監修・演出:ウェンディ・エリス・サムス
サー・フレデリック・アシュトンは、 第二次世界大戦終結後すぐにロイヤルオペラハウスで初演された全1幕の傑作『シンフォニック.ヴァリエーションズ(交響変奏曲)』ののち、初の全幕物、全3幕のバレエ『シンデレラ』を完成しました。アシュトンの常として、 新作においては何よりも音楽が重要な役割を果たしました。 彼はプロコフィエフの『ロメオとジュリエット』と『シンデレラ』を比較して聴きながら、あれこれと考えを練りました。プロコフィエフ自身は『シンデレラ』のほうがよい出来だと言ったといわれています。アシュトンも『シンデレラ』に興味を引かれており、さらにサー・ロバート・ヘルプマンと彼自身が醜い義理の姉たちを演じるというアイディアが生まれたため、選ばれたのは『シンデレラ』のほうでした。世の中の生活はまだまだ厳しく、道徳意識も下がっている時代に、一番求められていたのは観客を喜ばせる笑いの要素でした。
アシュトン自身は偉大なキャラクターダンサー、マイムーアーティストでした。私は古い映画で彼がたいへん初期のバレエ『ファサード』のデイゴを踊るのを見たこともありますが、 彼の動きの質があまりにすばらしいことに驚いたものでした。それは自由奔放な斬新な輝きを放ち、現在のロック・スターにも匹敵するようなものでした。『シンデレラ』の一番の見所、ハイライトのひとつとなったのが、アシュトンとヘルプマンがすさまじい道化ぶりを発揮して、 お互いに少しでも目立とうとする場面でした。観客は笑いの渦に巻き込まれ、その笑いは本番が始まる前、さらには終わった後の楽屋にまで持ち込まれたものでした。私の亡き夫マイケル・サムスはこのバレエで王子を演じ、二人と同じ楽屋を使っていましたが、いつも彼らの仲を平和に保つレフェリーの役割をしていたと話していました。アシュトンが言うには、1940〜50年代にたいへん愛されていたイギリスのパントマイム芝居では、歌舞伎のように男性が演じる道化役の老女の役がありました。彼はこのアイディアをのちに『リーズの結婚』でも使い、男性のダンサーに未亡人(リーズの母親)を演じさせています。
アシュトンのバレエの目立つ特徴といえば、ポール・ド・ブラの美しい位置と上半身の柔らかさを保って清らかなラインを見せながら、同時にシャープで素早いフットワークをこなすという独創的なスタイルにあります。彼は曲がった腕や極端な角度に折られた手首が大嫌いでした。目ざわりだし、体全体のラインを全く考えていないからです。残念ながら現在の舞台ではこういう欠点がしばしば見られます。
台所の場面と舞踏会のソロおよびパ・ド・ドウで、シンデレラの動きの質が異なっていることについても説明しましょう。その原因は、アシュトンのミューズであったマーゴ・フォンティンがけがをして、彼女と交替したモイラ・シアラーのために第2幕が振り付けられたことにあります。 第1幕と第3幕の台所の場面でのソフトで叙情的で詩的な動きが、第2幕ではシャープで素早く燃えるような演技に変わったわけです。
もう一つのハイライトはシンデレラが舞踏会に登場する場面です。ここで彼女は夢を見ているかのようにポワントで階段を下りてきます。この神経がすり減ってしまいそうな場面では、足の横側で階段の角を感じながら下りなさいというアシュトンの助言がとても役立ちました。
四季の妖精は、それぞれ振付に特徴があります。春は新鮮な光で、新しい生命に満ちあふれ、夏は暑く、けだるくて夢見がち。秋は風が吹きすさび、冬は氷のように冷たく、きらめきを放ちます。これらのソロはどれも技術的にむずかしいのですが、四季それぞれの感覚や雰囲気を表現しています。コール・ド・バレエには、美しいパターンを織りなしながらダイヤモンドのように鋭く輝く、 きれいな星の踊りなどがあります。宮廷の人々にもたいへんな量のエネルギッシュな踊りがありますが、現在の振付家ですらコールド・バレエにこれほどの踊りを作ることはまれです。このバレエは1948年に初演されたにもかかわらず、 いまだに新鮮でおよそ時代を感じさせません。
私がアシュトンから受けたアドバイスで一番大切なものは「できる限り動いて劇場全体をさん然とした輝きと光でいっぱいにしながら、舞台を楽しみなさい」という言葉でした。
日本のダンサーはよく訓練されており、一緒に仕事をしていてたいへん楽しくなります。彼らがアシュトンのスタイルを習得するうえで不安と困難を感じていることは知っていますが、ダンサーたちにはとても満足していますし、『シンデレラ』をアシュトンが意図していたとおりの、この作品にふさわしい解釈で演じられるということに自信をもっています。
最後は、アシュトンが常に言っていた言葉で締めくくりましょう。「観客には常に、もっと見たいと思わせておかなければならない」。彼は眠くなったり、 曲が終わるのを待てずに途中で帰ってしまいたくなるような、長くて退屈な作品が大嫌いだったのです。
訳・森 類子
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