男はみんなファム・ファタールfemme fatale(男を破滅させる女)を求めている。牙を抜かれ安定した日常生活を営む男達は、実は心の奥底で運命的な女性との出遭いを密かに待ち望んでいる。その圧倒的な美しさに我を忘れ、彼女と過ごす蜜のような陶酔の中で、まるで積み木崩しのようにこれまで地道に築いてきた人生をメチャメチャに破壊してしまいたいという愚かで危険な破滅願望を持っている。もしかしたら今日の帰り道、街角であるいは駅のホームで何気なく出遭うかも知れないファム・ファタール。いいなあ、どこかにいないかなあ、そんな女性・・・・あなたも思っているでしょう。そんなあなたのためにとっておきのオペラがあるのです。
デ・グリューはアミアンの広場でマノン・レスコーという女性に出遭う。その瞬間、彼の人生の歯車は反対方向に回り出す。マノンはその時修道院に入ろうとしていたが、デ・グリューは彼女を必死で口説き落とし、二人は現実の世界から逃避行する。ところが今度はデ・グリューが新しい現実生活を築こうとしても、彼女は堅実な人生を決して生きられない女であった。マノンの輝く美しさは彼女の非日常性から来ていたのだ。
デ・グリューは、どんなに苦しめられても彼女から離れられない。彼女はお金のために他の男と平気で寝ても、それでもデ・グリューのことは変わらず愛しているからだ。いっそのこと捨ててくれたらあきらめられるものを・・・・マノンの優柔不断さは男を内面からズタズタにする。本当に、なんて女だ!
終幕。デ・グリューに支えられながらボロボロになって荒野を歩き、ついに力尽きるマノン。でも彼女は最後に言う。
あなたを本当に愛しているわ
あたしの犯した過ちを忘却が押し流してしまっても
あたしの愛は消えないわ
これは男冥利に尽きる言葉だ。この言葉を得たいがためにデ・グリューはマノンと共にこんな世の果てにまで来てしまった。愚かな男は究極まで愚かになり、堕落の末に“負の勝利”を得るのだ。同時に、デ・グリューに思い入れを持つ聴衆は、ここでカタルシスを得るのだ。
この破天荒な物語を彩るのは、プッチーニの熱に浮かされたような音楽。プッチーニの全作品中、最もワーグナーの影響を受けたといわれるが、心を奪われる甘美な旋律は紛れもなくプッチーニの世界。でもワーグナーからは熱狂性と、そして危険性を受け継いでいる。この音楽に触れて冷静なままでいられる人はいない。
どうです?こんなオペラを観てみませんか?もしかしたら、そこにあなたのファム・ファタールが・・・・・・。
新国立劇場〒151-0071東京都渋谷区本町1丁目1番1号TEL:03-5351-3011(代表)アクセスの詳細はこちら