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ロイヤルコート劇場×新国立劇場「劇作家ワークショップ」を振り返る

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Royal Court Theatre and New National Theatre, Tokyo Playwrights' Workshop

ロイヤルコート劇場 アソシエイトディレクター サム・プリチャード

新国立劇場 演劇芸術監督 小川絵梨子

イギリスのロイヤルコート劇場と新国立劇場の共同主催「劇作家ワークショップ」が2019年5月から2021年2月までの1年9カ月の間に開催された。ロイヤルコート劇場からアソシエイトディレクターのサム・プリチャード、文芸マネージャーのジェーン・ファローフィールド、劇作家でロイヤルコート劇場のワークショップ経験者でもあるアリスター・マクドウォールの三人が来日。2020年6月以降は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、リモートで行われた時期も経て3段階のワークショップを終えた。日本の若手劇作家がこのワークショップで新作戯曲を創り上げた成果について、サム・プリチャードと小川絵梨子がオンライン上で振り返った。




具体的な手法で劇作を手掛けることで世界が広がる



サム まずは、1年9カ月という長期間にわたって「劇作家ワークショップ」を実施していただき、ありがとうございます。

小川 こちらこそありがとうございます! 2017年5月にロンドンのロイヤルコート劇場に伺い、サムさんから「劇作家ワークショップ」について教えていただきました。帰国してすぐに新国立劇場でも実施したいとお伝えして。


サム
 プロジェクトを立ち上げてから早いもので4年が経ったのですね。立ち上がりから実施までは2年弱、むしろこの短期間で達成できたことは素晴らしいことです。今回の新国立劇場と共催の「劇作家ワークショップ」に参加した日本の劇作家14人からフィードバックをもらいましたが、彼らが学んだことや手応えから、絵梨子さんが今どのようなことを感じているのかについて興味があります。


小川
 参加した劇作家それぞれがお互いの作品を読み、話し合って推敲を重ねていくような環境が生まれたことがとても嬉しい成果の一つです。じっくりと時間をかけて戯曲を書き、他の人の意見を聞くことによってブラッシュアップをしていく。そのことを我々スタッフも身をもって体感できたことは本当にありがたく新国立劇場の財産になりました。


サム
 それはよかった! ぼくたちが実践してきたことが日本の新国立劇場でも実を結び嬉しいです。


小川
 戯曲をどのように捉えて、どういうアプローチで作り上げていくのか。概念ではなくて具体的な手法で実践していったことはとても新鮮で刺激的でした。


サム
 ありがとう!


小川
 具体的な手法に乗っ取りアプローチしていく手法は、劇作にかぎらず演出や演技についてもあまり確立されていないのが日本の現状だと言えます。戯曲とは、特別な才能のある劇作家が独りで生み出すもの、と思われがちです。演出家も俳優も"特別な才能を持っている人"だけがやる芸術と思われているふしがある気がします。


サム
 なるほど。


小川
 今回サムさんをはじめロイヤルコート劇場の皆さんから、劇作にも具体的な手法があるということを教えていただいたことは本当に大きいです。


サム
 嬉しいですね。


小川
 具体的な手法による創作のあり方があることを知って、それを足掛かりに演劇のクリエイションに入っていく。「才能のある人だけに許された特別なもの」と捉えられていた演劇が、そんなことはなくて、「身近なもの」なんだよ、と教えてくれた。作り手の間口を広げることにつながり、劇作家を志す人にとって勇気にもなります。



何をテーマに書くか、日英それぞれの劇作家における探究



サム ぼくたちも今回参加してくださった日本の劇作家から学ぶところがありました。日本の戯曲はイメージや言葉に重きを置いていると感じたんです。まず初めに参加者の劇作家それぞれに「何を書きたいか」を聞きながらテーマを探求してもらいました。ぼくたちからは特定の何かを勧めなかったものの、彼らは「具体的な何か」ではなく「概念的なもの」をテーマにしていました。これはイギリスの作品に比べると日本の劇作家全体の特徴なのかもしれません。つまり世界で起こっている時事的な問題や政治的な問題を、必ずしも直接的なテーマとして掲げていない。そういう印象を今回の参加者全員から受けました。


小川
 日本の劇作の傾向についての客観的なご意見ですね。とても興味深いです。


サム
 今回の参加者の作品にどのような印象を持ちましたか。


小川
 死生観をテーマにした戯曲など、全体的に暗い題材を扱っていたことに驚きました。


サム 
確かにそうですね。普遍的な悲しみや復讐について書いている人もいました。現代社会で起こっている政治的な問題などは少しだけ盛り込んでいる、といった印象です。つまり、現代におけるジェンダーの問題など大きなテーマは全面に掲げられるのではなく、作品の根底に流れているようなイメージです。いいとか悪いとかではなく世代の特徴だと思います。


小川
 確かに、特に日本の1970年代以降の戯曲は、サムさんのおっしゃるような傾向が劇作の一つのスタイルとして確立している部分もあるかも。


サム
 たとえば「戦争」というと、イギリスでは今でも続いているものという共通認識がある。でも今回参加してくれた世代の日本の劇作家にとっては第二次世界大戦だけを指すんですね。イギリスの現代作家は同時代に世界で起きていることを題材にしたり、今まで舞台上で表現されたことがないものを表現しようとする。日本の劇作家に比べてもっと直接的なアプローチをしていると思います。


小川
 日英それぞれの劇作家が捉える同時代から作品の世界観が見えてきておもしろいです。



「劇作家ワークショップ」を発展させるために



サム 「劇作家ワークショップ」を終えて次のステップとして、劇作家との今後の関係性や作品をどのように発展させていきたいですか。


小川
 今回この企画に興味を持って参加してくださった劇作家の皆さんに出会えたこと、そして一緒に時間を過ごせたこと、それは新国立劇場にとって大きな財産となりました。ワークショップは終わっても、共存しながら育って行きたいです。一つの作品で善し悪しを判断されるのではなく、長期的に育んでいくことを根付かせていくこと。それが演劇界全体の更なる発展や可能性を広げることにもつながっていくと思います。


サム
 それは素晴らしい!


小川
 参加してくださった劇作家の皆さんにとって、このワークショップに参加したことが、初めの一歩を踏み出す人生の大きなターニングポイントになっていたらいいな、と思います。独りぼっちで書いて自分だけの世界で完結することなく、劇作家同士のコミュニティができて、それぞれの意見を聞いて、話し合って、時間をかけてじっくりと取り組んでいく。これは今回の2年弱のワークショップで終了してしまうプロジェクトではないと思います。


サム
 そのようにプロジェクトを捉えてくれて、ぼくたちも嬉しいです。これまでの関係性をさらに深めて築いていくことが、今回のプロジェクトの大きな目的のうちの一つだったと思います。絵梨子さんが言う「時間をかけること」とは、まさにロイヤルコート劇場の芸術監督が何代もバトンをわたしながら築いてきたレガシーでもあります。一つの世代が2年程で育つような簡単なものではないし、そこですぐに名作が生まれるというのはなかなか難しいから。


小川
 本当にそう!


サム
 絵梨子さんをはじめ、制作チームのスタッフたちが、劇作家たちに対して好奇心を持ってオープンマインドで関係性を築いてプロジェクトを進めてくれたことも本当に嬉しい。ありがとう!! 次世代の劇作家たちにとって新国立劇場が家のような存在になるのはとてもいいですよね。これからもどのように発展させていけるかを模索しながらいつでも準備をして待っています。


小川
 とても心強いです。


サム
 新国立劇場で長期的なプロジェクトとして積み重ねていくことが大事だと思います。ぼくたちも、どんな新しい方法があるか、どのように日本の劇作家をサポートできるかを考えていくので、いつでも言ってください。


小川
 ありがとう! サムさんをはじめロイヤルコート劇場の皆さんとつながって互いにインスパイアしながら新たな戯曲が生まれたら、これほど素晴らしいことはありません。


サム
 ぼくたちも今回のワークショップで関係を築けたことはとても嬉しくて、これからも続けていきたいです。今回参加してくれた日本の劇作家たちの次の作品も楽しみにしています。



(インタビュアー:今村麻子)