パゴダの王子 The Prince of the Pagodas

失われた王国を求めて。誰もがユートピアを探しに、いつか必ず歩き始める。

2014.6/12(木)7:00 13(金)2:00 14(土)2:00/7:00 15(日)2:00

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ガムランに魅せられたブリテン

小沼純一 Konuma Junichi

 3幕からなるバレエ『パゴダの王子』は、第1幕と第3幕の「現実」の世界に対し、第2幕は「黄泉の国」というコントラストがとられています。そして、この幕の後半にはサラマンダーになった王子が登場し、それまでとはひときわ異なった音楽がひびきます。イングランドの作曲者ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)がバリ島のガムラン音楽からインスパイアされた音楽です。

 ガムラン音楽は、いわゆる西洋音楽ではないローカルな音楽、世界音楽のなかではもっとも広く知られているものといわれます。ガムランとは、インドネシア語の「ガムル=叩く」という動詞に由来するようで、用いられるのはほとんどが打楽器、しかも金属製です(アンサンブルをリードするのはクンダンと呼ばれる太鼓で、さらに笛が加わることもあります)。さまざまな種類の鉄琴や銅鑼を組み合わせた打楽器のオーケストラと云ったらいいでしょうか。硬く鋭い、また、柔らかいアタックがあり、ぴたっと止まる音と余韻・残響がコントラストをつくりだします。複数のリズム、というか、複数の時間のながれが重なっているのも特徴です。高音では細かい音型が動き、低音では“ごーん”とひびく余韻が生きてきます。また、唐突に盛り上がったり、ぱっと切れて休止、空白の時間があらわれたりします。

 18,000ともいわれる島々からなるインドネシアのなかでも、大別してジャワ島とバリ島、2種類のガムランがあります。前者はゆったりとしたテンポの宮廷音楽で、19世紀末のパリ万国博覧会でドビュッシーが強いインパクトを受けています。ピアノ曲に〈パゴダ〉と名づけられた曲もあります。一方、後者ははるかにテンポがはやく、アグレッシヴです。ヨーロッパにこの音楽が伝わるのは20世紀、20~30年代になってからのことです。こちらは詩人・劇作家のアントナン・アルトーに「残酷演劇」を発想させることになります。ガムランは、音楽として独立しているとはかぎらず、舞踊や影絵芝居と切り離しがたいものです。これは非西洋の演劇や音楽においてしばしばそうですけれども、戯曲、つまりことばを中心とする西洋の演劇やコンサートで演奏される西洋の芸術音楽と、大きな隔たりがあるわけで、そうした側面が、20世紀に新たな「綜合芸術」として見直されるところでもありました。

 ブリテンは、では、どういうきっかけでガムランに出会ったのでしょうか。

 はじめは現地で録音されたものを耳にしたにちがいありません。いまでこそ音楽大学などにガムランの楽器が揃えられていることも珍しくないけれども、まだまだ西洋の芸術音楽が他の地域の音楽に較べて「優れている」と信じられていた時代のことです。ガムランに関心を寄せるひとがいても、身近で生の音に接することは容易ではありませんでした。そんななか、第二次世界大戦前にバリ島に何度か長期滞在をし、ガムランに魅せられたカナダ出身の作曲家、コリン・マクフィーがいました。ブリテンはマクフィーと親しくしていたので、ガムランについて少なからず教えられたという事実があります。マクフィーが“2台ピアノ”のためにガムラン音楽を編曲したものを二人は一緒に演奏し、録音も残っていたりもします。

 ブリテンは作曲家としてのみならず、ピアニスト・指揮者として活動をしていました。特に歌手のピーター・ピアーズと長年にわたりコンビを組み、ヨーロッパ内外で共同リサイタルをおこなったことはよく知られています。そうした演奏旅行のなかにトルコ、インドからインドネシア、シンガポール、香港や日本を含むアジアへの演奏旅行がありました。バリ島にはいったのは1956年1月。かの地でブリテンはガムランを録音し、五線紙に多くのスケッチをし、民族衣裳に身を包んで写真に収まります。『パゴダの王子』の案は’54年に遡りますが、南の島で作曲家が何らかの啓示を受けたのは間違いないでしょう。みごとなのは、このガムランに取材した音楽を、ブリテンは第2幕のこの部分でしか用いていないところです。「黄泉の国」でのサラマンダーのシーンに限定することで、前後の部分からくっきりとここが際立つことになります。

 「黄泉の国」で、サラマンダー=王子はローズ姫(本公演ではさくら姫)と踊ります。悲しくも甘美な第2幕につづき、最後の第3幕で変身のとけた王子は、勇敢に四人の王たちと闘います。バリ島には魔女ランダと聖獣バロンが闘う果てしない劇があるのですが、ブリテンはもしかすると、進行中のバレエのストーリーを、このバリ島の劇に重ねてみていたかもしれません。『パゴダの王子』のストーリーは、シェークスピアの『リア王』、ボーモン夫人『美女と野獣』、ドルノワ夫人『緑の蛇』、さらには『眠りの森の美女』など、古くから伝わってきたおとぎ話や文学作品の要素を換骨奪胎したものです(ちなみに二人の姫の名、フランス語なら、ローズはそのまま「薔薇」で、エピーヌ姫は「棘」を意味します)。こうした古くから伝わる神話的なありようも、ブリテンにとって、ヨーロッパとアジアを越えて、つながってくるものではなかったでしょうか。

 バレエのための音楽、それも一部のためにガムランの楽器を持ちこんでくるわけにはいきません。通常のオーケストラでガムランの、ガムランに似たひびきをつくりだす必要があります。まさに作曲家の腕の見せどころ。高い音域で反復される細かい音型は、ピアノとピッコロ、シロフォンを重ね、低音のリズムにはティンパニ、チェレスタ、ヴィブラフォン、ゴングといった文字どおりの打楽器とともに、ハープやコントラバスのピッチカートでアクセントと短い余韻をつけ加えます。サクソフォンによるながれるようなパッセージは、どこか幻惑的な雰囲気を漂わせます。そうしたガムラン風のひびきと、その前後にある西洋的なひびきが対立し、あるいは部分的にまじりあうことで、サラマンダー/王子とローズ姫の微妙な、デリケートな関係が音楽的にもたちあがってきます。ブリテンにとって、西洋のバレエのなかにガムランのひびきをとりいれたのは、もちろん一種のエクゾティスムもあったでしょうし、「黄泉の国」の異界性を醸しだすこともあったでしょうが、同時に、「バレエ」のなかに綜合芸術を透視する、あるいは、バリ島ではまだしっかり生きている音楽と舞踊の綜合芸術を部分的なりにも交差させてみる──そんなふうに考えてみると、『パゴダの王子』のストーリー/舞踊/音楽がからみあった奥深さがよりつよく感じとれるにちがいありません。

(早稲田大学文学学術院教授/音楽・文芸批評)
2011年「パゴダの王子」初演時プログラムより

ベンジャミン・ブリテン Benjamin Britten(1913~1976)
20世紀イギリスの最大の作曲家とされる。少年時代にF.ブリッジに学んだ後、王立音楽学校でJ.アイアランドに作曲を学ぶ。記録映画音楽、劇の付随音楽を手がけ、国際現代音楽祭に数回入選後、1939年渡米。この前後より詩人のW.H.オーデン、歌手のP.ピアーズと親交をむすび、芸術の上で強い影響を受ける。第二次世界大戦後、心理的表現の歌劇で世界的注目を浴びたほか、あらゆる分野の作品で広く認められた。’48年よりオールドバラ音楽祭を主宰。’56年に日本を訪問している。

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