はじめに

泉鏡花は、明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家。
当時の文壇のなかでは、独自の作品世界をつくりだし、
その奔放な発想力で幻想小説や花柳小説を書く。
さらには多くの戯曲も手がけ、『天守物語』は鏡花の神秘主義、
ロマン主義、恋愛至上主義が色濃く打ち出され、
代表作と称されるとともに戦後の鏡花再評価はこの作品から始まった。

シリーズ「【美×劇】──滅びゆくものに託した美意識──」
の三作目を飾るのは『天守物語』。
日本近代浪漫主義の象徴として独自の地位にあり、文学界のみならず、
演劇界でも妖しい未知の夢幻世界を浮かびあがらせてきた泉 鏡花円熟期の傑作だ。
「鏡花にふれたい」──その美しい言葉に魅せられた白井晃が、
初めて本格的な日本近代古典の戯曲に真っ正面から挑み、
秋の中劇場に、生と死を超えた純愛の物語が展開される。
どうぞ、ご期待ください。

その夢幻的な美しさをもった鏡花独特の幻の世界は、1951(昭和26)年の花柳章太郎・初代水谷八重子で初演されて以来、舞台、映画、オペラと、作品化されてきたが、2011年の今日、新たな視点と構想のもと、新国立劇場中劇場に登場する。演出には数々の傑作舞台を手がけてきた白井晃が、そのモダンなイメージとは裏腹に初めて日本の近代古典の戯曲に挑むのが、まず大きな見どころのひとつ。
鏡花の夢幻舞台を音楽で導くのは、ニューヨークでキャリアを積み、オリジナリティあふれるサウンドで世界的な称賛を受けている三宅純、そして舞台を形づくる美術は、劇団天井桟敷の美術監督をつとめ、詩情あふれるマシンやからくりなどを駆使した装置で舞台表現の可能性を広げてきた小竹信節が手がけるのも注目。
キャストも、異界の美女<富姫>には現代劇の女形として追随を許さない篠井英介、現実世界の若者<図書之助>には舞台3作目の平岡祐太、<亀姫>には話題作に立て続けに抜擢されている奥村佳恵、さらに<薄>には、ベテラン江波杏子が扮するなど、魅力あふれる実力派と若手が勢揃い。
まさに見どころ満載の新国立版『天守物語』だ。

見どころ

演出家からのメッセージ

今演劇が抱えている課題があって、それは演劇空間の持つ虚構性をどのように捕らえるかの問題だと認識している。
日常の現実空間の中に、虚構空間を突如現出させることに演劇の可能性を見て取っていた時代から、劇空間の中に日常のリアリティを食い込ませる空気が演劇の流れとして生まれてきた。
劇空間とは何か、虚構とは何かと言う議論なくしてはもはや先に進めなくなってきているようにも思える。
そんな中、泉鏡花の『天守物語』をどのように位置づければよいかが、演出上の最大の課題となるだろう。幻想文学と言われる鏡花の作品群を、我々の今の視点で捕らえた時、浮き上がってくるものは何か。虚構の中にこそ真実があり、真に純粋な人間性はそこにしかあり得ないと言わんばかりに、巨大な幻想世界を立ち上がらせる泉鏡花の言葉。
我々は、今演劇が抱える問題と向き合いながら何を見いだそうとすればよいか。今回の公演を通して、その答えの一端が見えることを期待している。

白井 晃


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