2013年12月6日
演出家・上村聡史 紙面インタビュー
新進気鋭の演出家との共同作業を通し、戯曲と観客をつなぐ“演出”の役割と可能性を見つめ直すシリーズ、「Try・Angle-三人の演出家の視点-」。そのラストを飾るのは新国立劇場には初登場となる上村聡史(文学座)による『アルトナの幽閉者』だ。
第二次世界大戦後の西ドイツを舞台に、戦争のトラウマから自らを邸の一室に閉じ込めた青年と、実業家の父らが繰り広げる愛憎劇。「産みの苦しみを味わいたかった」と語る、骨太な作品選びに込められた企みとは―。
インタビュアー:鈴木理映子(演劇ライター)
千年先の人類をも見通した、
悲劇的に見えて実はコミカルな
戦争と個人、家族の愛憎の物語
新国立劇場では、演出助手としてこれまでに4回ほど仕事をしています。ですからここは、文学座に続く「第二の学び舍」。若いうちからいろんな勉強をさせてもらった場所だけに、自分のやりたい作品と劇場のカラーとがとうまくマッチングした舞台にしたいという想いは強くあります。戯曲選びにあたっては大きな視点を持って書かれた作風であること、そして批評性が強い物語であることを第一に考え、迷わずサルトルを取りあげようと決めました。『アルトナの幽閉者』は、戦争と個人といった大きなテーマを持ちながら、同時に家族という小さな共同体の愛憎を描いていて、その振幅のダイナミックさが、とても魅力的でした。戦争をめぐる責任のありか、家庭内の複雑な人間関係……確かに書かれている言葉は難しいし、論理の対立を追うだけではドラマにならない苦しさもある。でも表面上は難しい対話の裏にも実は、主人公・フランツと義妹・ヨハンナの恋の駆け引きがあったりするんです。息詰る対話のやりとりの中に「やっぱり好き」「嫌い」とかっていう感情が顏を出す。「そんな偉そうなこと言っておいて、所詮は個人的な気持ちかよ!」と思わずつっ込みたくなるような人間の愚かさや愛らしさが、時に笑えるしドキドキしちゃいます(笑)。悲劇的に見えながらもコミカルなブールヴァール劇のような質感を持つ戯曲。だからこそ鮮やかに、人間の恐ろしさと滑稽さが見えてもくるんですよね。
幅広いジャンルを横断し、そのたびにさまざまな表情を見せる岡本健一さんは、純心と矛盾を孕んだフランツにぴったりですし、柔らかい口調の中にも芯の強さを感じさせる美波さんも、本当の自分と他者が作り上げるイメージの間でもがく元女優・ヨハンナにぴったりだと思います。そして、大きな父性と、井上ひさし作品でならしたユーモアと軽やかな味わいを併せ持つ辻萬長さん。これだけ理想的なキャストが揃えばきっと、重苦しい中にも滑稽さが覗く、魅力的なアンサンブルができるのではないでしょうか。
この作品はサルトル最後の創作劇で、どこか人生の終わり、死を意識したような感覚を持ってもいます。たとえば、フランツは部屋の中に引き蘢って「30世紀」の人々に向けたメッセージをテープに吹き込んでいます。彼は戦争加害者であると同時に、ナチスに従わざるを得なかった被害者でもありますが、そんな苦悩など、長い歴史や大きな宇宙から見ればほんの小さな点でしかない。それでも彼三千年後に向けて、自分の存在の証を残そうとするんです。こんなふうに単なる政治と個人の対立の物語、人間の苦悩というだけでなく、千年先のまだ見ぬ人類の未来を意識したこの戯曲を上演することに、ひときわ面白さを感じてもいます。宇宙の側、時間の側から見た人間。そんな視点を持ちながら、サルトルならではの味わいを出していければいいですね。