新国立劇場バレエ団監督補大原永子が語る ケネス・マクミランのバレエの魅力

イギリスの演劇バレエの代名詞的振付家ケネス・マクミランの作品は、
クラシック・バレエの枠を超えた動きで、人間の現実と心の闇を描き、観る人の心を大きく揺さぶる。
バレエと演劇の相乗効果を生み出す動きや姿勢、複雑なパ・ド・ドゥのポイントは……?
イギリスのスコティッシュ・バレエ団で長年活躍した名バレリーナで、
現在は新国立劇場バレエ団監督補の大原永子が語る。

インタビュアー◎守山実花(バレエ評論家)

演劇の国のバレエ 振付のなかに芝居が入り込んでいる

――演劇性の高いイギリス・バレエの物語バレエでは、踊りから感情があふれ出し、私たち観客にも深い感動を与えます。
大原 ● イギリスのドラマティック・バレエは、特有なカラーを持っています。シェイクスピアを生んだ国ですから、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーがあり、歴史的に演劇が盛んです。その伝統がバレエにも反映されているのです。マクミランだけでなく、同時代の振付家ジョン・クランコもこの伝統の中にいます。
――こうしたイギリス・バレエの伝統の中でも、とりわけ演劇性が高く、人々に愛されているのが、新国立劇場バレエ団のレパートリーでもあるマクミランの「ロメオとジュリエット」や「マノン」ですね。なぜこれほどマクミランの作品は人々の心に響くのでしょう。
大原 ● どちらの作品でもパ・ド・ドゥがとても効果的に使われています。テクニックと振付の中に芝居が入り込んでおり、リフトひとつにしてもそこから感情がわきあがってきます。ダンサーは、その振付を踊ることで感情を出すことができます。
パ・ド・ドゥを効果的に配しているのはクランコも同様です。二人はほぼ同世代でしたから、それまで見てきたものも似ていたのでしょう。
マクミランが特に優れていたのはパ・ド・ドゥ、そしてソロの振付だと思います。彼は人間の感情を踊りの中に入れ込んでいるのです。私がイギリスのカンパニーにいたときによく言われたのは「芝居をしているときにバレエのポジションで立つな」ということでした。感情が動いている中でポジションのことを考えていたのでは不自然です。マクミランも同様だと思います。クラシック・バレエにはないポジションで立ったとしても、感情が動いている中でそうなったのであれば、それは構わない。普通の人間の感情が動きに出ているのですから。嬉しいとき、深く嘆くとき……体が自然とその感情になっているはずです。パ・ド・ドゥなどでは振付でピルエットなどがありますから、ポジションをきちんととらなければいけませんが。
――時には型を崩しても感情をほとばしらせる、それがマクミラン作品の魅力であると同時に難しさでもあるのではないでしょうか。
大原 ● そうです。日本のダンサーにとって難しいのはまさにこの部分です。クラシックの型に入っていればマイムでもなんでもできるけれど、それがないと動けなくなってしまう人もいる。やはりダンサーとしての経験が必要ですし、人生経験も求められます。さまざまな感情の引き出しがなければいけません。
新国立劇場バレエ団で「マノン」を初演したとき(2003年)には、ダンサーたちもとまどいました。こうした作品をほとんど踊ったことがなかったからです。今のダンサーたちはだいぶ対応できるようになってきていると感じます。
――マクミランだけでなく、さまざまな振付家の作品を踊ってきた成果ですね。
大原 ● そうです。ダンサーにいろいろなことが求められるからです。振付家でも教師でも、ダンサーに求めなければいけません。十求められるのか、百求められるのか、それによってダンサーがどれだけ成長できるかが違ってきます。求めないでただ教えていても上手にはなりません、私はそう思います。
海外ではまず自分が演じる役柄を分析することを求められます。場面、場面の心理状態を、自分なりに理解して踊らなければ、ただ振付をなぞっているだけになってしまいます。ストーリーを語るのはダンサーです、それが体に出てこなければ、見ている方には伝わりません。

マクミランは、人間の本当の感情をリアリズムに近い表現で描き出した

――複雑なリフトが多用されたパ・ド・ドゥが見せ場になります。
大原 ● まず技術的なことができて、それから感情を入れていきます。テクニック的なことはとにかく経験です。何度も何度もやって体でつかむしかありません。常識的なリフトではない場合は、見て構造を分解していきます。
リフトで大切なのは呼吸と間(ま)です。そしてパートナーシップ。男性側が持ち上げるのに任せるのではなく、女性も自分の体を引き上げているのです。最高のパートナーシップというのは、言葉で話さなくても、体だけで会話ができる、相手が次にどうするのかが分かるのです。
――パ・ド・ドゥだけでなく、ソロにおいても心情が吐露され、とてもドラマティックです。
大原 ● 体の使い方がそれまでの古典バレエとは違います。体を引き上げているだけでなく、体を下までぐっと倒したり……動きの範囲がずっと広くなって、クラシックの規範にはない動きをいれることで、豊かな表現ができるのです。
――「マノン」を上演する上での難しさはどういう点にあるのでしょう。
大原 ● 私が難しいと感じているのは第1、2幕です。あの時代のフランスの退廃した文化の香りがしなければならない。裏もある華やかさというのでしょうか。その豪華さがあるから、第3幕ですべてを失ったマノンとの対比が出るのです。
――マクミランが後世に与えた影響についてはいかがですか。
大原 ● マクミランのリフトは確かに複雑ですし、動きの範囲もそれまでのものとは違います。ですが、現代ではさらに複雑なものがたくさん出てきています。マクミランがやったことは当時としては斬新でしたが、今では当たり前になっている。マクミランが現代に至るひとつの流れを作ったと言えるかも知れませんね。
マクミランの影響によって、ドラマティックなものをその後の若い振付家たちがどんどん作るようになりました。マクミランは爆発するような感情表現によって、真実の男女の姿を描きました。彼は本当の人間の感情をリアリズムに近い表現で描き出したのです。

ページトップへ

18世紀パリの愛×イギリスの演劇バレエ バレエ「マノン」―情熱のパ・ド・ドゥ
感情のうねりが立ちのぼるダンス

爛熟した18世紀のパリを舞台に繰り広げられる人間ドラマ「マノン」(初演:1974年英国ロイヤルバレエ)。振付家ケネス・マクミランが遺した傑作バレエとして、世界のさまざまなカンパニーのレパートリーとなり、人々を魅了し続けている作品だ。
理性で自分を律することができず、欲望にまみれ、流され、真実の愛を見失ったまま堕ちていく少女マノンと、彼女を盲目的に愛し続け、裏切られても献身をささげ続けるデ・グリュー、さらに金のためなら妹を売ることさえ厭わないマノンの兄レスコーが織り成す物語は、理想や幻想の世界を描く19世紀古典バレエとはまったく違う、人間の心の暗部にまで踏み込んだマクミランならではのドラマティック・バレエである。
音楽はマスネ。繰り返し使われる「エレジー」をはじめとするメランコリックで繊細なメロディが響く中、登場人物たちの心から湧き上がってくる感情のうねりがダンスの輪郭から立ちのぼり、観る者に迫ってくる。とりわけ印象的なのは、場面、場面に応じて挿入されるマノンとデ・グリューのパ・ド・ドゥ。上昇と下降、二つの運動方向を意識したアクロバティックなリフトを多用しながら、二人の感情の高まりや恋の陶酔感、あるいは生命を燃焼させ愛を確かめあう壮絶な情熱の炎を描くものである。

三組のキャストに期待

新国立劇場バレエ団では2003年に初演。当時の日本バレエ界にとってはチャレンジだったが、その果敢な挑戦がダンサーたちを成長させ、その後カンパニーはさらに多様なレパートリーに取り組んでいくことになった。それから9年、ようやく再演の機会がめぐってきた。飛躍的に成長を続けるカンパニーにとって、その実力を遺憾なく発揮できるまたとないチャンスだろう。
魅力的な恋人たちを演じるのは三組のキャスト。小野絢子と福岡雄大は、ともに次々と役柄の幅を広げている。転落しながらも愛に目覚めるまでのマノンの心の軌跡を小野はどう演じるのか、自分を傷つけながら愛に準じるデ・グリューの純情を福岡がいかに描き出すのか。体当たりの演技ですべてを出し切って欲しい。レスコーは菅野英男、魅力的な色悪を演じてくれるだろう。
もう一組は、ヒロインだけでなく色の濃い役でも存在感を見せる本島美和と、深い洞察力と表現力でロメオ、アルマンなどドラマティック・バレエの主人公を踊ってきた山本隆之のペア。レスコーは福田圭吾。これまでとはまた違った顔に出会えそうだ。
ゲストは、ヒューストン・バレエのプリンシパル・ダンサー、サラ・ウェッブとコナー・ウォルシュ。古典から現代作品までをこなすオールラウンド型のダンサーである。表現力に富むウェッブと、柔軟で若々しいウォルシュ、初お目見えとなる二人のパートナーシップも楽しみだ。ゲスト・ダンサーの招聘は、世界のさまざまなカンパニーと日本の観客をつなぐまたとない機会でもある。レスコーには、「ロメオとジュリエット」ティボルト役で印象深い演技をみせた古川和則が抜擢された。
衣裳や装置も「マノン」の魅力のひとつだが、今回はピーター・ファーマーによる舞台美術での上演となる。
シーズンを締めくくるにふさわしい、現在の新国立劇場バレエ団の総力を結集した上演に期待している。

文◎守山実花(バレエ評論家)

※ キャストにつき、当初誤記がございました。訂正してお詫びいたします。(編集担当)

ページトップへ

バレエ「マノン」はマスネの音楽カタログ ただしオペラ「マノン」の音楽はナシ!

甘く淡いほのかな響きで運命的な恋を物語るバレエ「マノン」の音楽の作曲者は、ジュール・マスネ(1842~1912)。となれば、マスネの同名のオペラの音楽を使っていると考えるのが筋だが、実はオペラ「マノン」の音楽は一曲も使っていないのがミソである。構想の初期段階ではプッチーニのオペラ「マノン・レスコー」の音楽を考えていたらしいが、著作権が切れていなかったため費用がネックとなり却下。次に〝普通〟にマスネのオペラ「マノン」の音楽の使用を考えたが、最終的に、オペラ「マノン」以外のマスネのあらゆる曲から選んで構成された。曲の選択と編曲をしたのはレイトン・ルーカスである。作曲家で指揮者のルーカスは、かつてあのバレエ・リュスのダンサーでもあった人。音楽とバレエの両方を知り尽くした彼だからこそできた作業であろう。
宗教劇「聖母」の〝聖母の永眠〟で始まるバレエ「マノン」の音楽は、40曲ほどのマスネの曲で構成されている。マノンの純粋な無邪気さを表現するマノンのテーマは歌曲「たそがれ」。寝室のパ・ド・ドゥはオペラ「サンドリオン」の〝サンドリオンの眠り〟と歌曲「愛の詩」第3番〝君の青い目を開けて〟。そして最後は宗教劇「聖母」の〝聖母の法悦〟で沼地のパ・ド・ドゥが踊られて幕を閉じる。第2幕、マノンが紳士たちに次から次へと受け渡されていく場面ではオペラ「ナバーラの娘」の〝夜想曲〟が妖艶な雰囲気を醸し出し、第3幕第2場デ・グリューが看守を刺す場面や第3場の前奏曲で使われる聖秘劇「エヴァ」の〝呪い〟には「怒りの日」の旋律の引用があり、まさにマノンとデ・グリューの運命にとどめをさすかのよう。という具合に、物語と踊りに合った表情が音楽から聞こえてくる。
とはいえ、マクミランの振付作業とルーカスの編曲作業は別進行で行われていたため、物語と音楽に多少の齟齬がないこともない。そこでマーティン・イェーツが新オーケストレーションを施し、2011年、フィンランド国立バレエで初演した。今回はこの版で上演する。マスネの原曲に立ち返りながら、物語の展開、主人公の感情の起伏にさらに寄り添うよう、オーケストレーションの微細な修正がなされているとのこと。しかしフィンランドでの初演の際、バレエ評論家たちも違いに気づかなかったというほどの隠し味でもある。イェーツ自身が指揮する今回の上演では、音楽にもぜひご注目を。

(榊原律子)

 

★バレエ「マノン」で使われている主な音楽★

オペラ「ラオールの王」
オペラ「ル・シッド」
オペラ「エスクラルモンド」
オペラ「タイース」
オペラ「ナバーラの娘」
オペラ「サッフォー」
オペラ「サンドリオン(シンデレラ)」
オペラ「グリゼリディス」
オペラ「シェリバン」
オペラ「アリアンヌ」
オペラ「テレーズ」
オペラ「バッカス」
オペラ「ドン・キショット」
オペラ「クレオパトラ」
聖秘劇「エヴァ」
宗教劇「聖母」
歌曲「たそがれ」(田園詩より)
歌曲「もしきみが望むなら、かわいい人よ」
歌曲「悲歌(エレジー)」
歌曲「君の青い目を開けて」(愛の詩より)
歌曲「雨が降っていた」
歌曲「カプリの歌」
ピアノ曲「とても遅いワルツ」
管弦楽組曲第3番「劇的風景」
管弦楽組曲第4番「絵画的情景」
管弦楽組曲第7番「アルザスの情景」

ページトップへ

 

チケットのお取り扱い

  • 電話予約 ・ 店頭購入方法
  • WEBボックスオフィス
  • チケットぴあ インターネット予約(PC&携帯)
  • ローソンチケット インターネット予約(PC&携帯)
  • イープラス インターネット予約(PC&携帯)
  • CNプレイガイド インターネット予約(PC&携帯)
  • 東京文化会館チケットサービス インターネット予約(PC)

新国立劇場へのご案内

地図 東京都渋谷区にある新国立劇場は、京王新線
「初台駅」から直結!「新宿駅」から1駅です。
〒151-0071
東京都渋谷区本町1丁目1番1号
TEL : 03-5351-3011(代表)
アクセスの詳細はこちら