がコロナ禍前、ということもありますし、決まった時期の上演を前提とせずにディベロップしよう、というワークショップだったから。


小川
 でもディベロップするっていうことを楽しんでくれる人が思っている以上にいっぱいいたことが嬉しいです。


木内
 そうですね。


小川
 すぐに公演に繋がるものとは違いますが、それでもこうして「劇作家ワークショップ」を楽しんで下さったこと、戯曲を書くという目的だけでなくその過程をとても楽しんで下さった事をありがたく感じています。


茂木
 いくら話しても話し足りないので、まとまったことですし、はい!ありがとうございました。


小川
 急(笑)。ありがとうございました。


(インタビュアー:今村麻子)