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平成17年度新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室 G.プッチーニ 蝶々夫人

「蝶々夫人」スタッフ、キャストからのメッセージ

レナート・パルンボ(6月24日〜7月9日公演 指揮者)

(「オペラトーク」より)

レナート・パルンボ 写真1レナート・パルンボ:「蝶々夫人」は、私にとって特別な思い入れのある作品です。「蝶々夫人」を指揮するときに一番難しいのは、西洋の視点で指揮するのか、それとも東洋の視点で行うのかということで、それを決めるのがなかなか大変です。作曲したプッチーニは日本を一度も訪れたことがなかったにも関わらず、日本人の精神、魂、性格描写を見事に表現しており、そのことに大変驚かされます。

また、プッチーニが「蝶々夫人」に施したオーケストレーションには素晴らしいものがあります。第1幕の終わりで、蝶々さんがピンカートンに対して“私たち日本人は細かいこと、そして沈黙を好む”と言っていますが、「蝶々夫人」には、これとは対照的な西洋人の特性も反映されているのです。西洋人は、異なる文化をなかなか受け入れず、時には、他の文化を見て嘲笑することすらあります。第1幕で蝶々さんが結婚式の小さな贈り物について語る場面で、ピンカートンが取った態度は、まさしくそういう欧米人の特性を表しています。

このオペラでは、西洋と日本が対照的に表現されている時もあれば、両者が融合する時もあります。例えば、蝶々さんがピンカートンは戻ってくると信じる時は、いかにもアメリカ人的なクラリネットの音色で、まるでガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」のような雰囲気です。なぜクラリネットかというと、イタリア人にとってクラリネットの音色はアメリカ人の象徴だからなんです。

レナート・パルンボ 写真2具体的に、ピアノを弾いて説明します。

最初の部分は、西洋人が他の国に行って何でも買いたがる、手に入れたがるという表現です。かなり無礼で、荒々しく、まるで悪夢のようです。

ピンカートンが初めて新しい家を見たときの音楽は、東洋的、日本的で、何か新しいものを感じさせますが、ところどころに先ほどの荒々しいテーマが差し込まれています。この短いテーマは、オペラ全体において、まるで自分の中の小さなウィルスが時々暴れるような感じで随所に登場します。

次に、アメリカ合衆国の国歌。ただし、最初の数音は省かれています。西洋人は物事が正確かどうかにはおかまいなしということを表現しているかのようです。このような西洋文化と日本文化の対比が作品全体に織り込まれています。

第1幕終わりの蝶々さんとピンカートンの愛の二重唱では、蝶々さんのピンカートンへの誠実な愛を表現する一方、ピンカートンの愛の表現は、和音も厚くとてもアメリカ的でダイナミックです。

第2幕開始直後の、蝶々さんが一人でいるところの旋律、これはとても日本的ですね。

レナート・パルンボ 写真3これらの対比を表現するのが、指揮者としては、とても難しいところです。例えば、有名なアリア「ある晴れた日に」の歌い出しはとてもアメリカ的です。その後、日本的な旋律に変わります。さらに、蝶々さんの自害のテーマ、これも日本的です。
もっとも重要なのは、エンディングのテーマ。非常に日本的です。そして、最後はすべて終わってしまったかのような和音の解決をした途端、すぐに新しい音の激しいトレモロが鳴り響き、そこで幕となります。まるで、歴史は繰り返す、ということを示しているように。

もうひとつ、音楽的な特徴をあげると、ワーグナーが確立したライトモチーフ(示導動機)、つまりそれぞれの登場人物や事物、場面を特徴的に表現するメロディやリズムをくり返し用いる手法を、プッチーニも大変有効に使いました。これは、フラッシュバックのように、オペラの流れの中で起こったことを思い起こさせるのに大変有効です。例えば同じプッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」のミミのアリアなどもそうです。そのメロディが出てくれば、ミミに関することだということがすぐにわかります。「蝶々夫人」を聴くと、プッチーニは日本の音や音楽についても、とても良く把握していたのだと思います。ミラノ・スカラ座で初演された時も、打楽器や小さな楽器を巧みに使って日本的な音を表現していました。

レナート・パルンボ 写真4一方、リズムにも同様の使われ方があって、そのリズムが繰り返されることで、同じようにフラッシュバック効果を得ることができます。忘れてならないのは、我々の人生そのものがリズムであるということです。心臓の鼓動は、生命を得て初めて刻まれるリズムです。そして、舞台上の全てのシチュエーションにおいて、それぞれに完璧にハマるリズムを探すことも、指揮者としての大切な仕事で、大変ですがやりがいがあります。

最後に、なにより私がオペラを愛している理由は、他者との素晴らしいコラボレーションを体験できることです。観にいらっしゃるお客様にも、その一体感を感じて楽しんでいただけることを、心から願っています。

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