オペラ芸術監督 大野和士


オペラを愛する全ての皆様、新国立劇場を支援してくださる全ての皆様へ。
全世界中の人々にとりまして出口の見えない日々が続いておりますが、皆様方におかれましては、いつか再び光が射す日を心より待ち望んでおられることと思います。

オペラの歴史を紐解くと、そこには様々な困難を乗り越えながら新しい歴史を刻んできた 軌跡を見ることができます。新国立劇場の2021/2022シーズンに並べました4つの新制作の作品には、その意味で、ある関連性を見いだすことができ興味を惹かれます。

グルックのオペラ改革はよく知られています。17世紀に始まったオペラは18世紀にはバロック・オペラの興隆があり、カストラートの妙技に喝采が送られた反面、作曲家や台本作家が添え物の地位に甘んじました。そこに現れたがグルック。ドラマの必然性から生まれる音楽劇こそが創造されるべきだという考えから、オーケストラの重要性をぐっと引き上げ、歌手には音楽と言葉の結び付きによって生まれる美しさを要求しました。それは今では当たり前のことですが、それを歴史上初めて行ったグルックは、守旧派から大変な妨害を受けながらも、「ある時、誰かが規則を破り、その効果を最大限に発揮させる新しい規則を創らなければ」と信念を貫きました。その歴史的出発点となったのが『オルフェオとエウリディーチェ』。2019/2020シーズン、バロック・オペラシリーズの第1作目として予定していた、ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』が別のシーズンへの延期予定となった結果、今回がそれに代わる第一弾となります。演出は我が国の誇る舞踊家、演出家の勅使川原三郎。指揮は、才能溢れる鈴木優人。カウンターテナーの第一人者ザッゾのオルフェオ。オーストラリアの名花ウィルソンのエウリディーチェ。ウィーン原典版と、舞踊の入るパリ版両方を巧みに編し、“革命的ドラマ”の真髄に迫ります。

さて、後世、このグルックの意思を引き継いだのは誰だったでしょうか。「グルックが生きていたら私のことを自分の息子だと思っただろう」と言って、『オルフェオとエウリディーチェ』を自ら編曲し、パリで指揮したのはベルリオーズ。その聴衆の中の一人にワーグナーがいました。この時ワーグナーは未だ亡命中の身であり、『ローエングリン』のリスト指揮による初演も聴くことができず、『タンホイザー』パリ版初演が大失敗に終わるなど、さすらいの空っ風にさらされたりもしていましたが、グルックを起源とする“詩と音楽の織りなす大音楽劇”の構想が練られたのはまさにこの苦難の時期で、演奏の機会がいつ訪れるかわからないにも関わらず、『トリスタンとイゾルデ』や『ニーベルングの指環』の前半2作も完成。ルートヴィヒⅡ世の出現を待つばかりとなったのでした。そして晴れて亡命の身から解き放たれた後に一気に書かれたのが『ニュルンベルクのマイスタージンガー』。マイスターたちが“詩と歌の粋を競う”この楽劇が、昨年の公演中止を乗り越え、無事に新シーズンへの移行が決まったことを嬉しく思っています。東京文化会館との共同制作として、文化会館では8月に2回公演、新国立劇場では11月から12月にかけての5回公演となります。ハンス・ザックスの名セリフ「芸術と民は共に育ち、咲きほこらん」が満を持して響き渡ることでしょう。

ベルリオーズやワーグナーがまだ少年だった頃、一人の若いイタリア人がオペラ作曲家としてとてつもない速さで名声を高めていました。音楽学校での教育は一応受けましたが、彼を本当に教育したのは広い世間でした。少しの失敗から多くを学び、14歳でオペラを書き始めたロッシーニは、イギリス国王と接見した際も、特に敬意を表するわけでもなく、自らの価値観に忠実でした。王制が揺らいでいく中、なんの後ろ盾もない個人として生き続け、酸いも甘いも嚙み分けて、庶民の心のひだをオペラに紡ぐ。弱冠37歳でオペラの筆を折ってしまったのは、あまりに多くの喜びと悲しみを若い時に背負いこんだからかもしれません。そのロッシーニ自身を“シンデレラ”たらしめたといえる『チェネレントラ』の主役アンジェリーナは、2019/2020シーズン『セビリアの理髪師』で、海外の歌手たちと丁々発止と渡り合って満場を沸かせた脇園彩。指揮はイタリアの巨匠ベニーニ、演出はローマ育ちの粟國淳というスペシャルコンビでお送りします。

グルックの歴史的業績に対して、それをかえって苦々しく、「彼はフランス音楽を破壊しワーグナーへの道を開いた」と非難したのはドビュッシーでした。『トリスタン』全曲を譜面なしでピアノで弾けるほど熱烈なワグネリアンだった彼ですが、そのうちドイツ的なライトモチーフによる説明的な作法や、オーケストラの大音響の世界から身を遠ざけ、フランス語の特性を最大限に生かした歌と、人間の意識下の世界をオーケストラが表現する20世紀の大傑作『ペレアスとメリザンド』が生まれました。が、しかし、グルックの改革とはまた次元の異なる感性による新しいオペラが初演されるまでには、メーテルリンクの戯曲台本を作曲者が入手してから10年に及ぶ歳月がかかり、ドビュッシーもまた、新しいものを世に問う苦しみを味わったのでした。リヒター、ヴルシュ、ナウリ、浜田理恵ら、このプロダクションのために世界的歌手が東京に結集します。

レパートリー作品にもキャスティングに工夫を凝らし、一味違った姿をお届けします。 『蝶々夫人』は中村恵理のタイトルロールにご期待ください。名テノール、ガンチとの二重唱を下野竜也の熱いタクトが支えます。『さまよえるオランダ人』の指揮を執るのは、巨匠ジェームズ・コンロン。待望の新国立劇場初登場です。現代最高のオランダ人歌いの一人シリンス、ゼンタのヴェルシェンバッハ、ダーラントの妻屋が揃い、若きワーグナーの幻想と呪われた愛の世界を描きます。『愛の妙薬』指揮のランツィロッタは、最も勢いのあるイタリア人若手の一人。ネモリーノ役のガテルら3人の男声名優陣に囲まれ、『アルマゲドンの夢』で絶唱を披露したアゾーディが、今回はコロラトゥーラで輝きます。 『椿姫』タイトルロール、ハルティヒは、メト、ウィーン、コヴェントガーデン、スカラ座と、まさに“花から花へ”の大活躍。新国立劇場初登場に胸騒ぐ方々も多いのでは。『ばらの騎士』の指揮は生粋のウィーンっ子、ゲッツェル。ウィーン国立歌劇場の『ばら』の指揮を一身に引き受けている彼の登場は必見です。ダッシュ、カターエワ、そして安井陽子と揃った主役級の女声陣だけに目を向けても魅力的です。そしてウィリアム・ケントリッジの『魔笛』が帰ってきます。幻想的でメルへンの香り高いドローイングをバックに、選りすぐられた日本人キャストとオレグ・カエターニが繰り広げる秘境オペラにご期待を。

渋谷慶一郎作曲『Super Angels スーパーエンジェル』も今年8月に待望の上演。AIアンドロイドと少年アキラの友情、それを支える子ども達の合唱。先鋭的な電子音楽や"初音ミク"主演による人間不在のボーカロイド・オペラ、世界初のアンドロイド・オペラで成功を収めた渋谷慶一郎による初の、オーケストラと合唱を擁するオペラ。映像や舞台デザインも最先端です。どうか、多くの若い方々、子どもたち、皆さんこぞって劇場にお越しください。

終わりに、新国立劇場と私は、来シーズンのプロダクションが本来の姿で演奏されることを、まずは心より願っております。しかし、その日の到来するのが少しばかり遅くなったとしても、できる限りの最良の形で、皆様に喜びをお届けする劇場として、一作一作に惜しみなく力を注いで参りたいと考えております。


オペラ芸術監督 大野和士


オペラを愛する全ての皆様、新国立劇場を支援してくださる全ての皆様へ。
全世界中の人々にとりまして出口の見えない日々が続いておりますが、皆様方におかれましては、いつか再び光が射す日を心より待ち望んでおられることと思います。

オペラの歴史を紐解くと、そこには様々な困難を乗り越えながら新しい歴史を刻んできた 軌跡を見ることができます。新国立劇場の2021/2022シーズンに並べました4つの新制作の作品には、その意味で、ある関連性を見いだすことができ興味を惹かれます。

グルックのオペラ改革はよく知られています。17世紀に始まったオペラは18世紀にはバロック・オペラの興隆があり、カストラートの妙技に喝采が送られた反面、作曲家や台本作家が添え物の地位に甘んじました。そこに現れたがグルック。ドラマの必然性から生まれる音楽劇こそが創造されるべきだという考えから、オーケストラの重要性をぐっと引き上げ、歌手には音楽と言葉の結び付きによって生まれる美しさを要求しました。それは今では当たり前のことですが、それを歴史上初めて行ったグルックは、守旧派から大変な妨害を受けながらも、「ある時、誰かが規則を破り、その効果を最大限に発揮させる新しい規則を創らなければ」と信念を貫きました。その歴史的出発点となったのが『オルフェオとエウリディーチェ』。2019/2020シーズン、バロック・オペラシリーズの第1作目として予定していた、ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』が別のシーズンへの延期予定となった結果、今回がそれに代わる第一弾となります。演出は我が国の誇る舞踊家、演出家の勅使川原三郎。指揮は、才能溢れる鈴木優人。カウンターテナーの第一人者ザッゾのオルフェオ。オーストラリアの名花ウィルソンのエウリディーチェ。ウィーン原典版と、舞踊の入るパリ版両方を巧みに編し、“革命的ドラマ”の真髄に迫ります。

さて、後世、このグルックの意思を引き継いだのは誰だったでしょうか。「グルックが生きていたら私のことを自分の息子だと思っただろう」と言って、『オルフェオとエウリディーチェ』を自ら編曲し、パリで指揮したのはベルリオーズ。その聴衆の中の一人にワーグナーがいました。この時ワーグナーは未だ亡命中の身であり、『ローエングリン』のリスト指揮による初演も聴くことができず、『タンホイザー』パリ版初演が大失敗に終わるなど、さすらいの空っ風にさらされたりもしていましたが、グルックを起源とする“詩と音楽の織りなす大音楽劇”の構想が練られたのはまさにこの苦難の時期で、演奏の機会がいつ訪れるかわからないにも関わらず、『トリスタンとイゾルデ』や『ニーベルングの指環』の前半2作も完成。ルートヴィヒⅡ世の出現を待つばかりとなったのでした。そして晴れて亡命の身から解き放たれた後に一気に書かれたのが『ニュルンベルクのマイスタージンガー』。マイスターたちが“詩と歌の粋を競う”この楽劇が、昨年の公演中止を乗り越え、無事に新シーズンへの移行が決まったことを嬉しく思っています。東京文化会館との共同制作として、文化会館では8月に2回公演、新国立劇場では11月から12月にかけての5回公演となります。ハンス・ザックスの名セリフ「芸術と民は共に育ち、咲きほこらん」が満を持して響き渡ることでしょう。

ベルリオーズやワーグナーがまだ少年だった頃、一人の若いイタリア人がオペラ作曲家としてとてつもない速さで名声を高めていました。音楽学校での教育は一応受けましたが、彼を本当に教育したのは広い世間でした。少しの失敗から多くを学び、14歳でオペラを書き始めたロッシーニは、イギリス国王と接見した際も、特に敬意を表するわけでもなく、自らの価値観に忠実でした。王制が揺らいでいく中、なんの後ろ盾もない個人として生き続け、酸いも甘いも嚙み分けて、庶民の心のひだをオペラに紡ぐ。弱冠37歳でオペラの筆を折ってしまったのは、あまりに多くの喜びと悲しみを若い時に背負いこんだからかもしれません。そのロッシーニ自身を“シンデレラ”たらしめたといえる『チェネレントラ』の主役アンジェリーナは、2019/2020シーズン『セビリアの理髪師』で、海外の歌手たちと丁々発止と渡り合って満場を沸かせた脇園彩。指揮はイタリアの巨匠ベニーニ、演出はローマ育ちの粟國淳というスペシャルコンビでお送りします。

グルックの歴史的業績に対して、それをかえって苦々しく、「彼はフランス音楽を破壊しワーグナーへの道を開いた」と非難したのはドビュッシーでした。『トリスタン』全曲を譜面なしでピアノで弾けるほど熱烈なワグネリアンだった彼ですが、そのうちドイツ的なライトモチーフによる説明的な作法や、オーケストラの大音響の世界から身を遠ざけ、フランス語の特性を最大限に生かした歌と、人間の意識下の世界をオーケストラが表現する20世紀の大傑作『ペレアスとメリザンド』が生まれました。が、しかし、グルックの改革とはまた次元の異なる感性による新しいオペラが初演されるまでには、メーテルリンクの戯曲台本を作曲者が入手してから10年に及ぶ歳月がかかり、ドビュッシーもまた、新しいものを世に問う苦しみを味わったのでした。リヒター、ヴルシュ、ナウリ、浜田理恵ら、このプロダクションのために世界的歌手が東京に結集します。

レパートリー作品にもキャスティングに工夫を凝らし、一味違った姿をお届けします。 『蝶々夫人』は中村恵理のタイトルロールにご期待ください。名テノール、ガンチとの二重唱を下野竜也の熱いタクトが支えます。『さまよえるオランダ人』の指揮を執るのは、巨匠ジェームズ・コンロン。待望の新国立劇場初登場です。現代最高のオランダ人歌いの一人シリンス、ゼンタのヴェルシェンバッハ、ダーラントの妻屋が揃い、若きワーグナーの幻想と呪われた愛の世界を描きます。『愛の妙薬』指揮のランツィロッタは、最も勢いのあるイタリア人若手の一人。ネモリーノ役のガテルら3人の男声名優陣に囲まれ、『アルマゲドンの夢』で絶唱を披露したアゾーディが、今回はコロラトゥーラで輝きます。 『椿姫』タイトルロール、ハルティヒは、メト、ウィーン、コヴェントガーデン、スカラ座と、まさに“花から花へ”の大活躍。新国立劇場初登場に胸騒ぐ方々も多いのでは。『ばらの騎士』の指揮は生粋のウィーンっ子、ゲッツェル。ウィーン国立歌劇場の『ばら』の指揮を一身に引き受けている彼の登場は必見です。ダッシュ、カターエワ、そして安井陽子と揃った主役級の女声陣だけに目を向けても魅力的です。そしてウィリアム・ケントリッジの『魔笛』が帰ってきます。幻想的でメルへンの香り高いドローイングをバックに、選りすぐられた日本人キャストとオレグ・カエターニが繰り広げる秘境オペラにご期待を。

渋谷慶一郎作曲『Super Angels スーパーエンジェル』も今年8月に待望の上演。AIアンドロイドと少年アキラの友情、それを支える子ども達の合唱。先鋭的な電子音楽や"初音ミク"主演による人間不在のボーカロイド・オペラ、世界初のアンドロイド・オペラで成功を収めた渋谷慶一郎による初の、オーケストラと合唱を擁するオペラ。映像や舞台デザインも最先端です。どうか、多くの若い方々、子どもたち、皆さんこぞって劇場にお越しください。

終わりに、新国立劇場と私は、来シーズンのプロダクションが本来の姿で演奏されることを、まずは心より願っております。しかし、その日の到来するのが少しばかり遅くなったとしても、できる限りの最良の形で、皆様に喜びをお届けする劇場として、一作一作に惜しみなく力を注いで参りたいと考えております。

プロフィール

東京生まれ。東京藝術大学卒。バイエルン州立歌劇場にてサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。1987 年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。世界各地でオペラ公演及びシンフォニーコンサートで聴衆を魅了し続けている。90~96 年ザグレブ・フィル音楽監督。96~2002年バーデン州立歌劇場音楽総監督。92~99 年、東京フィル常任指揮者を経て、現在同楽団桂冠指揮者。02~08 年ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督。12~15 年アルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者、08~16 年フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。15年から東京都交響楽団、バルセロナ交響楽団音楽監督。オペラでは、07年にミラノ・スカラ座にデビューし、メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座、バイエルン州立歌劇場、グラインドボーン音楽祭、エクサンプロヴァンス音楽祭などへ出演。渡邉暁雄音楽基金音楽賞、芸術選奨文部大臣新人賞、出光音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、エクソンモービル音楽賞、サントリー音楽賞、日本芸術院賞ならびに恩賜賞、朝日賞など受賞多数。紫綬褒章受章。文化功労者。17年にはリヨン歌劇場がインターナショナル・オペラ・アワード「最優秀オペラハウス2017」を獲得し、フランス政府より芸術文化勲章オフィシエ、リヨン市からリヨン市特別メダルが授与された。18年9月より新国立劇場オペラ芸術監督。新国立劇場では98年『魔笛』、10~11年『トリスタンとイゾルデ』、19年『紫苑物語』『トゥーランドット』、20年『アルマゲドンの夢』を指揮しており、今後は20/21シーズン『ワルキューレ』『カルメン』、子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ『Super Angels スーパーエンジェル』、21/22シーズン『ニュルンベルクのマイスタージンガー』『ペレアスとメリザンド』を指揮する予定。