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オペラ『ピーター・グライムズ』リハーサル開始! 演出コンセプト説明会レポート
新国立劇場リハーサル室では、熱い期待の集まる注目作『ピーター・グライムズ』のリハーサルが始まりました。
リハーサル初日の顔合わせ、出演者に向けた演出コンセプト説明の模様をレポートします。
今回上演するロバート・カーセン演出のプロダクションは、2023年にミラノ・スカラ座で初演されたものです。
「スカラ座はまさに大当たりを引いた(Il Giornale della Musica)」「SNS上でリンチ行為が横行する現代に、痛切なまでに共感を呼ぶ(Financial Times)」「息苦しい空間が、逃れようのないオールドバラの生活の狭隘さを効果的に伝える(Opera)」「誰も救われない。誰も安全ではない。(中略)カーセンは、ピーター・グライムズの曖昧さを一層高いレベルへ引き上げた(Première loge)」と、現地でも絶賛を博しました。
新国立劇場稽古初日の顔合わせでは、ブリテンに長年情熱を傾け、この公演の指揮も務める芸術監督・大野和士が、
「『ピーター・グライムズ』は1945年、終戦の年に初演された、若きブリテンの特別な作品。そして、純粋であるにも関わらず周囲の社会から排除されるピーター・グライムズの物語は、私たちの今の時代にも多くのことを語る、そして私たちが語るべきオペラだと思っています」
と、熱い思いを述べて口火を切りました。
そして、演出家ロバート・カーセンに先駆け来日した演出補のオリヴァー・プラットから、本プロダクションのコンセプトが説明されました。
演出コンセプト説明より
私たちがこのプロジェクトのために集まったのは3年前、ミラノのスカラ座でのことでした。実に国際的なチームで、ロバートはカナダ出身でパリ在住です。今回また、ブランドンをはじめ、世界中から集まるキャストとこの作品を東京で創り上げることが大変楽しみです。
『ピーター・グライムズ』は、言うまでもなくイングランドに根ざした物語です。日本と同様、他の世界から孤立した島国であるイギリスの物語です。
舞台となる海辺の村は、生活が海に大きく依存しています。海というのは、時には美しく広大で、穏やかな表情ですが、時には激しく、そして人々を傷つける凶暴な存在にもなりうるものです。
村の社会は、常に緊張にさらされています。人々が非常に極端な方向になるかもしれず、Yes/Noどちらの方向に行くのか分からない、常にそういう緊迫がある社会です。ちょっとした衝突の火花でわっと火が燃え上がってしまう、いわば火薬箱のような状態なのです。
こうした沿岸の町というのは、往々にしてとても貧しく、他所から断絶し寂れていった歴史を持っています。このようなコミュニティの存在が、この作品には非常に重要な意味を持ちます。
村のコミュニティは、お互いを助け合い、面倒を見合うものですが、同時によそ者を嫌う社会でもあります。皆と違っている、コミュニティの外から来る、あるいは外に出ようとする存在に対し、集団思考に陥って簡単に狂暴化した群衆になり、襲いかかるのです。
この行動には、知らないものや異質なものへの「不安」が根底にあると思います。自分と異なるものを受け入れたくない、受け入れがたいということです。
ブリテンがこの状況を描いたのは1945年ですが、同じようなことが実は十年ほど前のイギリスで、EU離脱の国民投票を行った時に起きたのです。皆が自分たちは孤立していくんじゃないか、将来どのようになっていくのだろうかという不安を抱き、コミュニティの分断が起きました。こうした暴徒のような心理は、特に沿岸の村で顕著だったといいます。
『ピーター・グライムズ』のグライムズは、コミュニティの人々から理解されない人物で、彼自身も理解されようと努めることがありません。村人たちは非常に典型的、そして極端な個性を持った人々で、村人たちが彼に敵対心を持てばもつほど、彼は殻に閉じこもり、孤立を深めていきます。
ブリテンが原作の詩に出会った時、彼は戦時体制の英国から逃れたことで批判に晒されていました。周囲から批判され疎外された自分、そしてまたホモセクシャルであり理解されず差別される自分を、ピーター・グライムズに重ね合わせていたのだと思います。
原作の詩のグライムズはもっと狂暴な人物ですが、ブリテンは、もう少し曖昧な造形、少年を殺めたとは限定できない人物にしました。
今日の視点で見ると、ピーター・グライムズという人物は様々に診断することができるでしょう。何かに執着し、精神錯乱状態になっていく傾向。そのせいで時に暴力的な衝動に駆られるところがある。カーセンは、これは一種の病で、グライムズ自身の若い頃に虐待を受けた経験が根にあって、それが連鎖して表出してくるのだと解釈しています。
カーセンはフィリップ・ラーキンの「This Be The Verse」という詩を引き合いに出しています。「お前のおふくろと親父が自分たちの欠点をお前に詰め込む、お前は絶対に子どもなんか作るな...」という内容です。この詩の背景には、虐待というものが持つ連鎖的な性質、そしてそれを断ち切ることがいかに困難であるかという洞察があります。
この、「連鎖的に繰り返されること」が、私たちがこの作品へアプローチするインスピレーションであり、舞台美術の方向性にもなったのです。
私たちはプロローグを法廷で始めます。村の集会場というより、完全に「法廷」です。
ピーター・グライムズは裁判が永遠に続くように感じています。この時から後、彼は頭の中で、法廷の被告席で裁かれ続けているのです。
そこで私たちは、写実的な法廷から始め、裁かれ続ける彼の心の中に入るように、法廷の備品を使ってほかのシーンを表現するという展開を構想しました。法廷にある調度品は場面が変わっても繰り返し使われ、証言台や傍聴席がパブになったり、桟橋に見立てられたりするのです。
最終場では、再び法廷に戻ります。そしてまた「別の誰か」が被告席に立たされます。コミュニティはターゲットを求め、すぐにスケープゴートを見出す。次のピーター・グライムズが被告席に立たされ、緊張が高まり、狂気が募っていく。この連鎖が続いていくのです。
美術・衣裳デザイナーのギデオン・デイヴィーからは、
「法廷の2階部分の傍聴席風のエリアは、グライムズの頭の中や海へ入り込むための空間でもあります。また、あたかも海の潮が寄せたり引いたりするように、巨大な壁面がぐっと押し出されて迫ってきたり、また下がっていったりします。扉が開いたり閉じたりして、この密室が外の空気に影響されることを表現します」
と、写実的でありながら象徴的に展開していく舞台美術について説明がありました。
また、グライムズ役で2023年ミラノ・スカラ座での新制作にも参加したブランドン・ジョヴァノヴィッチも自らの解釈を語りました。
「ピーター・グライムズは誤解されやすい人物です。確かに暴力的なところがありますが、同時にとても優しい心を持った実直な人です。
彼は見習いの少年に厳しくあたります。しかし同時に、少年に愛情を注いでいました。その証拠に、彼の船には、最初に死んだ少年ビリーの名前が付けられていたのです。少年を仕事の相棒と捉えていたのです。二人目の少年に対しても、父親的な存在でなければと本当に思いながら、そういう風に愛情を表現できないのです。
そして、彼には自分を理解してくれるエレンと一緒になりたいという夢がある。けれども、その夢を叶えようと躍起になるせいで、周囲に友達を作ろうともせず、ますます孤立してしまう。その代償が、二人の少年の死であり、自らの死なのです。
私は、ピーター・グライムズは非常に不器用だけれど非常によい心を持つ人物だと思っています。この視点をもとに、心理的な深みを出していきたいと思っています。」
『ピーター・グライムズ』は、11月23日(月・祝)から12月5日(土)まで上演されます。
暴走する心理の底には何があるのか、劇的に繊細に、そして痛切に今日に伝える若きブリテンの傑作を、どうぞお見逃しなく。
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