夢の痂

作:井上ひさし 
演出:栗山民也

出演:角野卓造/小林 隆/福本伸一/石田圭祐/辻 萬長
   三田和代/藤谷美紀/神野三鈴/熊谷真実

シーズン後半は、井上ひさしによる「東京裁判三部作」が満を持して登場します。
「東京裁判三部作」は2001年、「時代と記憶」シリーズの一つとして上演された『夢の裂け目』を皮切りに、2003年『夢の泪』、06年『夢の痂』と上演された、いわば井上ひさしのライフワークともいえる問題作。「戦争」そして「東京裁判」を当時の市井の人々の生活を借りて見つめ、「東京裁判」の、そして「戦争」の真実を改めて問うた作品群です。01年から06年と足掛け6年をかけて上演されたこの「夢シリーズ」を10年春より3ヶ月にわたり、連続上演する注目必至の企画です。
また、近年の井上作品に欠かせなくなった、数人のミュージシャンを交えての「音楽劇」としての形態は、実は01年の『夢の裂け目』から始まったもの。日本人として避けては通れない硬質な問題を提起しながらも、笑いと音楽をふんだんに盛り込み、宇野誠一郎・井上ひさしによる数々の名曲を生んだこのシリーズ作品に、今回は初演メンバーに加え、辻萬長、木場勝己、土居裕子ら、実力派俳優たちも新たに参加し、さらに面白く、楽しく、時に哀しく、怒りと共に、「東京裁判」を描きます。どうぞご期待ください。

ものがたり

昭和20年8月28日、熱海屏風ヶ浦の断崖から一人の男が投身自殺した。名は三宅徳次、陸軍大佐、大本営参謀。「戦争責任は、作戦立案した我等にあり」との遺書を大連にいる娘・友子宛に認めたのだが、彼の遺体はいつまでもあがらなかった。
昭和22年7月下旬。東北のある町、佐藤織物の別邸。
当主・八代目作兵衛は戦後の混乱期の今、農地改革、未曾有のインフレ、組合運動の先鋭化など多くの問題を抱えているほか、国語教師の長女・絹子は行かず後家。次女・繭子は、東京で三流画家に貢ぐばかりか、額縁ヌードショーに出演する始末。屏風美術館の開設だけが生きがいの作兵衛。その仕事を今は、上野の古美術商の兄のもとで働いている徳次が手伝っている。投身自殺を図ったものの、崖に生えた松の木に引っかかって助かっていたのだった。そこへ大連から命からがら引き揚げてきた友子が訪ねて来て、親子は久しぶりの再会を果たす。
そんな佐藤家に、地方新聞の主筆をしている尾形明が絹子の見合い相手としてやって来る。さらに繭子の貢ぐ三流画家の愛人でヌードモデルの河野高子が東京から闖入するわ、工場主任の熱血漢・五十嵐武夫が組合を結成すると告げに来るわで、大混乱。そこへ佐藤家の小作人の次男坊ながら、地元の警察署長に成り上がった菊池次郎が、大ニュースをもってやって来た。東京の市ヶ谷法廷で東京裁判が行われている一方で、21年2月から始まっている天皇の行幸がこの8月には東北地方を巡幸されることが決定、中旬にはこの町をお訪ねになり、状況によっては佐藤家にお泊りになるという。ついこの前まで現人神にして、大元帥閣下だった天皇。戦後人間宣言をし、今年5月3日に施行された日本国憲法では象徴とかいうものになられた天皇。いったいそんな天皇をどうお迎えして、どうすればよいのか・・・。
御前会議で一、二度その姿を目にしたことがある、という徳次を巻き込んで、佐藤家の大広間で天皇をお迎えするための予行演習が始まる・・・。