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<ギャラリープロジェクト> 『スリー・キングダムス Three Kingdoms』主人公イグネイシアス刑事の足跡を追って②【ドイツ編】

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上村聡史(『スリー・キングダムス』演出)× 杉浦 充(『スリー・キングダムス』舞台美術)

イギリス演劇界の奇才 サイモン・スティーヴンスが描く、現代社会の闇を深くえぐる衝撃作『スリー・キングダムス Three Kingdoms』
本作は、ある猟奇殺人を追う二人のイギリス人刑事が捜査を進めるうちにヨーロッパ全土に広がる国際的な犯罪組織の存在にたどり着き、ロンドンからドイツのハンブルク、そしてエストニアのタリンへと舞台を移しながら、資本主義の裏に潜む人間の暗部と対峙していく壮大なサスペンス。今回、日本初演の演出を担当する上村聡史がイギリス、ドイツ、エストニアに深い縁を持つクリエイターや専門家と対談。本作への理解を深めるために、それぞれの国の風土や国民性を探る。

第2回となる今回は、ドイツに留学後、舞台美術家ヨハネス・シュッツ氏に師事し、欧州を中心に数々のプロダクションに舞台美術助手、共同舞台美術家として参加し、『スリー・キングダムス』の舞台美術も担当する杉浦 充にドイツの国民性について聞いた。

第1回 イギリス編 上村聡史×一川 華

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堅実で誠実でありながらも性に開放的な国

上村:杉浦さんは、ドイツ国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで舞台美術を学び、8年間、舞台美術家ヨハネス・シュッツさんに師事され、ヨーロッパでお仕事をされてきました。ドイツに渡った当初は、どちらにいらっしゃったんですか?

杉浦:最初はミュンヘンで語学学校に通っていました。その後に、デュッセルドルフの美術大学です。卒業後にベルリンで働いていました。

上村:そうすると、ミュンヘン、デュッセルドルフ、ベルリンが拠点だったのですね。どのくらいの期間、行かれていたのですか?

杉浦:学生の時から数えると、トータルで18年間です。日本の大学を卒業して1年ほど経った2002年頃にミュンヘンに行きました。

上村なぜ最初にミュンヘンだったんですか?

杉浦:まずは大学に入る前に雰囲気を知りたいということもあってミュンヘンにあった語学学校に通うためでした。

上村:なるほど。ドイツは歴史を通して分割と統治が繰り返された結果、州が集まってできた国です。地域によっての違いや国民性についてどう感じましたか?

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上村聡史

杉浦:働き出してからはベルリンに滞在していたのですが、ベルリンは海外からの若い世代の人がとても多いので、英語でも生活できてしまうくらい国際的で、受け入れられているという感覚がありました。ですが、デュッセルドルフにいたときは、ドイツ語ができないと生活しづらかったです。行政関係の場所でもドイツ語が話せないと相手にされなかったり、家の修理をするときもドイツ語が話せないと技術者と会話すらできなかったりということがありました。

上村:この作品は、2人のイギリス人刑事がヨーロッパ各地を犯人を追って移動していくという物語ですが、ドイツパートの舞台となっているハンブルクはどちらに近いのでしょうか?

杉浦:ベルリンに近いのではないかと思います。

上村:僕自身も半年間ほどドイツに留学していましたが、街中にセックスショップがあったりして、日本やヨーロッパの他の国と比べると、ドイツは性に開放的なイメージがあります。今回の作品でもハンブルクにはセクシャルな匂いを強く感じますが、そうした点はいかがですか?

杉浦:確かに、初めて行ったときは、セックスショップが普通にあることに驚きました(笑)。フランクフルトでは、セックス見本市的なものが大きな会場で行われたりもしていましたね。

上村:18年間住んでみて、それはなぜだと思いますか?

杉浦:他のヨーロッパと比べてどうなのかは分からないですが、ドイツにはFKK(Free Body Culture)と呼ばれる文化がありますし、裸で泳ぐ人が集う海や湖もあります。子どもたちも入ってこられるような場所なので、日本人からするとあり得ない状況です。でも、ドイツではそれが普通です。それから、サウナにも裸で男女一緒に入るので、そういう意味では、裸に対する感覚は緩いのかもしれません。

上村:一方で、他のヨーロッパ圏に比べるとSDGsを先をいった印象があります。僕が留学していた2009年当時、イギリスではスーパーで買い物をするとビニール袋をもらえましたが、ドイツは当時からエコバッグを持参するのが普通でビニール袋はもらえなかった。そうしたところからも、エコ先進国なのかなという印象があります。

杉浦:そうですね。それはあると思います。日本のように過剰な梱包はしないですし、エコ的な考え方を親から子に伝えているのだと思います。

上村:ナチス政治時代の反省を国民全体が持っているからこそ、社会への還元を強く考える政治体制を戦後から積極的に取り続けきた結果として、そうしたエコ的な考え方が根付いたのかなと推測しています。小さなことでいえば、ドイツの住宅は、キッチンのシンクが2つの層に分かれていて、1つの層に水を溜めて食器を浸けておき、洗剤も水も多く使わなくて済む洗い方が一般的ですよね。それが理想的なのかは僕には分かりませんが、政治体制が社会にも大きく反映されていることを感じます。

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杉浦 充

杉浦:確かに、昔の家に住めば住むほど、名残は残っているのかもしれません。日本のように家を取り壊して新しく建てるということはしないので、街全体として変わらずにあるものも多いのだと思います。

上村:そうした堅実で誠実な部分もありつつ、性に開放的な国というギャップがドイツだというイメージが僕はあるんですよ。ドイツの芝居は、舞台上で裸になることが多いですよね(笑)。ただそれは、セクシャルに裸になるというよりは、裸になることによって強いメッセージを投げかけているのだと思うので、何かを伝えるという意識が他の国の演劇よりも強いのかもしれません。そしてそれは、公共劇場の数の多さにも現れているように思います。イギリスに比べても圧倒的にドイツは公共劇場が多いんです。社会的な役割をしっかりと担った上で舞台芸術に勤しんでいるという感覚があるので、勤勉なイメージもあります。杉浦さんは、ドイツに対してのイメージは留学前と変わらないことが多かったですか? それとも、住んでみて分かることの方が多かったですか?

杉浦:他のヨーロッパと比べたら真面目な国ではあるなというのは留学前から感じていたイメージと同じでした。ただ、日本人と比べてしまうとそこまで真面目ではなく、いい感じの緩さがあるので、生活はしやすいです。

上村:ドイツ国民はナチス政治時代に対してはどのような感覚を持っていると感じましたか? 僕が留学していたときにその話を振ると、センシティブなリアクションが返ってくるときもあれば、問題をしっかりと咀嚼しようとしている人もいて、我々日本人の太平洋戦争後の受け取り方とは全く違うなという印象があったのですが。

杉浦:自分の師匠のヨハネス・シュッツも、我々は反省せねばならないとよく話していたことが印象に残っています。ある衣裳家さんは、ナチスが侵攻するシーンがある、ユダヤ人の女性の一生をオペラにした作品の衣裳を担当したときに、カメラマンにナチスの鉤十字の入った衣裳を写真として残さないでくれと伝えていたことがありました。作品としては鉤十字が必要だけれど、衣裳家としては出したくない。だから、写真には残して欲しくないということなのですが、そこまで気にされるんだとすごく印象に残っている出来事です。ただ、若い世代ではそこまで気にしていない印象があります。やはり世代差があるのかなと。

上村:なるほど。ドイツでお仕事をされてきた杉浦さんが、この『スリー・キングダムス』の戯曲を読んだときにどう感じましたか? 「こんなに偏ったイメージでドイツを描くのか?」と思いましたか(笑)?

杉浦:それは少し思いました(笑)。でもその中で、エストニアという国がどんどん暗くなっていくというのは分かる気がしました。今、実際にドイツでもスリなどの犯罪が増えてきていますが、そうした行為をしているのはドイツ人ではなく、もっと東からきている人たちが多いのというのは実体験として感じています。

貧富の差が目に見えるハンブルクの街

上村:ハンブルクの印象についても聞かせてください。

杉浦:ハンブルクは、劇場くらいしか行ったことがないんです。駅前に劇場があって、でもそこから5分も歩かないところに家がない人たちが道端にたくさんいる通りがあって。ミュンヘンは、駅前からそうした人たちを排除して、綺麗な見た目を保とうとしていましたが、ハンブルクは共存と言ったらおかしいですが、それほど気にしていない様子でした。

上村:ハンブルクは港町独特の雰囲気があって、デュッセルドルフやケルンに比べても貧富の差が目に見えて大きいように思います。ベルリンとは発展の仕方が違いますよね。

杉浦:そうですね、ほかの都市に比べても珍しい気はします。

上村:僕の勝手な想像なのですが、港があって、レーパーバーン(ハンブルクにある歓楽街)があるから海外からの人の出入りが多いのかなと。それも観光ではなく、入国目当てで。

杉浦:多いのかもしれません。でも、最近は素晴らしい美術館やコンサートホールもできたので、観光がないわけではないと思います。

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上村聡史

上村:杉浦さんは、ドイツの南部にお仕事に行くことが多かったのですか?

杉浦:国境を越えて、ザルツブルクやウィーンまで行っていました。ドイツでは、やはりミュンヘンの印象が強いです。ミュンヘンはデュッセルドルフと比べて、保守的なイメージがあります。例えば、土日の使い方もそうです。(ドイツに滞在していた)18年間の最初の時期に滞在したのがミュンヘンだったので、今のベルリンと比べてしまうと時代の差もあるのかなとは思いますが。

上村:ミュンヘンの保守的な休日というのは、家族で過ごしたり教会に行ったりするということですか?

杉浦:そうです。ドイツに渡った当初はホームステイをしていたのですが、日曜日は特別な日でなくても、家族が揃って教会に行ったり家族や親戚が集まったりしていました。ベルリンはより東京に近くて、そうしたイメージはないです。

上村:確かに、ベルリンにはそのイメージはないです。例えばロンドンは日曜日になると分かりやすくお店を全てクローズしますが、ベルリンはデパートもやっていますよね。

杉浦:そうなんです。ただ、18年前のベルリンを知らないので、比べることはできないですが。

上村:ハンブルクはそういう意味でもベルリンに近い印象がありますか?

杉浦:そうですね。近いですね。

尖った表現形態は観客が求めているからこそ生まれる

上村:ドイツの舞台芸術は、他の国よりも鋭角的で攻めている作品が多いように思います。それはもちろんお客さまが求めていたり、作品の力によって議論を起こしてもらうためという意図があるのだとは思いますが、かなり尖った表現形態を求めようとする彼らのモチベーションはどんなところに感じますか?

杉浦:ベルリンに関しては、お客さんがそうしたものを求めているというのが絶対的にあります。ですが、ドイツでも挑戦的なことをして叩かれているのをよく見ますので、必ずしも全員が受け入れているわけではないのだと思います。それでも辞めずに挑戦しているのですが(笑)。

上村:ドイツ映画は、イギリス映画、フランス映画、イタリア映画と比べると一歩遅れている感じがあるのですが、演劇に関してはそれを感じないんですよ。それは街中に商業的な劇場よりも公共的な劇場が多いから、舞台芸術の創造の許容度が大きいというのがあるのかなと。もちろん何をやっても許されるわけではないでしょうし、オペラ文化からの流れがあるからこその許容度だというところもあると思います。そして、劇場に観劇に行く文化は広く根付いているのかなと思いますが、いかがでしょうか?

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杉浦 充


杉浦:子どもの頃から当たり前に通っているので、日常的だと言えると思います。以前、アシスタントをしていたときに、模型作りの仕事を開かれた場所で行うことがあったんです。そうすると子どもたちが見学に来て、「回り舞台の模型を作っているんだ。この回り舞台はどこどこの劇場でも観たことがある」と話しかけてくることがありました。なので、かなり小さなときからいろいろな劇場に通っている子が多いんだなと驚きました。ひょっとしたらその子たちの親が劇場に通っていたり、劇場関係者の子どもだったのかもしれませんが。

上村:お仕事をされていて、舞台美術家や演出家、俳優になりたいという人は多かったのですか?

杉浦:日本より多い気がします。舞台美術家というと大抵の人にどんな職業なのか理解してもらえるんですよ。例えば、家を借りるときも「舞台美術をやっている」というと「じゃあ、大丈夫」と安心感を持ってもらえるので(笑)、それくらい認められている仕事ではあるのかなと思います。

上村:多岐にわたるお話を伺うことができ、非常に興味深い時間でした。実際に住んでいらっしゃった杉浦さんからの生の声を聞けて、本作をご覧になるお客様もよりドイツパートを楽しめるのではないかと思います。本日はありがとうございました。




構成・文=嶋田真己



『スリー・キングダムス Three Kingdoms』公演情報

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【公演日程】2025年12月2日(火)~14日(日)
【会場】新国立劇場 中劇場

【作】サイモン・スティーヴンス
【翻訳】小田島創志
【演出】上村聡史

【出演】伊礼彼方、音月 桂、夏子
    佐藤祐基、竪山隼太、坂本慶介、森川由樹、鈴木勝大、八頭司悠友、近藤 隼
    伊達 暁、浅野雅博

あらすじ

刑事のイグネイシアスは、テムズ川に浮かんだ変死体の捜査を開始する。捜査を進めるうちに、被害者はいかがわしいビデオに出演していたロシア語圏出身の女性であることが判明する。さらに、その犯行が、イッツ・ア・ビューティフル・デイの名曲『ホワイト・バード』と同名の組織によるものであることを突きとめる。イグネイシアスは捜査のため、同僚のチャーリーとともに、ホワイト・バードが潜伏していると思われるドイツ、ハンブルクへと渡る。
ハンブルクで、現地の刑事シュテッフェンの協力のもと捜査を始める二人だったが、イグネイシアスがかつてドイツに留学していた頃の不祥事を調べ上げていたシュテッフェンにより、事態は思わぬ方向に進んでいくのであった。