オペラ芸術監督
大野和士 (ONO Kazushi)

私の芸術監督としての2年目、2019/2020シーズンのラインアップを皆様にご紹介できることを心より喜んでおります。
第1シーズンに発表した新国立劇場プログラムの充実を図るための計画に沿って、引き続き劇場のレパートリーを大きく広げ、一人でも多くの皆様にオペラの楽しみを分かち合っていただけるよう心を配りました。
来シーズンの柱は次の3つ。バロック・オペラ、ロシア・オペラ、そしてベルカント。
新国立劇場では、まだ本格的にバロック・オペラが取り上げられてきませんでしたが、これから1シーズンおきにバロック・オペラを上演する計画です。満を持して皆様にお届けする、本シリーズの第一作目は、ヘンデルの壮大な音楽で有名な『ジュリオ・チェーザレ』(ジュリアス・シーザー)です。
恋に悩む将軍チェーザレ、彼を誘惑して権力を得ようとしながらやがてその恋に溺れていくクレオパトラ、夫、父を殺され復讐に燃えるコルネーリアと息子セスト、激しい人間ドラマが展開されるこのオペラを指揮するのは、バロック・オペラの巨匠、アレッサンドリーニ。演出には、なんと新国立劇場初登場となる、ロラン・ペリー。
今回の演出は、私たちの第1回にふさわしく、2011年パリのオペラ座で大変話題となった、エジプトの博物館の倉庫の中で話が進行するという、絢爛にして、ウィットに富んだもの。オペラパレスで行われる大掛かりなバロック・オペラ祭にご注目ください。

ロシア・オペラを新国立劇場の定番にするための第1作は、もちろんチャイコフスキーの名作『エウゲニ・オネーギン』。
演出はモスクワ・ヘリコン・オペラの総支配人として、斬新な解釈で作品に次々と新風を吹き込む俊英、ベルトマン。ロシア現代演劇の父祖とも言えるスタニスラフスキーが、自らオネーギンを演出した‘オネーギンホール’と呼ばれているモスクワの美しいホールの4本の柱を舞台の背景にして、オネーギンの孤独と可憐なタチヤーナの愛が綿々と描かれることでしょう。歌手には、名花、ムラーヴェワのタチヤーナ、ラデュークのオネーギン、コルガーティンのレンスキーと実力者が揃い、情熱的なアンドリー・ユルケヴィチ指揮の棒が冴え渡ります。

ベルカント・オペラも負けじと新国立劇場の門を次々に叩くことになりますが、まずはとっておきのドニゼッティ『ドン・パスクワーレ』で、皆様を麗しい声の饗宴と、わかっていても思わず笑いを誘うシーンの数々にお誘いしたいと思います。
このオペラには主な登場人物が4人しか出てきませんので、キャストには腕をふるって世界中から選りすぐりの歌手を新国立劇場に呼び寄せました。
しかしながら残念なことに、ノリーナ役として招聘を予定していたダニエル・ドゥ・ニースの来日がご本人の都合により不可能となりました。何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。ドゥ・ニースに代わり、ベルカントの諸役を得意とし、2017 年以後ボローニャ、フィレンツェ、ハンブルク、ナポリ、トリノといった主要歌劇場に次々とデビューを飾っている注目のソプラノ、ハスミック・トロシャンを招聘することと致しました。彼女は私自身、かねてより新国立劇場へ招聘したいと注目していた逸材です。
彼女を取り巻く男性陣も一流歌手が勢揃い。恋に目の狂ったご老人パスクワーレにイタリアの重鎮スカンディウッツィ。生真面目で泣いたり笑ったりのエルネストにロシアからマキシム・ミロノフ。
ノリーナが歌うアリア「騎士はその眼差しに」の一節、“私は愛の手練手管を知ってるのよ、心を盗む方法を”を聴きながら、彼女に全てを委ねるのも一興でしょう。

もう一つの新制作は、すでに発表されているワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』。現在世界中のオペラ界の注目を一身に集めている演出家、イェンス=ダニエル・ヘルツォークによる新演出。新国立劇場、東京文化会館、ザルツブルク・イースター音楽祭、ザクセン州立歌劇場の共同制作です。
日本に集まる歌手はそうそうたる顔ぶれ。ハンス・ザックスは、トーマス・ヨハネス・マイヤー、若々しく、でっぷりしていないザックスとして新鮮で評判になること間違いなし。ベックメッサーは、アドリアン・エレート。この役をきっかけに世界に羽ばたいていった人。ヴァルターには、若々しいエネルギーと情熱に溢れたトミスラフ・ムツェック、そして彼の恋人エーファには、林正子。二人の恋の成就を皆さんとともに手に汗を握りながら見守りたいと思います。(私はピットからですが。)

レパートリー公演にも、素晴らしい歌手、指揮者を招いて、皆様のご期待に添いたいと思っております。
『椿姫』のヴィオレッタにはパパタナシュ、ジェルモンには須藤慎吾、『ラ・ボエーム』では、ミミにマチャイゼ、ロドルフォにリッピと世界の歌劇場や音楽祭に躍り出てきた新鋭達、『セビリアの理髪師』のロジーナには、世界の大きな山を一歩一歩登り続けている、脇園彩。『コジ・ファン・トゥッテ』にはイタリアの大器として注目を集めるブラットに世界を一気に席巻したゴリャチョーワ、『ホフマン物語』のタイトルロールは、ロールデビューのステファン・ポップとそれに彩りを添える日本の実力派女声陣、『サロメ』のペンダなど魅力ある顔ぶれが名を連ねています。
そして、充実の指揮者陣、レトーニャ、レプシッチ、トリンクス、カリニャーニ、ロヴァーリス、アッレマンディ、オルミら、世界の歌劇場の日常を賑わせている人たちばかりです。

また、世界の注目が集まる2020年8月、新国立劇場は、特別企画として「子供オペラ」を新制作する予定です。作曲は渋谷慶一郎、台本は島田雅彦、演出は新国立劇場演劇芸術監督、小川絵梨子、指揮は私、大野和士が務めます。
舞台には多くのお子さんの合唱を主役として配し、それにAIロボットが絡みながら、日本の未来を語り合いながら創造していくというストーリー。オペラ劇場でロボットが動きながら歌うのと、それに歌手の声やオーケストラも重なるこの特別な機会を、ご家族みんなで、またはお友達とご一緒にご覧いただけたら幸いです。

プロフィール

東京生まれ。東京藝術大学卒。ピアノ、作曲を安藤久義氏、指揮を遠藤雅古氏に師事。バイエルン州立歌劇場にてサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。1987 年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。以後、世界各地でオペラ公演ならびにシンフォニーコンサートの客演で聴衆を魅了し続けている。90~96 年ザグレブ・フィル音楽監督。96~2002年ドイツ、バーデン州立歌劇場音楽総監督。92~99 年、東京フィル常任指揮者を経て、現在同楽団桂冠指揮者。02~08 年ベルギー王立モネ劇場音楽監督。12~15 年イタリアのアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者、08~17年フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。15年から東京都交響楽団ならびにバルセロナ交響楽団音楽監督。オペラでは、07年6月にミラノ・スカラ座デビュー後、メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座、バイエルン州立歌劇場、グラインドボーン音楽祭、エクサンプロヴァンス音楽祭への出演などが相次いでいる。渡邉暁雄音楽基金音楽賞、芸術選奨文部大臣新人賞、出光音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、エクソンモービル音楽賞、サントリー音楽賞、日本芸術院賞ならびに恩賜賞、朝日賞など受賞多数。紫綬褒章受章。文化功労者。17年5月、9年間率いたリヨン歌劇場がインターナショナル・オペラ・アワード「最優秀オペラハウス2017」を獲得。翌月にはフランス政府より芸術文化勲章オフィシエを受勲。同時にリヨン市からもリヨン市特別メダルが授与された。 16年9月より新国立劇場オペラ芸術参与。18年9月よりオペラ芸術監督。新国立劇場では98年『魔笛』、10~11年『トリスタンとイゾルデ』を指揮しており、18/19シーズンは『紫苑物語』『トゥーランドット』を指揮する予定。